第12話 「康太、いい?」 扉を開けた。

 人生ゲームを片づけた後、俺たちは各自順番に風呂に入った後、飲み物を飲んだりしつつゆっくりしていた。

 なかなかボリュームのある人生ゲームだったので、もうそろそろ……特に、かえでちゃんは寝る時間だ。


「んぅ……」

「眠い?」

「はい……」


 いくら客室用の部屋と言っても、さすがにみんな一緒に寝るのは無理だ。

 なので、七海ななみちゃんはみゆと一緒の部屋で寝てもらうことになっている。


 客室では、うらら琴羽ことはが布団を広げてくれていた。


「終わったわよ。ほら楓、行くわよ?」

「はい……麗お姉さま……」


 麗が楓ちゃんを連れてリビングを出て行く。

 入れ替わりに琴羽が戻ってきた。


 すると、廊下の方で楓ちゃんがくるりとこちらを振り返る。


「みなさんおやすみなさい……」

「おやすみ楓ちゃん」


 みんなで楓ちゃんにおやすみと返していく。

 ペコリと綺麗なお辞儀を見せた楓ちゃんは、どことなく嬉しそうな表情で廊下を進んで行った。


「私たちも寝ようか」

「そうだな」


 ちょっと疲れもあるし、明日は姫川ひめかわさんと千垣ちがきも来るし、早めに寝るのはいいかもしれない。


「じゃ、みんなおやすみ」

「おやすみこうちゃん」


 琴羽は麗の後を追いかけて行った。


「じゃあわたしたちも寝ます。おやすみなさいお兄ちゃん」

康太こうたさん、おやすみなさい!」

「うん。おやすみ二人とも」


 みゆと七海ちゃんは二人一緒にみゆの部屋へ向かう。

 俺は、電気などを確認してから自分の部屋に向かった。


 ベッドに腰を掛けると、さっきまでの騒がしさが嘘のような静けさに、少し寂しくなってしまった。


「静かだな……」


 少し窓を開けて空を眺めてみる。

 もうすっかり肌寒くなってしまった。

 肌を撫でる風に少し体が震える。


 空には綺麗な星々が輝いていた。

 その時、扉をノックする音が聞こえた。


 誰だろう。


「はい?」

「康太、いい?」

「麗?」


 扉を開けると、そこにはたしかに麗が立っていた。


「どうかしたか?」

「ちょっと入ってもいい?」

「いいけど……」


 麗を部屋に入れる。

 心優が綺麗にしとかないと怒るので、部屋は常に綺麗にしている。


「何気に初めて部屋に入ったわね」


 たしかに、何度か麗は家に来ているが、俺の部屋に入ったことはない。

 ましてや見せたこともない。


 気づいてしまうともういろいろと意識してしまう。

 今、彼女が俺の部屋にいるんだ。


「あれ? 窓開いてる?」

「ちょっと星を見てたんだ」

「ロマンチストにでもなったのかしら?」


 くすくすと笑いながら麗はそんなことを言う。

 そんな一つ一つの仕草にまでドキッとしてしまう。


 俺の気を知ってか知らずか、麗はベッドに腰を下ろした。


「もしかして、この下にいろいろ隠してたりする?」

「そんなわけないだろ。掃除がしにくいじゃないか」

「持ってるのは否定しないんだ」

「俺は正直者なんだ」

「ふ~ん」


 麗はちょっと不機嫌そうに口を尖らせる。

 こういう時、どう答えるのが正解なのかさっぱりわからない。


 嘘はよくないと思ったのだが、正解だったのだろうか……。


「どんなの持ってるの……?」

「そ、それはさすがに……」


 いくらなんでも恥ずかしいので勘弁していただきたい。


「捨てて欲しいって頼んだら、捨ててくれる……?」

「捨てる」


 もし麗が嫌だと言うなら、俺はそういうものを捨てる。


 彼女に嫌な思いをして過ごして欲しくはない。

 その程度のことなら話し合うまでもなく俺は捨てる。


「なら、いい……」

「……っ」


 頬を少し赤く染めながら嬉しそうに微笑んで見つめてくる。

 そんな顔をされるといろいろと困る。


「隣、座らないの……?」

「座ります……」


 甘えたようにそんなことを言われる。

 俺には素直に従う以外の選択肢はなかった。


 隣にそっと腰を下ろす。

 すると、麗はこちらに寄りかかるように倒れてきた。

 肩に麗の温もりを感じる。


「康太、大丈夫?」

「え?」


 突然そんなことを言われて思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「無理してない?」

「大丈夫だよ。もう大丈夫」


 改めて確認してくれる麗に、すごく嬉しい気持ちが込み上げてくる。

 俺はそんな麗の髪を優しく撫でる。


「ありがとな」

「ううん……」


 麗と目がばっちり合う。

 しばらく見つめ合うと、麗がそっと目を閉じた。

 この意味がわからないわけがない。


 俺は、そっと麗の唇に口づけをした。


「あんまり遅いと、ことちゃんになんか言われそうだし、もう行くわね」

「おう。ホント、ありがとうな」

「どういたしまして~」


 ニコっと笑うと、麗は扉を開けて「おやすみ」と言って出て行った。


 さっきの寂しさはどこへやら、今は嬉しい気持ちでいっぱいだ。


「さむっ……」


 ただ扉の方を見て立っていると、冷たい風が部屋に入ってきた。


「窓閉めてなかった……」


 窓を閉め、電気を消して、俺はベッドに寝転がった。

 目を閉じてしばらくしていると、いつの間にか眠りについていた。



※※※



 朝、最近は自然と目が覚める。

 みゆを当番にはできないのでというのもあるが、心の奥底ではやはり不安なんだろうと思う。


 部屋から出て、洗面所に向かう。

 顔を洗って、歯を磨く。


 朝食は何を作ろうかと悩んでいると、誰かの足音が聞こえた。


「おはよう康太」

「おはよう麗」


 起きてきたのは麗だった。

 少し髪がふわっとしているが、寝起きでも相変わらず綺麗だ。


 そしてやはりシャキッとしている。

 さすがお姉ちゃんだな。


「洗面所借りるわね」

「おう」


 とりあえず味噌汁を作ろうと準備を始める。

 だしを取ったり具材を切ったりしていると、麗が戻ってきた。


「何作ってるの?」

「とりあえず味噌汁作ってるんだけど、あとはおにぎりでも作ろうかね」

「手伝う?」

「あ、じゃあそこに米があるから炊飯器頼んでいいか?」

「わかったわ」


 麗は言われた通りに米をセットして炊飯器のスイッチをいれる。

 ほかにできることはないとわかった麗は、洗面所に向かって行った。


 しばらくして戻ってくると、髪も整えてきたようで、動く度に揺れる綺麗なストレートの金髪が視界にちらちらと映った。

 というより、自然と目で追ってしまっているのかもしれない。


 それに、この状況。

 なんだか同棲しているように感じてしまうのは、仕方がないだろう。


「そういや琴羽と楓ちゃんは?」

「ことちゃんはなぜか二度寝し始めたわね。さすがに楓はまだ寝てるわ」

「そっか」


 ならしばらく二人か。

 ご飯を作りながらのんびりしたいところだ。


「コーヒーでも飲むか?」

「ならお願いしようかしら」

「インスタントだけどな」

「ここで豆挽き始めたらびっくりするわよ」


 麗は少し笑いながらリビングの方に行った。

 お湯は自分が飲むつもりで用意していたので、すでにできている。

 多めに沸かしているので二人分は余裕だ。


「砂糖とクリープはなくていいよな?」

「あれ? 憶えてたの?」

「まぁ……」


 学園祭の準備の時、荷物運びを手伝ってもらったお礼も兼ねてブラックコーヒーを奢ったことがあった。

 ブラックコーヒーが苦手なら変えようと思って渡したのだが、意外にもブラックは好きだと言っていたからよく憶えている。


「その時にはもうとっくに気になってたからな」

「意外と素直に言うのね……」


 少し頬を染めながらそんなことを言われる。

 自分から言うのは大丈夫なくせにこっちから言うと弱いんだよな。


 ま、そこもかわいいんだけど。


 俺は麗の隣に座ってテレビをつける。

 天気予報や今日のニュース。時間的に占いなんかもやっていた。


 特に会話もなく、コーヒーを飲みながらテレビを眺める。

 なんだかとても気分がいい。落ち着く。


「そろそろお米炊けるわね」

「だな。みんな起こすか」

「そうね」


 俺はみゆと七海ちゃんを、麗は琴羽と楓ちゃんを起こしにぞれぞれの部屋へ向かう。


 一応扉をノックしてみる。

 が、返事はない。


「わっ!」

「はぅぁっ!!」


 向こうの部屋から声が聞こえた。

 なんだ?


「もう! ことちゃん!」

「ごめん、ごめんて!」


 そういえば琴羽は二度寝って言ってたな。

 たぶん嘘の二度寝だったんだな……。

 それで今麗のこと驚かせたな……?


 とりあえずこちらの部屋の中からは返事がない。

 仕方ないからそのまま扉を開ける。


「みゆ、七海ちゃん起きてるか?」


 二人とも一緒のベッドでぐっすり眠っていた。

 さては遅くまでしゃべってたな?


「みゆ、七海ちゃんそろそろ起きて」

「んぅ……」

「ん~……」


 ぼんやりとした眼でゆっくりと二人とも起き上がる。


「おはようございますお兄ちゃん……」

「康太さんおはようございます……」

「二人とも、絶対遅くまでしゃべってたでしょ」


 二人ともコクンと頷く。

 やれやれ……。


「夜更かしはほどほどに、ね?」

「「はぁい……」」


 出会ってまだそんなに経ってないのに仲いいなぁ……。

 俺としてはすごく嬉しいんだけどさ。


「早めに降りてきてね」

「「はぁい……」」


 先にリビングに向かう。

 キッチンの方に行き、炊飯器を開けた。

 ご飯をひっくり返し、おにぎりを作る準備をする。


「康太お兄さま、おはようございます」

「おはよう楓ちゃん」

「洗面所お借りします」

「はいよ」


 楓ちゃんはあまり眠そうにしていない。

 朝は強いのだろうか。


 性格的にそんな気もする。

 真面目そうだからしっかり早寝早起きを心掛けていそうだ。


 そんなことを思っていると琴羽が現れた。


「昨日の夜と朝はどうでしたかな?」

「大変のんびり癒されました」

「それはなによりで~」


 ニマニマとした笑みを浮かべている琴羽。

 その心遣いは嬉しいが、その後のこれをなんとかして欲しいものである。


「麗は楓ちゃんと一緒?」

「そうそう。次使わせてもらうね」

「ほいほい」


 女の子は大変そうだな。

 というか、これだけ人数がいたら洗面台が足りないような……。


 それに関してどうこうすることもできないので、大人しくおにぎりを作る。

 味噌汁の方は完成させた。


「ことちゃんもういいよ」

「お待たせしました琴羽お姉さま」

「は~い」


 今度は琴羽が洗面所に、麗と楓ちゃんがこちらにやってくる。


「手伝うわよ」

「楓もお手伝いします」

「じゃあ一緒におにぎり作ろうか」

「はい」


 三人でおにぎりを握っていく。

 そうしていると、みゆと七海ちゃんも起きてきた。

 琴羽と入れ替わりで洗面所に行く。

 二人は一緒に準備をするようだ。狭くないかな……。


「お味噌汁盛っちゃうね」

「頼む」


 琴羽が味噌汁を持ってくれている間におにぎりも全部できた。

 皿に乗せ、テーブルに運ぶ。

 味噌汁を運ぶのを手伝い、すべてが食卓に並んだ頃、みゆと七海ちゃんが戻ってきた。


「それじゃあ食べようか」


 みんなで手を合わせ、「いただきます」と共に食べ始める。

 昨日の夜のように盛り上がった食卓は、いつもの朝よりも楽しかった。

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