3.「えっ、カツアゲじゃないの?」
「――ほ、ホタル……」
――ぐわしっ。
無遠慮に僕に近づいてきたソイツ……、『紅ホタル』が僕の襟首を掴み、ググっと身体を持ち上げた。
「質問に答えろよ、アンタ、今どこ見てたの?」
「……ど、……みっ――」
――翻訳すると、『どこも見てないよ』と言いたいんだけど、いかんせん襟首を掴まれているもんで、声が喉の奥を通ってくれない。
「……何黙ってんの?」
「……い、……しっ――」
――翻訳すると、『いや、だから喋れないんですけど』と言いたいんだけど、アホなホタルはそのことに気づかない。
「――フンッ! ……もういいわよ」
――生ごみでも捨てるように、ホタルが僕の身体をポイッと放り投げ、地面にガクリと身を落とした僕はゲホゲホと酸素を取り込むのに必死だ。状況を理解しようとキョロキョロと周りを見渡し――、周囲をとりまくクラスメートが何事かとギョッとした目つきを僕に向けていた。……が、「ああなんだ、いつものことか」とすぐにまた日常に戻ったりしている。
――さて、そろそろ補足説明でもしようか。
紅ホタルは中学校からの同級生で、彼女とはまるで何かの呪いのようにいつも一緒のクラスだった。
小柄で華奢で童顔で――
愛らしいツインテールからはおよそ想像できないだろうが、
彼女は死ぬほど『狂暴』だ。
猫のように丸い目を常に不機嫌そうに細めており、付き合いが長い僕でさえ彼女の笑顔は見たことがない。
『紅ホタル』という名の辞書で『コミュニケーション』って単語を引いてみるといい。そこには『暴力』という文字がびっしりと一面に広がっているはずだ。そして、性質の悪いことに、彼女は彼女なりの『コミュニケーション』をほぼ毎日僕に強要していた。……その理由は、ぶっちゃけ僕もわからない。彼女は僕と同じレベルで友達がいないんだけど、何故か彼女は僕『だけ』に対して執拗に絡み続けた。
――『死ぬまで平穏に生きる』という最大級にスケールの小さな野望を果たしたい僕にとって……、紅ホタルの存在は、目下そびえ立つ高すぎる障壁だった。
「……やれやれ」
こぼすようにそう言い、ムクリと立ち上がる。
パンパンと申し訳程度に制服を払って、
倒れた机と椅子を元に戻そうと手を掛け――
「……相変わらず大変そうだなぁ、お前」
――イレギュラー発生。『また、誰かに話しかけられた』。
ひょうひょうとした声が僕の耳に届き、ふと前を見るとワックスで固められた金色の短髪が目に飛び込む。びっくりして硬直している僕なんかお構いなしに、『ソイツ』はガタガタと僕の机と椅子を直し始めた。
『雷コトラ』……、たしかそんな名前だ。珍しい苗字なんで覚えている。
十人の内に八人くらいは認めるであろう『イケメン』で――、確か軽音楽部に所属、たまに教室でエレキギターを披露してみんなから拍手喝采を浴びている。授業中にも関わらず冗談を飛ばして爆笑をかっさらう。いわゆるクラスの人気者。
柳さんと同じ、僕とは一次元違うラインを生きている人間だ。ちなみに彼と会話を交わしたことは一度もない。
……えっ、なんで僕なんかに話しかけたんだろう?
ボーッとしている内にコトラは僕の机と椅子を元に戻してくれたみたいで、ハッとなった僕が慌てて声をかける。
「……あ、ゴメン。ありがとう……」
「いいっていいって……、それよりさ、お前今、時間ある?」
「…………えっ?」
――マヌケな声をあげるのにさえ、数秒を要した。
……僕に、用事? スクールカースト最上位のコトラが? 一体、何の――
「……オーイっ」
「――あっ、ご、ゴメン。うん……、ホームルーム始まるまでなら、平気だけど……」
「サンキュっ、そんじゃちょっち……、ここじゃ話づらいことでさ。ついてきてくんねぇ?」
――えっ、マジでなんなの?
想像してみる――、が、何もイメージできない。教室の外を出たコトラの後ろ、コバンザメの如く後を追う僕の頭上にはクエスチョンマークが舞を舞っている。
……もしかして、カツアゲかな。楽器は高いって聞くし、うちの高校バイト禁止だし、雷も大変なんだろう……。財布、今いくら入ってるかな。あ、千円しかないや。ごめん、雷。
――モヤモヤと自問自答を繰り返している内に、教室から少し離れた廊下の奥でコトラが足を止めた。キョトンとした顔を晒している僕の口から、思わず疑問符がこぼれて――
「……ここでいいの?」
「――ん? ああ、うん、ここでいいよ」
「ここだと他の生徒たちもいるから、校舎の裏庭とかの方がいいんじゃない?」
「……えっ? お前、俺が何すると思ってんの?」
「……えっ、カツアゲじゃないの?」
「……はぁっ? バカッ、カツアゲなんてしねぇよ」
首を斜め四十五度に傾けている僕に対し、眼前のコトラはなぜか爆笑している。あれ、冗談を言ったつもりはないのにな。
「葵……、お前面白いやつだったんだな。まぁいいや――」
ゴホンと、改まったような咳を吐いたのは『コトラ』で、
相変わらず首を傾けながら、眉を八の字に曲げているのは『僕』で――
「お、お前さ、その……、『紅ホタル』と、付き合ってんの?」
――えっ……?
世界が、止まった。
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