第13話 「飲み物をどうぞ」 キッチンから戻ってきた。
時刻は九時過ぎ頃。
俺は一人、
理由はもちろん、
二人ともこの時間の電車に乗ってくると言っていたので、こうして待っているわけである。
数分待つと、電車がホームに入ってきた。
降りてくる人は数人で、その中に目立つ銀髪を見つけた。
「
「よっ千垣」
「わざわざ悪いね……」
「いやいやそれはこっちのセリフだよ」
俺が頼んで来てもらっているんだから。
「あ、いたいた!」
「姫川さん。わざわざありがとう」
「とんでもない!」
二人と合流することができたので、俺の家に向かおうと思うのだが……。
この二人、お互いにお互いのことを知ってはいるだろうけど初対面なんだよな。
「千垣さんだよね? 初めまして!」
「初めまして姫川
「え、わたしのこと知ってるの?」
「ええ、まぁ……」
千垣は銀髪で、ギターも常に背負ってるからなんとなく知っている人が多いと思うし、そもそも姫川さんは知っているっぽかったので大丈夫だと思っていた。
姫川さんは
でも千垣なら知っていると思った。
さすが情報屋。
「私は千垣
「よろしくね。千垣さん、よくおっきい鞄持ってるよね」
「あれはギター用のケースなんです……」
「あ、そうなんだ! じゃあ軽音部?」
「いえ、軽音部ではなくて……」
千垣と初めて話した人はみんなこの会話をするんじゃないかと思う。
俺が千垣を初めてみたのは例の空き教室が最初だから、ギターのケースだということを知る方が先だったのでこんな会話はなかった。
「とりあえず行こうか」
そう促すと、二人とも頷きながら会話を続ける。
千垣のお料理研究部や写真部の話からお互いに部活の話や趣味の話で盛り上がっていた。
その会話に時折混ざりながら俺の家に辿り着く。
「ただいま」
「おじゃまします」「おじゃまします……」
家に着くと、すでに騒がしくなっており、玄関まで声が聞こえてきた。
それとほぼ同時に誰かが廊下を歩く音も聞こえてくる。
「おかえりなさいませ、
「ただいま
やってきたのは楓ちゃんだった。
頭を撫でてあげると嬉しそうにする。
なんだかもう一人小さな妹を持ったような気分になる。
「こんにちは、楓ちゃん」
「奏お姉さまですっ」
姫川さんが腰を落として声を掛けると、楓ちゃんは嬉しそうに微笑む。
二週間か三週間振りになるのだろうか。
「
「そうそう下の妹だよ」
「そういえば、姉妹がどうとかって言ってたね……」
「そうだっけ?」
あんまり憶えていないが、千垣が言うならどっかで言ったんだろう。
「初めまして、楓ちゃん……。千垣紗夜です……」
「千垣お姉さまですね。初めまして、藍那楓です」
「礼儀正しいね……」
とても驚いているようには見えない表情で驚いたようなことを言う。
こういうところが楓ちゃんとよく似ていると最初に思ったものだ。
思った通りちょっと似ている。
「なんか盛り上がってるみたいだね」
「ババ抜きをしてました」
ババ抜きか。
トランプ、一体誰が持ってきたんだか。
「今一騎打ちなんです」
そう説明されながらみんなリビングに移動する。
リビングに入ると、琴羽と七海ちゃんが向かい合って真剣ににらめっこをしていた。
「紗夜ちゃん、奏おはよ」
「藍那おはよう……」
「
どうやら
妙な緊張感が漂う中、七海ちゃんが手を伸ばした。
「うわっ! 負けたー!」「勝ったー!」
勝負は琴羽の負けで決着。
こういう時、だいたい琴羽は負ける。
というか、昨日の人生ゲームといい、琴羽は負けてばかりだな……。
「あ、姫川さん、紗夜ちゃんおはよう!」
「
「藤島さん……おはようございます……」
「なんでよー!」
お約束もしたところで、今度は七海ちゃんが二人に気づく。
「あ、奏さんお久しぶりです!」
「七海ちゃん久しぶり」
「えっとそちらの方は……?」
「初めまして七海ちゃん……。千垣紗夜です……」
「千垣さんですね! 初めまして、藍那七海です!」
元気いっぱいな七海ちゃんに若干押されている千垣。
たぶん、仲良くなるまでに時間が掛かるんじゃないだろうか。
琴羽も元気で似ているところあるし、相性的にね……。
「いらっしゃいませ。飲み物をどうぞ」
キッチンにいたらしいみゆが戻ってきて姫川さんと千垣にお茶を差し出す。
「ありがとうみゆちゃん」
「ありがとう……」
「えっと、お兄ちゃんから聞いてるかもですが……」
「うん。じゃあわたしから話そうかな」
緊張感が辺りを包み込む。
俺たちは、二人を見守るように座る。
姫川さんは、惚気が混じるかもだけど、と軽く冗談のように言いながら話し始めた。
彼氏である祐介のために苦手な料理を頑張ろうと思ったこと。
俺が弁当を持ってきていることを祐介から聞いたこと。
俺に頼んだことにより、麗と
何を作ったかどうなったかまで全部話してくれた。
「すごい喜んでもらえて嬉しかったんだ」
本当に嬉しそうに姫川さんは話してくれた。
みゆは自分がそんなに料理が得意だったことを少し驚いていた。
料理ができるという記憶はあったように見えたが、そんな頻繁にやっているとは思わなかったようだ。
当番制の話なんかはしたことはなかったから仕方ないな。
両親がいないというところからなんとなく察してはいたみたいだけど。
「次は私の番だけど……」
「その前にあたしが話さないとね。七海と楓にも聞いておいてほしいわ」
「わかった……!」「わかりました」
そうして麗は
俺に恋のキューピッドを頼んだところから、上野先輩には彼女がいたというところまで。
それから学園祭のキャンプファイヤーで……。
我ながらいろいろあったなと思う。
「そのキューピッドなんだけど、俺だけじゃどうしていいかわからなくてな。琴羽や祐介や千垣に相談してたんだ。もちろん心優にも」
「心優さん……にも」
「そう。それで、上野先輩に彼女がいたことを知った日の夜、琴羽の家にみんなで泊まったんだけど、その時に麗が仕返ししたいって……」
「やっぱりそれ聞いてたのね!? 道理で知ってると思ったわよ!」
「あれ、言ってなかったっけ……?」
「聞いてないわよ!」
あれ、そうだったっけ……?
ま、それは置いといて。
「学園祭に誘導しようと思ったんだよ。キャンプファイヤーの噂を彼女さんに流せば上野先輩と踊るために来るだろうと思って。だから、噂を流すために近くでその話をするってことをしたんだ」
「そう……。その時に私も手伝った……」
「出会ったのはその時だ。言い方は悪いが、罠にはめるのを手伝ってもらったわけだな」
「噂を……流す……」
姫川さんと千垣の話はこんなもんだ。
それ以降は会ってないから結構久々に会っていることにはなる。
しかし、みゆにとっては初めてなんだよな……。
「お姉ちゃんそんなことあったんだ……」
「康太お兄さまかっこいいです」
「あ、いやそんな……」
七海ちゃんと楓ちゃんに感心したように頷かれて少し照れてしまう。
こんなに詳しい話は琴羽も心優も知らなかったことだし、当然七海ちゃんと楓ちゃんも今初めて聞くことだろう。
麗としても心に傷を負っている話だ。そんなに話したいものでもなかっただろう。
麗の肩をぽんぽんと叩くと、大丈夫というように麗は小さく微笑んだ。
「みゆどうだ? 大丈夫か?」
「はい、大丈夫です……」
「なんか思い出したか……?」
「なんだか、知っているような気がしました……」
「そうか……」
「アイスクリーム……とか」
「っ!」
あれは俺と千垣が噂を流す時だった。
キッチンカーのアイスクリーム屋さん。そこの有名ないちごストロベリー味を食べた。
その時のことを言っているのだろうことはわかる。
「映画……う~ん……」
「無理はするなよ?」
「あ、はいっ」
特に今までと変わった様子はなく頷く。
頭痛もないようで、思い出せそうで思い出せないものをなんとか思い出そうとしているように見える。
現在進行形で少しは内容を思い出しているはずなのに、どうして頭痛が起こらないのだろうか。
いや、それはそれでいいのかもしれないのだが、頭痛が何か合図のようなものだと思っていたので、記憶が戻らないのではないかとも思ってしまう。
実際思い出しているみたいだが、これは一体何なのだろうか……。
「お話ありがとうございました。みなさんまた人生ゲームしませんか?」
「人生ゲームやってたの?」
「ことちゃんが持ってきたこんな人生ゲームやってたのよ」
「でかいね……」
ちょっと違和感を覚えながらも、楽しそうに再び人生ゲームの準備をするみんなを見ていると、気にしてもいられないかと思った。
※※※
昼前頃、みんなが帰ってみゆと二人きりの休日。
明日は日曜日だが、お泊り会をしたので日曜日は誰も来ないし、誰とも遊ぶ予定はない。
久々にみゆと二人きりになるかもしれない。
昼食を食べ終えて、ゆっくりと寛ぐ。
「楽しかったか?」
「はい! すごく楽しかったです!」
人生ゲームの最中、琴羽と千垣のいつもの絡みだったり、姫川さんが意外と面白い人だったりと思うことがいろいろあったそうだ。
俺も料理教室なんかを経て、姫川さんのイメージは変わったりもした。
千垣も面白いやつだしな。
「体は大丈夫か?」
「とても元気ですよ! お家が静かになって少し寂しいですけど……」
「まぁ琴羽なら向かいの家にいるし遊びにでも行けばいいしさ」
「そうですね! 麗さんもお兄ちゃんの彼女さんですし、すぐに会えそうです!」
「そ、それはそうですね……」
純粋すぎて少し照れてしまう。
シンプルにからかわれるよりも恥ずかしいかもしれない。
「今日の夕飯は一緒に作るか?」
「はいっ!」
俺たちは準備をして二人でスーパーに出かけた。
こうして一緒に出掛けるのも久々かもしれない。
そして二人で夕飯のメニューを考えて、その材料を買い物かごに入れていく。
「こんなもんかな」
「そうですねっ」
材料を揃えてレジに向かう。
重いものは俺が持ち、残りをみゆが持って帰路に着く。
こういう風に二人で買い物をしたのはいつ振りだろうか。
再びそんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか家に着いていた。
その後もリビングでいつも心優と一緒に見ていたバラエティー番組を見たり、一緒にご飯を作って食べたりと、日常が帰ってきたようだった。
そして、次の朝……。
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