第11話 「ふえっ!?」 肉を掴んでそっと近づけた。

「なんかお肉多くない?」

「それはこうちゃんが……」

「いや、これくらい食べれるだろ」

「人も多いですし、大丈夫ですよ」

「お肉いっぱい食べてもいいんですね!」

七海ななみお姉さま、ほどほどにしないとお腹ぽよぽよになっちゃいますよ」


 とても賑やかな夕食。

 ごま豆乳鍋は無事綺麗に完成し、みんなで食卓を囲む。


 多少肉が多いが、これは俺の望んだとおりだ。


「やっぱり鍋はいいよな~」

「じじくさいわねぇ」

「ほっとけ」


 そんなうららは七海ちゃんとかえでちゃん、特に楓ちゃんのことを気にしながら食べている。

 必然的にゆっくり食べることになるわけで、なんだかちゃんとお姉ちゃんやってるなと思った。


「なによ」

「…………」

「……?」


 思わず黙って見つめていると、麗がきょとんとしてしまう。

 そんな仕草もやはりかわいくて、俺はついつい手を伸ばしてしまった。


「ほい、あーん」

「ふえっ!?」


 肉を掴み、その箸を麗の口元へ近づける。


康太こうたさん、大胆ですね!」

「なんだかドキドキしてしまいます」


 すっかり頭から飛んでしまっていたが、今は七海ちゃんと楓ちゃんに琴羽ことはとみゆもいるのだった。

 そこに気づくとかなり恥ずかしさが湧いてくる。


 やってしまった……。


「隙のないイチャイチャ……。私じゃなかったら見逃してるね」

「わわわ……!」


 琴羽はニヤリとしながらじろじろと見てきて、みゆは両手で顔を隠し、指の隙間からチラチラと様子を窺っている。


「っ……」


 そして当事者たる麗。

 いつもなら余裕な顔でパクっと食べそうなもんだが、みんなの前だからなのかかなり恥ずかしがっている様子だ。

 俺自身もかなり恥ずかしいが、麗に攻撃できたのならよしとしよう。


 そう気持ちが切り替わると余裕が生まれてくる。


「どうした? いらないのか? じゃあ、俺が食べるぞ」

「あっ……」


 そうして俺は自分の口に箸を運ぶ。

 口に含むとしっかりとした肉の味と、ふんわりとした豆乳の風味が口に広がる。


 しっかりと咀嚼した後、もう一度肉を掴み、麗の口元に近づける。


「ほら、うまいぞ?」

「ん……」

「はい、あーん」

「あ、あーん……」


 箸から肉を奪い去ると、麗はすぐに顔を背けて咀嚼する。

 頬が真っ赤に染まり、かなり恥ずかしがっていることがわかる。


「ららちゃん顔真っ赤だねぇ」

「いいですねぇカップル!」


 琴羽と七海ちゃんがテンション高めに声を上げる。


「いいだろこの肉」

「うん……おいし……」


 まだ羞恥は残っているようだが、麗は満足そうに頷いた。

 それを見た琴羽が俺の肩をバシッと叩いてテンション高めに言う。


「じゃあ続けていってみよう!」

「ことちゃん調子に乗らないの!」

「あたっ」



※※※



「ごちそうさまでした」

「ホントに食べちゃったよ……」

「康太お兄さまさすがです」


 みんなが食べ終えてから、責任を持って肉を全部平らげた。

 ちょっと食べ過ぎ感はあるが、大満足だ。


「お皿持ってきてね」

「はいよ」


 俺以外はみんな食べ終わっており、麗は皿洗いをしてくれている。

 麗の隣では七海ちゃんが皿を拭いてくれていて、みゆが片づけをしている。


 琴羽は楓ちゃんの宿題を見てあげていた。


「ちょっと食べすぎじゃない?」

「まぁそうかもだけど、満足した」

「まったく」


 やれやれと言うように肩をすくめられる。


「お姉ちゃんが作ってもちゃんと食べてくれそうでいいですね!」

「ちょっと七海! 余計なこと言わないの!」


 皿を洗いながら器用に七海ちゃんに体当たりをする。

 七海ちゃんはそれをさっと避けると、ニヤニヤとしたままこちらを見ている。


 なるほど。七海ちゃん的にも麗をからかいたいらしい。

 それなら……。


「麗の料理はうまいからなんでも食べるぞ」

「ちょっと! あんたまで……!」

「本当のことじゃんか。な? 琴羽」

「ららちゃんのご飯はおいしいぞ~」

「ことちゃんまで!」


 皿を洗う手は止めぬまま、頬を真っ赤に染めて俯く麗。

 顔を隠そうにも、両手は皿洗いで塞がっているため隠せない。

 なんとか隠そうとしている姿がなんとも愛おしい。


 七海ちゃんも満足したようで、ニコニコしながらうんうんと頷いていた。


「ラブラブなんですね、お兄ちゃんと麗さんって……」

「アタシたちは暖かく見守ろうねみゆっち!」

「そ、そうですね……!」


 見ていたみゆも照れてしまったようで、ささっと皿を片づけに戸棚の方へ行った。


 ふと琴羽たちの方を見ると、楓ちゃんは黙々と宿題をしていて、琴羽とは目が合った。

 その表情はなんだか羨ましいというような表情で……。


 しかしその後すぐ、なぜか気合を入れたようで俺に親指を立ててきた。

 グッだそう。

 意味が分からない俺は疑問を返すしかなかった。


 それに対して琴羽は今はまだいいと頷いてくる。

 たぶん、この前の話と関係があるのだろう。

 何なのかはわからないが、この感じはどこかで……。


「何やってんの康太」

「いや、なんでもない」


 思い出せずにもやもやするが、思い出せないものは仕方がない。

 一旦諦めることにしよう。


「ところでこれから何する? 誰かなんかしたいこととかある?」

「楓はみなさんと遊びたいです」

「みんなでできる遊びか……」


 家になんかそういうのあったっけ……。


「人生ゲーム持ってこようか?」

「あ、そういえばあるんだっけ」


 昔、俺と心優と琴羽の三人で遊んだことがあった気がする。

 ちょっと古めの人生ゲームだが、最新のものとあまり大差ないだろうし、いいかもしれない。


「じゃあ琴羽頼む」

「わかった」

「康太お兄さま、答え合わせお願いします」

「はいよ」


 琴羽と入れ替わりで楓ちゃんの近くに座る。

 すると楓ちゃんは立ち上がって、俺の膝に腰を下ろした。


 琴羽の時は隣に座ってたのに、俺の時は違うんだな……。


「はふ……」


 別にいいんだけどね。


 俺は、楓ちゃんの頭を軽く撫でて、答え合わせを始める。


「うん。全問正解だ」

「やりました」


 くるりと顔だけこちらに向けつつ、嬉しそうにする楓ちゃんに、思わず笑顔になって撫でてしまう。


「よくできました。これで思う存分遊べるな」

「はい」


 ドヤ顔で胸を張る楓ちゃん。

 その仕草はどこか麗に似ている。


「人生ゲームってどんなやつ? 種類結構あるわよね」

「なんだろ。割と普通のやつだった気がするけど」


 皿洗いを終えた麗と七海ちゃんとみゆがリビングの方にやってきた。

 麗の言うように、人生ゲームと言っても、いろいろな種類がある。


 海外旅行だとか、ファンタジーチックなのもあるんだっけ?

 あんまりわからない。


「たっだいま~。持ってきたよ~」

「おう。ありがとう」


 琴羽の持ってきたものはたしかに見覚えのあるものだった。


 箱のデザインを眺めていると、遊んだ記憶も次々と思い浮かんで……。

 と思ったけど、そんなことはなかった。

 見覚えがあるだけだ。


「まったく憶えてないな」

「いやぁ……私も内容自体は憶えてなかったよ~」

「どれくらい前に遊んだのよ……」


 どうやら琴羽も憶えていないらしい。

 なら、みんなで遊ぶにはちょうどいいな。


 みんな初めてやるみたいなもんだし。


「さっそくやりましょう!」

「お手伝いします」


 七海ちゃんと楓ちゃんが進んで準備を手伝っている。

 俺は一旦キッチンに向かい、ジュースやお菓子を準備する。

 気づいた麗がさりげなく手伝ってくれた。


「でかっ!」「おっきくない!?」


 戻ってくると、リビングいっぱいに人生ゲームが展開されていた。

 テーブルなんかは隅にどかされている。


「いやぁこんなのもあるんだね……」


 持ってきた琴羽本人が驚いている。

 内容はまったく憶えていなかったが、見覚えはあったし、遊んだということ自体は憶えている……。

 つもりだったんだけど……本当にこれで遊んだのか怪しい。


 そんな中、楓ちゃんは目をキラキラさせながら広げられたボードを見ていた。


「ボリュームいっぱいで楽しそうです……!」

「ま、時間はいっぱいあるしとりあえずやってみるか」


 楓ちゃんが楽しそうだし、それでいい。

 とりあえずやってみないことには変わらないな。


 ……せっかく広げたし。


「じゃあ銀行管理やるわね」

「わたし手伝いますっ」


 麗とみゆがプレイヤー兼銀行係になってくれるとのことなので、そっちを二人が準備している間に自分のコマやルーレットなどを準備する。


 並び順は俺の右に麗、その隣にみゆ、七海ちゃん、楓ちゃん、琴羽ということになった。


「じゃあ持ってきた私から動かしてみるね」


 左隣にいる琴羽にルーレットを渡す。

 えいという掛け声と共にルーレットを回すと、出た数字は六だった。


「六……えっと……」

「止まった人は、【道で転んだ。ルーレットで出た目×100円失う】……」

「なんかしょぼいね……」

「まぁ子ども時代だからな……」


 ガチガチの人生ゲームなのだろうか……。

 この場合、側溝に落としちゃったとかそんな感じか?


 なんにしても細かい……。


「じゃあ次は俺回すぞ」


 出た目は……二だな。


「二は……」

「【近所のおばあちゃんに出会い、お小遣いをもらえた。500円ゲット】だそうよ」

「ま、子ども時代だもんな……」

「さっきも同じこと言ってなかったかしら?」

「気にしない気にしない。ほら、次麗だぞ」

「わかってるわよ」


 出た目は九。


「九……一、二、三……」

「【駄菓子屋で駄菓子をたくさん買ってしまう。ルーレットで出た目×20円失う】、ですね」

「ま、まぁ子ども時代だものね……」

「麗さん、お兄ちゃんと同じこと言ってます……」


 どれもこれも反応に困る内容だ。

 これを子どもの時に本当にやっていたのかは、もうまったくわからなくなった。


「次はわたしですねっ。五です」

「五はね……。【友達と遊んだ。楽しい。何も起こらない】だってみゆっち……」

「そ、それだけ……」

「で、でも楽しかったみたいだよ!?」


 何も起こらないマスも存在しているようだ。

 しかし内容がどうもなぁ……。


 このでかい人生ゲームのマスほとんどがこんなだったら微妙すぎる……。


「と、とりあえずアタシね! そい! 一だ……!」

「【玄関で転んだ。痛い。怪我をしてしまったので、次のターンはルーレットで出た目-2される】だそうです」

「アタシだけなんかひどい!!」

「七海お姉さまらしいですが……。次は楓の番です」


 目をキラキラさせたままルーレットを力強く回す。

 なんだかんだ楓ちゃんは楽しんでいるようなので、それはよかったと思う。


 さて、出た数字は……。


「十が出ました!」


 最高数字の十が出たようだ。

 十個進んだ先にももちろん内容の書かれたマスが待っている。

 その内容は……。


「【まさかの宝くじが大当たり。100000000円ゲット】だっ……一億!?」

「やりました!」


 読み上げた琴羽自身が驚き、俺たちもまさかの金額に呆然とする。

 そんな大金を序盤でゲットってこの人生ゲームどうなってるんだ……。


 すぐに我に返ったみゆが一億円分を楓ちゃんに渡している。

 受け取った楓ちゃんはほくほくしており、満足そうだ。


「ま、まぁ子ども時代だもんな?」

「そ、そうよね」

「康ちゃんららちゃん? それはもう関係ないと思うよ?」


 こんな出だしだったこのゲームは終始この調子で進み、ついに終盤を迎えた。


「ピカソの絵を買う……」

「絶対偽物じゃない……ふふふ」


 約三十万円が一瞬にして……。

 ギリギリ耐えることができた。

 危ない危ない。


「ほら、麗の番だぞ」

「はいはい〜。四……ピカソ……」

「麗もっ。絶対偽物……ふっ……」

「笑うんじゃないわよ……」


 こんなの笑うなという方が無理だと思う。


「あ、わたしもピカソの絵買っちゃいました!」

「ピカソ……くっ……」

「ふふ……」


 みんな徐々に笑いがこみ上げてくる。


「あ、アタシもなんだけど!」


 みんな吸い寄せられるようにピカソの絵を購入していく。

 何なんだこのピカソの連鎖は。


「お、ゴールしました!」


 そんな中、楓ちゃんは真っ先にゴールしてしまった。

 とんでもない大金を得たまま……。


「あ、ピカソ!」

「琴羽もか……」


 当然俺たちが敵うはずもなく、琴羽に関してはピカソの絵を買う時点で破産した。

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