第16話 「ん~! 今日も疲れたね~!」 ん~っと伸びをした。
この土曜日と日曜日はバイトをして過ごした。
昼くらいから夜までのシフトだ。
琴羽も最近バイトに入れてなかったから、多く入れたらしい。
同じ理由だったことに二人で笑ったもんだ。
そして月曜日である今日。
十二月十三日も、放課後はバイトだった。
「ありがとうございました~」
今日は琴羽はいないので、なんとなく寂しい。
前に
「ありがとうございました~」
今の客で店内にいる客はゼロ人になった。
夜にもなれば、来店する人は当然少なくなる。
その頃に
俺は黙々とテーブルを拭いていく。
しばらくそうしていると、客が一人入ってきた。
「いらっしゃいませ~」
前髪が長く、目元が見えない。
背が高く、どうやら男性のようだった。
その男は、席に着いてメニューをサッと見ると、すぐに決まったようで俺を呼んだ。
「ご注文は?」
「あれ?」
俺がそう声を掛けると、男は疑問の声を上げた。
そしてちょっと俺の顔に近づく。
どこかで会ったことがあっただろうか。
「
「そうだけど……」
俺はこの男のことをよく観察してみる。
やはり目が見えないし、さっきの情報以外のことはわからない。
目元が見れれば、会ったことがあるかどうかなどもわかりそうなものだが……。
「なんで俺のことを知ってるんだ?」
「キャンプファイヤーのこととかでね」
学園祭の時のことか。
まぁ
麗も目立つやつだから、俺のことを知るきっかけになってもおかしくはない。
「あ、ごめんごめん。僕は一組の
名前を聞いても誰かわからなかった。
たぶん、会ったことはないのだろう。
「お店で学校の人に会うなんて初めてだから、少し驚いてしまったんだ」
「そうか……」
「ごめんごめん。注文だったね。これをお願いするよ」
「……かしこまりました」
なんか調子狂うな……。
話し方といい雰囲気といい、見た目のイメージと違うからかな……。
おっと、失礼だったな。
俺は注文を厨房に伝える。
それからしばらくほかの仕事をしていると、料理が出来上がる。
俺はそれを持って九条徹の下へ向かった。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
九条徹が頼んだのはナポリタンだった。
普通においしいやつだ。
料理を置いてから、俺は裏に下がって行った。
しばらく俺は観察してみる。
九条徹が今まで店に来たことは一度もない。
いや、もしかしたら俺がしばらく来ていない間に来るようになったのかもしれない。
九条徹はおいしそうにナポリタンを食べていく。
「う~ん……」
「どうしたんだい?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
店長に声を掛けられて我に返る。
どうして彼がそんなに気になっているのか、自分でもわからなかった。
その後、ナポリタンを食べ終えた九条徹は、普通に会計を済ませて店を出て行った。
今日は、九条徹が最後の客となった。
※※※
次の日。
いつも通り琴羽と
「康太、バイトはどう?」
「久々に長くやってると疲れるよ」
久々にバイトに出ている上に時間が長いからとても疲れる。
「でも
「いい人ばっかりだから、話してると楽しいんだよな」
「わかるな~!」
大学生の人たちとか、話してたりすると普通に楽しい。
最初は声を掛けづらかったが、大学生の人たちから優しく話しかけてきてくれてとても嬉しかった。
今ではこっちからも声を掛けにいっている。
「羨ましい……」
「麗もそのうち、できたらな」
「うん……」
麗が少ししょんぼりしてしまう。
彼氏としては最低であるが、これもクリスマスパーティーのためだ。
どうか許していただきたい。
「じゃあさ、イブは二人でデートすればいいじゃん!」
「え!?」
麗は驚いたような声を上げるが、俺はなるほどと思った。
その時にはもう冬休みだし、クリスマス前日にバイトというのもあれだし……。
きっと店長のことだから、学生なんだからちゃんと楽しまなきゃいけないとか言って半強制的にバイト陣は休みにされるだろう。
それならばちょうどいいかもしれない。
「夜の街を二人で……なんだかロマンチックじゃない?」
「そ、それはたしかに……」
俺が考えている間に琴羽の妄想に麗が飲まれている。
先輩とどうとか俺たちが言った時も麗はこんなだったな……。
恋する麗はどこまでも乙女チックなのな……。
「イルミネーションとか見たいよな」
「いいわねぇ……」
麗はさらに妄想に耽り始めてしまったらしい。
この話はしばらく休憩だな。
「ほら、駅に着いたぞ」
「ららちゃん行くよー!」
「あ、待ってっ」
いつも通り遅めの時間にはなるが、生徒の数は多い。
朝練の生徒たちも続々と教室に向かっているようだ。
俺たちは、下駄箱で靴を替え、自分たちのクラスのある四階まで階段を上る。
「一組……」
大半の生徒はこの階段を上ってくるので、自分のクラスに行くまでにほかのクラスの前を通ることがある。
俺たちは二組なので、その例に漏れず、一組の前だけは通る。
昨日の男、九条徹のことを思い出し、少し一組を覗いてみる。
「たしか一組って言ってたよな……」
一組に知っている奴はいない。
しかし、昨日見たばかりで、しかも髪が長くわかりやすい感じの九条徹なら、パッと見ればわかると思った。
だけど、九条徹らしき人物は見当たらない。
「康太、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
麗と琴羽が少し遅れた俺の方を振り返る。
俺はもう一度一組をチラッと見て、それらしき人物がいないことがわかると、歩みを進めた。
※※※
昼休みになり、俺は麗と琴羽と共に、いつも通り昼食を済ませた。
その後、二人に断ってから教室を出た。
今日は弁当も何も持ってきていないが、どうしても九条徹のことが気になってしまった。
千垣ならきっと知っているに違いない。
琴羽は付いて行くとか言い出したが、なんとか宥めた。
空き教室に近づいていくが、ギターの音は聞こえない。
最近よく聞こえてきていた歌声も聞こえなかった。
一応ノックをして返事を待つ。
「あれ?」
もう一度ノックをするが、返事がない。
それどころか、物音一つしない。
「開けるぞ?」
そう声を掛けて少し置いてから、俺は扉を開いた。
そこにはシーンと静まり返ったただの空き教室が広がっていた。
机や椅子は綺麗に並べられていて、生徒がいないただの教室にしか見えない。
いつもはそこにいたはずの千垣と、ギターケースやその傍の重箱もなかった。
「千垣、今日はいないのか……?」
珍しいこともあるものだと思い、一応千垣のクラスである四組にも顔を出してみる。
四組のクラスにも千垣の姿は無く、ほかのクラスも同様だった。
そういえば今朝、千垣のことを見なかったかもしれない。
「風邪でも引いたか……?」
学校を休んでいるのかもしれない。
スマホでメッセージを送ろうとしたが、俺はすぐにやめた。
もし本当に風邪で休んでいたとしたら、この時間に連絡をするのは迷惑だろう。
二組に戻る途中、ふと今朝のことを思い出し、一度素通りして一組の様子を窺う。
中を覗いてみるも、やはり九条徹らしき人物は見当たらなかった。
「…………」
なんだかおかしいなと思いつつも、二組の教室に戻る。
麗と琴羽が仲良く談笑していて、
なんのことはないいつもの風景だ。
「あれ康太、早かったわね」
「それが千垣がいなかったんだよ」
「え、
「さぁ……」
そのままの勢いで千垣に連絡しようとする琴羽を止めつつ、俺はこの変な感じとしか言えないものを忘れようとした。
※※※
放課後は今日もバイトだ。
今日は琴羽が一緒なので、心も軽い。
いつも通り仕事をして、夜には客がいなくなった。
「ん~! 今日も疲れたね~!」
「そうだなぁ」
ん~っと伸びをする琴羽。
男の前でそういうことはあまりしない方がいいと思う……。
「なぁ琴羽」
「なに?」
「九条徹って知ってるか?」
「え、九条くん!?」
「知ってるのか?」
九条という名前を出すと、琴羽はとても驚いたように声を上げた。
どうやら知っているようだが……。
それ以上に、少し顔が赤いような……。
「な、なんで急に九条くんの話を……?」
「いや、昨日ここに来てさ」
「ああここにね……。……ここに!?」
「あ、ああ……」
なんだか琴羽の様子がおかしい。
何をそんなに驚いたりしているのだろうか。
情緒不安定な琴羽は怖い。
「な、何か言ってたの……?」
「いや、なぜか俺のことを知ってたもんだから、不思議に思ってたら勝手に名乗られただけ」
「そ、そうなんだ……」
そりゃそうだよねとかごにょごにょと琴羽は何かを呟いている。
その時、客が来店する音が聞こえた。
「いらっしゃいませ。って祐介か」
「お~っす」
「どこでもいいぞ」
「さんきゅ。オムライス頼むわ」
「了解」
今日は祐介がやってきた。
知ってるやつがいると、なんだか嬉しくなるもんだ。
「おい琴羽? お~い」
「っ! な、なに!?」
「どうした? 大丈夫か?」
「ぜ、ぜぜ全然!?」
全然大丈夫じゃないということがわかった。
「体調悪いのか? 俺が終わるまで休ませてもらえるよう言ってこようか?」
「だ、大丈夫だから!」
「そ、そうか……?」
琴羽は顔を赤く染めたまま、厨房の方へと向かった。
俺も後を続く。
琴羽はちゃんとオムライスと言っていた。
ちゃんと話は聞いていたようだ。
「で、九条徹って――」
「そ、それはいいじゃん!?」
「え、あ、ちょっ!」
再度問いかけようとしたが、琴羽は慌てた様子で俺の言葉を遮ると、そのまま仕事に戻って行った。
仕事はしなければいけないので、気になりはするものの俺も仕事に戻る。
オムライスができ、祐介の下へ運ぶ。
一応祐介にも九条徹について聞いてみたが、知らないらしい。
まぁほかのクラスのやつなんて、部活が一緒でもない限りなかなか知る機会なんてないしな……。
結局この日、九条徹のことを聞くことはできなかった。
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