4.「面白い事件なんて、何一つ起こらないとは思うけどね」


 ――のは気のせいだったらしく、眼前の雷が、ガクンと肩を落とした。


「――ジー・ザス……、黙るってことは、やっぱりそうか……、お前ら――」

「――えっ、ちょっと待って、なにそれ。そんなわけないじゃん」


 ――かと思うと、今度はガバッと顔を上げる。……忙しない奴だな。


「……えっ、付き合ってないの?」

「うん、付き合ってないよ」

「――ほ、ホントかっ! ホントに付き合ってないのかっ!?」

「つ、付き合って、ないって、って、いうか、肩揺らすの、ヤメテ――」


 ガクガクと僕の頭が上下運動しており、僕の肩を無遠慮に揺さぶるコトラが爛漫の笑顔を浮かべる。


「――そっか~! 付き合ってないのか~! ……いやさ、お前らやたら仲良いじゃん、だから、もしかしてと思ってさ……」

「…………はぁっ?」


 ――仲が良い? コイツの目は節穴なんだろうか。それとも僕たちとは違う世界線を生きているのだろうか。誰がどう見ても僕とホタルが仲が良いように見えるはずがない。毎日のように殴られれ、もしくは蹴り飛ばされ――、言ってしまえばのび太とジャイアンの関係性だ。雷はドラえもんを読んだことがないのだろう。


「あ、だったらさ――」


 照れ臭そうな表情の雷が、鼻頭を人差し指でこすり、


「……お前、紅に好きなヤツがいるかどうか、聞いてみてくんない?」

「…………はぁっ?」


 僕の口から再びマヌケな声が漏れ出て、雷が慌てたように両掌を振る。


「い、いやさ……、まぁ自分で聞けよって話なんだけど……、俺、紅とまともに話したことないし……、気安く話しかけられたらぶっ飛ばされそうだし……、だから、お前なら仲が良いからと思って、いけるだろ?」

「…………えぇ~っ」


 正直、かなり気が滅入るミッションだ。『死ぬまで平穏に生きる』という最大級にスケールの小さな野望を果たすためには、僕はなるべくホタルとの接触を避けたいと考えている。ただでさえ毎日暴力を振るわれているというのに、わざわざ生傷を増やすイベントを追加するメリットはどこにもない。


「――頼むよっ! こんなこと頼めるの……、お前しかいなくてさ!」


 ――パンッ……、と、両掌を合わせたコトラが深々と頭を下げる。お前しかいないって……、今日初めて話したやつにそんなこと頼むなよ……、と、心の中で辟易をまきちらし、僕は頭の中に浮かんだ疑問符をそのまま雷にぶつけた。


「……っていうか、ホタルに好きな人がいるかどうか、雷は何で知りたいの?」

「……あ~、まぁ、そうだよなぁ、それ言わなきゃだよなぁ……」


 罰の悪そうにポリポリと頬を掻くは『雷』で、

 頭上の疑問符に押しつぶされそうになっているのは『僕』で――


「いやさ、まぁシンプルな理由、俺、紅ホタルに惚れてるんだわ」


 頭上の疑問符が、雲散霧消する。



 ――えっ……。



 文字通り、絶句。僕は声の出し方を思い出せない。


「……オ~~イっ」


 眼前でブンブンと往来するは、雷の掌。

 ハッとなった僕の口から漏れ出たのは、まごうことない、僕の『本音』で――


「……あっ、ゴメン……、えっ? っていうか、正気?」

「……へっ?」

「あ、いや……、『あの』ホタルのことが好きって、マジで言ってるのかなって……」

「……な、なんだよそれ、お、俺はマジだぜ……」


 ――マジか。

 スクールカースト最上位の人間って、やっぱり違う次元を生きているだけあって、僕とは脳の構造がまるっきり異なるかもしれない。

 暴力の上着をまとい、暴力の下着を身に着け、暴力の足音を踏み鳴らす――、正直言って、『紅ホタル』という女子に好意を抱く男子がこの世にいるとは、思ってもみなかった。事実は小説より奇なり、リアルはファンタジーよりもSFだ。


「――いいよ」


 こぼすように、声を出したのは『僕』で――


「……ホタルに、聞いておくよ、その、好きな人がいるか、どうか」

「――ほ、ホントか!?」


 再び、子供みたいに爛漫に笑ったのは、『雷』だった。


 ――葵クジラという人間の補足説明。僕は頼み事を断るというのが『著しく苦手』だ。訪問販売の類を断り切れない自信がある(から、基本的にはインターフォンの呼び出しには応じないことにしている)。断る理由を考えるのが面倒くさくて、それなら引き受けた方が早いかな、って考えるタイプ。同じ班のクラスメートが掃除当番を忘れて下校してしまっても、まぁいいやって、一人居残って済ましてしまうタイプ。


「ありがとう、ありがとう……、今度ガリガリ君、百本おごってやるよ!」

「……知覚過敏だから、気持ちだけ受け取っておくよ」



 ――キーン、コーン、カーン、コーン……



 終宴の鐘の音。「それじゃあ頼む」と漏らした雷が、スキップ交じりで教室に戻る。

 ……なんか、朝からドっと疲れたな……、友達が居ない僕にとって、稀に見る『先客万来』振りだ。まぁでも、僕みたいな、何の特徴もないやつが主人公の『ラブコメ』――


 面白い事件なんて、何一つ起こらないとは思うけどね。

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