第14話 「お兄ちゃん、おはよぉ」 寝ぐせでボサっとなっていた。

 朝、ベッドから降りてう~んと伸びをする。

 かなり寒いが、清々しい朝だ。


 俺はいつも通り洗面所に向かい、顔を洗う。

 そしてキッチンに向かってエプロンを身に着ける。


 さて、今日はトーストとインスタントのコーンスープを作ろうかな。

 目玉焼きとベーコンも乗せよう。


「お、チーズもある」


 そういえば昨日買ったかもしれない。

 これも乗せてしまおう。


 そんなことを思いながら調理を始める。

 まずは材料を並べようと準備をしていると、フライパンの音などがする中に違う音が混ざっていることにふと気づいた。


「ん……?」


 これは足音か?


「お兄ちゃん、おはよぉ」

「あ、みゆか。おはよう」


 心優みゆはともかく、みゆがこんな時間に起きてくることはなかったので少し驚いた。

 相変わらず髪が寝ぐせでボサっとなっている。

 いつもしっかりしてるのにこういう姿はだらしないなと思う。


「顔、洗ってきな」

「はぁい」


 少し眠そうに返事をしつつ、みゆは洗面所に向かったようだ。

 ホントここだけだらしないなぁ……。


 朝食もまだできないので、手を動かす。

 ベーコン、目玉焼き、チーズをまとめてフライパンに投入し、焼き上げる。

 その間にトーストも完成しており、お湯も沸いたのでコーンスープもおっけーだ。


「いい匂いがするぅ」


 みゆが洗面所から戻ってきた。

 しかし先ほどと変わっているところはあまりない。

 髪も寝ぐせのままだ。


「寝ぐせ直せよ……」

「今日日曜日だしぃ」

「そうだけどさ」


 俺は全部を盛りつけ、エプロンを外す。


「運んじゃうねぇ」

「おう。ありがとう」


 そう言ったみゆは次々に皿をテーブルに運んでいく。

 ふと何かがおかしいと思った。


 何がおかしいのだろうか。

 俺がご飯を作ってみゆが運んでくれている。

 俺は外したエプロンを持ったままこの状況を眺めて考える。


 何か、違う……。


「何してるのぉ?」

「あ、いや……」


 エプロンを置いて、席に着く。

 向かいにはみゆが座って手を合わせている。

 俺も手を合わせ、二人で「いただきます」と言った。


 やはり違和感は消えない。

 どうしたんだろうか、何が違うのだろうか。


「お兄ちゃん、それにしてもよかったのぉ?」

「え? な、何が?」


 何がよかったのかまったく身に覚えがない。

 この質問に対しても強く違和感を覚え、思わず声が上ずってしまう。


、わたしじゃなかったぁ?」


 俺は思わず立ち上がった。

 みゆは……いや、優《・》は、とても驚いたようにビクッとした。


「ど、どうしたの急にぃ……」

「み、心優……だよな?」

「なになに、本当にどうしたのぉ?」


 そうだ。

 この話し方。

 まったりとした少し語尾を伸ばしたような話し方。

 この話し方は間違いなく心優の話し方だ。


 そもそもみゆは敬語を使って話していた。

 こういう話し方は心優じゃなきゃしない。


「ど、どうしたら……」

「んぅ?」


 どうすれば証明になる……。

 話し方はまさしく心優だが、本当に心優なのか……。


 トーストをもぐもぐと食べながらきょとんと首を傾げる仕草はまさしく心優そのもの。

 トーストをに持ち、「おいしぃ」と左手を頬に添える仕草も心優そのものだ。


 でも、話し方と利き手だけじゃ今の俺自身を説得できない。

 何か……何か……。


「お兄ちゃん大丈夫だよぉ。今日は正真正銘日曜日だってぇ」


 別に今日学校じゃないかと疑っているわけじゃないが、ツッコんでいる場合でもない。

 ん? 待てよ……。


 この調子だとおそらく心優はみゆだった頃の記憶がない。

 でもちゃんと日曜日だとわかっている……。

 みゆが事故に遭ったのは土曜日だった。当然次の日、朝起きれば日曜日に……。


「なぁ心優」

「ん?」

「今日は何月何日だ?」


 そう問いかける俺に、心優は本当にどうしたのか心配したような顔をしながら答えた。


「十一月十四日だよぉ? 本当に大丈夫……?」


 間違いない。

 心優が事故に遭ったのは十一月十三日の土曜日だ。

 そこから朝起きれば十一月十四日の日曜日になる。

 本来ならば、その日は心優が当番だった。


 しかし今日の日付は、十一月二十八日の日曜日。

 事故から二週間が経過している。


「心優……。事故に遭ったこと、憶えてないか……?」

「事故ぉ……?」

「交通事故。車に、轢かれたんだ……」

「え? 誰が……?」

「心優が……」

「…………」

「…………」

「えっ!?」


 どうやら、事故からの記憶はないようだ。

 俺たちはさっさとご飯を食べ、病院に向かった。



※※※



「記憶が戻っていますね」

「そうですよね……」


 向かっている途中も、いろいろ雑談をして過ごしたが、完全に心優だった。

 記憶を失っている途中から、みゆにも心優らしさが出てきていたが、今はみゆらしさが無くなったような感じだ。


「検査もしましたが、異常はありませんでした。もう大丈夫でしょう」

「そうですか」


 なんだか実感が湧かなかった。

 嬉しいには嬉しいんだけど、少し複雑な気持ちだ。


 あまりにも突然すぎて、心が追い付いていない。


「何かあったらまた来てください」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとうございましたぁ」


 二人で病院を出て、駅まで歩く。


「やっとこれで真の退院って感じかなぁ?」

「ま、そうかもな」


 心優は体を大きく動かしながら歩く。

 自由を体現しているかのようにあちこち動き回る。

 転んだりしないか心配だ。


「なぁ心優」

「なにぃ?」

「本当にこの二週間の記憶ってないのか?」


 泊まりもしたし、うららと付き合ってることも話したし、いろんな話もした。

 それもこれも全部含めて、心優だけがそのことを知らないということが、俺はなんだか嫌だった。


「う~ん……。ないと思うけどなぁ……」

「そうか……」


 しかし、俺がそんなことを気にしていたら、心優に心配を掛けてしまうことは目に見えている。

 過ぎてしまったことは仕方ない。受け入れるしかないのだ。


「家に帰ると、たぶん麗たち待ってるから」

「みなさんに心配掛けちゃってどうしたらいいかぁ……」

「元気な姿見せれば大丈夫だって」


 みんなこの元気な心優を見れば安心するだろう。

 この二週間のことを憶えていなくても、決して何かが変わることはない。


「それにしてもついに麗さんと付き合い始めるとはねぇ。いつからなのぉ?」

「ああそれはな、誕生日パーティーをクラスのみんなで……あれ?」

「どうしたのぉ?」


 麗と付き合い始めたって話、心優にしたっけ?


「それ、誰から聞いた?」

「え? お兄ちゃんが教えてくれたんじゃん。入院してる時……に……あれぇ?」


 心優も自分の言っていることがおかしいことに気づいたらしい。

 心優が入院したのは、記憶が失くなっている間だけだ。

 それ以外で入院したことは今までにだって一度もない。


 と、いうことは……。


「なぁ心優! 麗や七海ななみちゃん、かえでちゃんと琴羽ことはが泊まった時に何したか憶えてるか!?」

「えっと……。大きなボードを広げて……人生ゲーム!」

「っ!」


 みゆの……みゆの記憶が残っている!?


「心優、病院に戻ろう!」

「わ、わかった!」


 俺たちは急いで来た道を戻る。

 そんなに歩いてないので、すぐに病院に着いた。


 ある程度待ってから、いつもの医者のところへ通される。


「どうかしましたか?」

「それが、記憶を失くしてたこの二週間の記憶があるみたいなんです」

「それはたしかですか?」

「この二週間の間にしか話していないことも知ってましたし、友達とお泊り会のようなこともしたのですが、そこで何をして遊んだかなども憶えてました」

「なるほど……一応もう一度検査をしましょう」

「はい」


 検査の結果は異状なし。

 先ほどの結果と同じだった。


「記憶が戻ってよかったですね」

「はい!」

「ありがとうございましたぁ」


 俺は病院を出て、ほっと一息ついた。

 心優もなんだか嬉しそうに俺を見ている。


「今思い返してみると、なんだかちょっぴり恥ずかしいよぉ……」

「それに関しては仕方ないだろ~」

「でもぉ……」


 自分の行動を思い返してなのか、頬を赤く染めつつ手で顔を隠している。

 あまりこういうところを見たことがないのでなんだか新鮮だ。


「それよりももうテストの時期だぞ?」

「あ、そっかぁ! 大丈夫かなぁ……」

「心優なら大丈夫だろ、たぶん」

「まりぃちゃんに聞こぉ……」


 心優の成績は基本的に上位キープ。

 それも、特に予習復習はしておらず、授業のみでの成績だ。

 そんな心優ならちょっと勉強すれば余裕だと思うのだが……。


 これを心優に言うと、お兄ちゃんもちゃんと勉強しなさいと怒られてたなぁ……。

 今回からは俺もかなり勉強するつもりだけど。

 麗たちに教えてもらいながら。


「あ、そうだ」

「なにぃ?」

「みんなで電話しながら勉強会をしよう!」

「えぇ?」

「それがいいな。帰ったら提案しよう」

「突然だねぇ」


 絶対に頑張るために、見張りの意味も兼ねてお願いしよう。

 それに、みんなも心優と話したいだろうし。


 心優自身も、嬉しそうだ。


「よし、帰ろう」

「うんっ」



※※※



 家に帰ると、すぐに麗と七海ちゃんと楓ちゃんと琴羽が迎えてくれた。


「心優ちゃん大丈夫?」「みっちゃん大丈夫?」

「はいっ! ご心配をおかけしました……」

「心優っちー!」

「わっぷ」


 七海ちゃんは嬉しそうに心優に飛びついた。


「どうなっちゃうのかと思ったよー!」

「ごめんね……ありがとう」

「心優お姉さま」

「楓ちゃんもありがとうね」


 楓ちゃんも心優に抱き着いている。


 そんなみんなを見渡してから、俺は素直な言葉を口にした。


「ありがとうな。みんな」

「何よ水臭いわね」

「そうだよ康ちゃん」


 麗と琴羽も、心底安心した顔をしている。

 こんなにも心配してくれている人がいるんだ。

 本当に嬉しい。


「それで二人にお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「勉強会、しないか?」


 二人だってテスト勉強あんまりできていないだろうし、みんなでやった方がいいに決まっている。

 俺が教えて欲しいというのもあるけど……。


 それは置いておくにしても、心優のこともあるし、みんなで話していたい。


「いいわよ」

「いいね~!」

「そうこなくっちゃな」


 七海ちゃんと楓ちゃんにもそのことを話して、心優は真莉愛まりあちゃんにも連絡をした。

 みんな快く了承してくれ、勉強会の開催が決まった。

 心優、七海ちゃん、真莉愛ちゃんの中学生組はテストがすぐそばまで迫っているから最後の追い込みをしたいらしい。


 一応高校生組と中学生組で通話のグループは分けるが、俺と心優、麗と七海ちゃんは一緒にいるから結局みんな一緒なのと同じだ。

 そして、その日の夜から勉強会は始まった。

 しかし、さっそく俺は苦戦を強いられることになる……。


「麗ぁ……」

「まずは自分で解きなさい」

「鬼畜……。琴羽ぁ」

「ごめんね~。こうちゃんのことはららちゃんに任せたの~」

「くっ……!」


 何たる所業……。

 鬼だよ鬼。


「ここはこうするです」

「これでどぉ?」

「正解です!」


 隣には心優が座り、七海ちゃんと真莉愛ちゃんと話しながら勉強をしている。

 あっちの方が順調そうだ。


「ほら、心優ちゃんも頑張ってるんだからあんたも頑張りなさい」

「は~い……」


 まぁこれから頑張るって決めたしな……。

 とりあえず、教科書を漁りながら説明などを読んでいく。

 どうしてもわからないところは麗に聞きながら、テスト範囲の勉強を進める。


 だんだんと頭に入ってきた。


「合ってるわね」

「よし」

「やればできるじゃない」


 問題を解いていくうちにだんだんと自信が付いてくる。

 これはいつもよりいい成績を残すことができそうだ。


「ここまでがテスト範囲です」

「ありがとぉまりぃちゃん」

「どういたしましてです」

「あ、こっちも同じだ!」


 心優の方はテスト範囲までは一旦終わったようだ。

 さすが心優だ。理解が早いから進むのも早いのだろう。

 七海ちゃんもいるし、優秀な先生が多くてちょっと羨ましい。

 こっちなんて鬼だぞ鬼。


「ちょっと康ちゃんいい?」

「はい?」

「数学なんだけど、この問題教えて欲しいんだけど……」


 今通話しているグループに写真が送られてくる。

 たしかにここは少し難しいかもしれない。


「あ、そこあたしにも教えて」

「ここは、前のページに出てくる公式を利用して……」


 数学だけは自身があるので、そこは俺が二人に教える形で勉強会は進んで行く。

 順調に勉強を重ね、約一週間が経過した。



※※※



 十二月六日。

 心優の定期的な検査はまだ続いているものの、まったく問題はなくそろそろ大丈夫ということになってきた頃。

 たしかな手ごたえと共にテスト勉強して過ごし、いよいよ明日がテスト初日だ。 


 そんなテストを倒すため、放課後、俺たちは教室に残ってラストスパートをかけにいっていた。


「中間テストがないのってこの学校くらいよね」

「だと思うよ」


 学園祭にノリノリなこの踊咲おどりさき高校には、二学期の中間テストが存在しない。

 その代わりに、小テストなどを多く行ったりしてたりはするのだが、期末テストは少しつらい。


 だから俺たちも結構必死に頑張っている。


「数学難しすぎるよ~。助けてこうちゃ~ん」

「どれだよ」


 とかなんとか琴羽は言っているが、いつも結構いい点を取っている。

 数学はぶっちゃけ俺のおかげでもあると思うが、その他の教科は普通にこなすんだもんな。


「数学はたしかに難しいわよね。康太よくできるわよね」

「数学は好きなんだよ」


 そう言う麗も小テストとかの点はよかったの知ってるんだからな。

 それに、麗の場合はそれだけじゃない。


「ららちゃんは一学期の中間と期末で上位者に載ってるけどね……」

「それな~」


 学年ごとに順位が張り出されるこの学校は、三十番以内に入った人の名前とクラスが掲示される。

 麗はそこの二十番代に載っていた。見た感じ今回も載るね。


「妹たちに示しをつけないといけないから頑張ってるのよ。康太、ここ教えて?」

「はいはい」

「あ、私もそこ教えてほし~」


 試験が明日になるので、俺たちは応用問題の最終チェックに取り組んでいる。

 数学は特に出される問題が難しいので、基礎をばっちり頑張ってきた。

 正直、普通の人なら応用なんてできればラッキーとか考えていると思う。


 数学が得意でよかったと思う瞬間だった。

 しかし……。


「麗、琴羽、ここは……?」

「ここに書いてあるわよ」

「ちなみにこれはこっちだよ~」

「ありがとう」


 ほかは平均点をギリギリ超えてるか下回っているほどなので、麗と琴羽に教えてもらう。

 いろいろとあってなかなか勉強できなかったので、先週死ぬ気で頑張ってきた。

 あの日以外にも通話で教えてもらったり、メッセージで教えてもらったり……。


 麗と琴羽のおかげで、今回はいつもよりいい成績を取ることができそうだ。


「終わったら打ち上げしよう……」

「成績がよかったらするわ」

「麗の鬼畜……」

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