5.「……これ、素直に答えて、いいん……だよ、ね?」
学校の屋上はひたすらにだだっ広い。
青い空と灰色の地面が視界を埋め尽くし、無駄にど真ん中に立っていると、この世界には僕一人しか存在しないんじゃないかと錯覚すら覚える。
――キィッと錆びついた鉄がこすれる音が耳に流れ――、彼女の到来に気づいた僕は、所詮、錯覚は錯覚でしかないんだなと、心の中で独りこぼした。
「……何だよ、き、急に呼び出しやがって――」
僕の眼前、赤みがかったツインテールがたゆんだように跳ねて――、屋上の扉を開け放った張本人、『紅ホタル』が、僕から目を逸らしながらしおらしい声をこぼした。
……あれ、なんかいつもと雰囲気が違うような――
僕は、雷から頼まれた難易度の高いミッションを早々に片付けるべく、放課後にホタルを屋上に呼んだ。……直接話すと無駄に生傷が増えそうだったので、机の中に手紙を入れるというベタな作戦を使って。
「話したいことがあるので、放課後、屋上に来てください、葵」――と、一言で、簡潔に。
「ああ、うん、その……」
――口を開いた瞬間、約一メートル先のホタルがグッと顔を上げる。キラキラと、お菓子をねだる子供のような目をしながら――
……えっ、なんだろう、何か、すごく違和感――
眼前のホタルは確実に『紅ホタル』なんだけど……、なんか、今までにみたことがないくらいにその顔が輝いて見える。不機嫌の羽衣を身に纏っているいつもの彼女と、およそ同一人物とは思えない。
「……な、なんなのよ、話があるなら、早くしろよっ――」
ソワソワと、落ち着きなく身体を揺らしている彼女が僕をせかす。慌てた僕は、思わず転がるように声をこぼして――
「あ、あの……、ホタルってさ、好きな人とか、いるの?」
世界が、止まった。
――のは気のせいだったらしく、眼前のホタルの顔がみるみる内に真っ赤に染まり、誇張無く『ボシュッ』と頭上から蒸気を放った。
……えっ、何が起こったの?
「――なっ! ……なっ、なっ、なっ、なっ~~」
「な」を連呼する彼女の眼がぐるぐると高速回転し……、僕は、何か押してはいけないスイッチを押してしまったのだと理解した。
「……ちょ、どうしたんだよ」
――思わずガシッとその肩を掴んで――
「きゃっ……!?」
――信じられないくらいかわいい声が、ホタルの喉から漏れ出た。
……えっ、何、今の声……?
ポカンと大口を開けている僕の眼前、相変わらずホタルの顔は真っ赤だった。……夏風邪かな? 朝はあんな元気に僕のことを蹴り飛ばしていたというのに……、「お大事に」と声をかけようと、再び口を開きかけたその瞬間――
「……な、なんでそんなこと、聞くのよ……」
――蚊の鳴くようなホタルの声が、僕の耳の奥をくすぐる。
「――なんでって……」
ポツンと、声をこぼしたのは『僕』で、
僕のコトを上目づかいで窺い見ているのは『ホタル』で――
ミンミンと、蝉の時雨がさんざめき、ざわりと吹いた風が僕たちの間を抜ける。
……これ、素直に答えて、いいん……だよ、ね?
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