第三幕 ~紅ホタルは機嫌が悪い~

12.「ケンカ売ってんの? 十円で買うけど」


 ――ああああああああッッ!


 ……やっちまったやっちまったやっちまったやっちまった――

 ド・畜・生・ッ……!


 ……あん? アンタ、何見てんのよ? ケンカ売ってんの? 十円で買うけど。

 ……アタシ? アタシは『紅ホタル』ってんだよ、……自己紹介? しねぇよ、めんどくせぇ。アタシは今、人生史上最大に機嫌が悪いんだよ、十秒以内に消えな。

 ……えっ? なんでそんなに不機嫌なのかって? なんでそんなことアンタに喋んなきゃいけないのよ。いいから三秒以内に消えな。


 ……ま、まぁ、どうしてもって言うなら、教えてあげてもいいけど――



 ……やっちまったんだよ、昨日、勢いでクジラに告っちまったんだよ、クソっ……ッ!


 あ、アイツがいけないのよ! 急に屋上なんかに呼び出して、アタシの肩掴んで、顔近づけて……、思わせぶりな態度、とりやがって……ッ!


 ……想いを伝える気なんて、なかった。……い、いや、いつかはする気だったわよ! でも、今のままじゃ絶対無理ってわかってたし――


 アタシ、アイツの顔見ると、テンパっちゃうんだよ。わけわかんなくなって、頭ん中こんがらがって、そんな自分にイライラして……、つい、アイツのこと殴っちまうんだよ。――えっ? 好きな子にいじわるしちゃう小学生男子みたいだなって? ……アンタ殺されたいの?


 ……他のやつなら、平気なのによ……。アタシはね、どんなに図体がでかかろうが、どんなに偉そうな態度だろうが、男に対して恐怖を感じることなんてないんだよ。……なのに、クジラの前だけはダメなんだ、あの日を、境にさ――


 ――えっ? 昔何があったのかって?

 ……そ、そ、そ、そんな恥ずかしいこと……、言えるか! バカ――ッ!


 ……はぁっ、そんなわけで、クジラと顔合わせるの気まずくてさ、今日は授業サボろうかとも思ったけどよ、なんか、意識してるのモロバレなのもダサいし――、学校来てみたものの、クジラの野郎……、露骨にチラチラこっちのほう見やがって、は、恥ずかしいっつーの……。


 結局、一回も話しかけられないまま、放課後になっちまった。……返事も、もらってないのによ……、クソっ! ……これじゃあ、せっかく中学の時に勉強がんばって、クジラと同じ高校に入れたってのに、なーんにも意味がな――


 ……あっ!? い、今のナシな!? 記憶から消去しろ! しないと殺すぞ!?



 ……えっ? そんなこと無理だって? ……て、テメー! 殺してや――




「――あ、あのさぁ、紅……」

「――ああんッ!? なんだよッ!?」

「……ひ、ひぃっ!!」


 ――急に声をかけられたアタシは、条件反射でメンチを切った。……コレ、昔からの癖で直らないんだよな……。

 アタシの眼前――、ワックスで固められた金髪がゾワッと逆立って、ソイツは女みたいな悲鳴をあげていた。


 ……誰だっけ、コイツ……?

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