第10話 「わかりました!」 喜んで手伝ってくれた。

康太こうた行くわよー?」

「ちょっと待って」

「何やってるのよ」


 帰りの支度を終えた後、うららはすぐに俺の席にやってきた。

 俺は書き上げたメモを持って鞄を担ぐ。


「買い物のメモ書いてたんだ」

「ここで?」

「書き忘れてたんだよ……」


 いろいろと忙しいせいで買い物になかなか行けなかったから、どうせ冷蔵庫は空っぽだ。

 たとえ被ったとしても、醤油とか長持ちするものばかりだろうから大丈夫だ。


「あ、そうだ。今日の夕飯どうするよ」

「そうね……」

「時期的にちょっと早いけど、鍋なんてどう?」

「お、琴羽ことはの案いただき」


 俺たちがなかなか来なかったからか、教室の扉辺りで待っていた琴羽もこちらにやってきた。

 琴羽も泊まっていくそうなので、夕飯はみんなで作れそうだ。


 だとすると、多少難しいのとかにもチャレンジできそうだが、麗の妹たちもいる。

 人数が人数なので、あまり時間を掛けずにおいしくて量のあるものが作りたい。

 そこで鍋というのはぴったりかもしれない。


「ことちゃん、お鍋の素ってまだ安い?」

「どうだろ~?」


 まだ暦的には冬じゃないからなぁ。

 と言ってももうそこそこ寒いし、あと一週間もすれば十二月だ。


「ま、そこまで大差はないだろうからいいだろ」

「そういう油断が積もると山になるのよ?」

「それは困るな……」

「そうならないように家からもいろいろ持ってくわ」

「お、それはありがたい」


 麗のお言葉に甘えるとしよう。


「私は一緒に買い物付き合うよ」

「頼むわ」

「あたしは一旦帰るわね。準備もあるし、妹二人だけだと来れないし」

「おっけーわかった」


 そんなこんなで、駅までは三人一緒に行動する。

 俺と琴羽は、咲奈さきな駅で電車を降り、麗はそのまま踊姫おどりひめ駅に向かう。


「じゃ、またあとで」

「うん」

「またねららちゃん」

「ことちゃんまた後でね」


 麗と別れた俺たちは、近くのスーパーに買い出しだ。

 琴羽が付いてきてくれたので、俺一人で行くよりは多く買える。

 と言っても、麗も何か持ってきてくれるらしいので、ほどほどかな。


「何買う?」

「麗が食材持ってきてくれるって言ってたし、まずは鍋の素から見ようか」

「そうだね」


 鍋のコーナーまで移動する。

 コーナーがあるということは御察しの通りである。


「もうできてるなぁ……」

「そうだね~……」


 安く買うということはできなそうだ。


 でもその代わり、種類が多くあるので選択肢の幅が広がった。


「そういえばどんなのにするのか決めてなかったな」

「ららちゃんに聞いてみるね~」

「頼む」


 豆乳鍋にキムチ鍋、カレー鍋や味噌鍋なんてものもある。

 こうして見ると、どれもなんか捨てがたくなってくる。


 俺はキムチ鍋が好きでよく食べるが、ほかのみんなは大丈夫だろうか。

 琴羽は一緒に食べてきたから大丈夫だな。

 麗は辛いの大丈夫かな?

 いや、それ以前に今日はかえでちゃんも来るからこれはなしか?


 女の子ばかりだから決められないな……。

 女の子はどんな鍋が好きなんだ……?

 豆乳……か?


「ららちゃんから返信きたよ」

「どうだった?」

「えっと……楓ちゃん? が、辛いのが苦手だって」

「なるほど」


 じゃあキムチ鍋は却下かな。


「どれにしましょう琴羽さん……」

「そうだなぁ……」


 琴羽がむむっと真剣な表情で悩み始める。

 いろいろなことを考慮してきっと考えてくれるだろう。


「ここ、任せていいか?」

「あ、うんわかった。野菜のとこ?」

「おう」


 どこにいるかを伝えた俺は、一人で野菜の売り場にやってきた。

 麗が何を持ってくるのかはわからないが、ある程度は揃えておくべきだ。


 肉類ももちろん大事だが、そればかりだと栄養が偏るからダメだ。

 それにきっと、女の子的には微妙なんじゃないだろうか。

 ま、構わずに多く買うんだけどね。


「さてっと……」


 白菜とにんじんと……あれ、麗からメッセージ……。


『白菜と長ねぎいっぱいあるから持ってくわね』


 お、白菜持ってきてくれるのか。

 了解とメッセージを送って白菜を元の場所に戻す。


 えのき茸と椎茸……木綿豆腐と……。


「康ちゃん」

「お、琴羽。何にした?」

「豆乳鍋で~」


 ふふっと笑顔で豆乳鍋の素を俺の持つカゴに入れる。


「了解~。じゃあ水菜も買おう」


 俺は最後に水菜を入れて、場所を移動する。

 今度は肉を選ぶためだ。


「大勢いるから、肉もいっぱい買うからな」

「別に文句言わないよ?」

「よし」


 笑いながらそう言うので、遠慮なくカゴに入れていく。

 最近いろいろあったから、たくさん肉が食べたい気分だ。


「それは入れすぎじゃ……?」

「食べます」

「でも……」

「食べます!」

「わ、わかりました」


 止めようとする琴羽を説得(?)してレジに向かう。


 結構な値段になったがまぁいいだろう。

 贅沢だって必要だ。


「たくさん買ったね~」

「ま、こんなもんだろ」


 千垣ちがきがいたら足りなかったんだろうと考えたら、やはり今日の泊まりには呼ばなくて正解だったと思う。

 ああ……恐ろしい……。


「康ちゃん? 震えてどうしたの?」

「ちょっとトラウマが……」

「トラウマ……?」


 琴羽に言ってもわかるまい。

 財布を一瞬にして軽くさせるあの悪魔を……。


 あいつ、実はどこかで悪魔とか呼ばれてるんじゃないか?

 割と毒舌だし。


「なんかすっごく楽しみだな~」

「泊りがか?」

「うんっ。今日はららちゃんの妹ちゃんたちにも会えるし~」

「千垣の時みたいに襲い掛かるなよ?」

「襲い掛かるなんて人聞きの悪い……」


 事実やがな。


「なになにその目は~!」

「だってなぁ……」

「むっ。康ちゃん失礼だぞっ」

「じゃあ襲い掛からなかったらこの肉をやろう」

「お、言ったな~? 絶対何もしないも~ん!」


 そう言いながら自信ありげに胸を張る。

 自分でフラグを建てていくスタイルらしいので、温かく見守ろうと思う。


 そうこうしているうちに家に辿り着いた。

 荷物で両手がふさがっている俺の代わりに琴羽が扉を開けてくれた。


「ただいま」「おじゃましま~す!」

「おかえりなさい! お兄ちゃん、琴羽さん!」


 すると、相当暇だったのかすぐにみゆが出迎えてくれる。

 その笑顔を見てとりあえず俺は安心した。


「わ、すごい荷物ですねぇ」

藍那あいな三姉妹も泊まりに来るから今日は贅沢に豆乳鍋だ」

「嬉しいです!」


 みゆはそう言ってぐっと拳を胸の前に作る。


 やる気に満ち満ちているその表情は、手伝いますと物語っている。


「とりあえずこれ、運ぶの手伝ってくれるか?」

「わかりました!」


 軽い方の荷物をみゆに渡すと、喜んで受け取ってくれる。

 そのままキッチンの方にステップ気味に歩いて行った。


 俺たちも靴を脱いで家に上がる。

 キッチンに一旦荷物を置いて、手洗いうがいだ。


 琴羽は一回家に戻り、泊まりの準備をしてくると言って帰って行った。

 なので、みゆと一緒にとりあえず鍋の準備をしようと思う。


「じゃあみゆはにんじんの皮を剥いてくれ」

「わかりました」


 みゆはテキパキとピーラーを取り出して皮を剥いていく。

 あれ? ピーラーの場所って教えたっけ……?


「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもない」


 もしかしたら暇だったから家の中を探検したのかもしれない。

 そう思い直し、俺は自分の仕事をこなすことに専念する。

 土鍋に昆布と水を入れて放置だ。こうすると、昆布だしが取れやすくなる。


 その後、みゆと協力して一通り材料を切り終えた頃、琴羽が戻ってきた。


「おじゃましま~す」

「ほいほい。荷物はいつもの部屋にでも置いといてな」

「はいは~い」


 琴羽は慣れたように家を進んで行った。


「さてと」


 白菜と長ねぎは麗が持ってこないことには何もできないし、いつ来るかもわからないから一旦待機するかぁ……。


「麗が来るまで待機だな」

「はいっ」


 仕方がないのでリビングに行ってテレビをつける。

 荷物を置いてきた琴羽もちょうど戻ってきた。


「この時間はまだニュースばっかりだな」


 どんなことが起こってるのかとニュースをぼんやり眺めていると、チャイムが鳴らされた。


「来たかな」

「みんなで行こうよ~」

「そうだな。みゆ、行けるか?」

「い、行きますっ」


 三人でぞろぞろと出迎えに行く。


「こんばんは」「こんばんは!」「こんばんは、です」


 三人バラバラの言葉で挨拶をする藍那三姉妹。

 麗は軽く手を振りながら。

 七海ななみちゃんは元気よく。

 かえでちゃんは丁寧にお辞儀をしつつ、といった感じだ。

 三人それぞれの性格がよく現れている。


「いらっしゃい麗、七海ちゃん、楓ちゃん」

「荷物、前のとこでいい?」

「うん。大丈夫」

「わかったわ」


 俺と麗はいつも通りに会話をする。

 七海ちゃんと楓ちゃんは、琴羽と、その後ろに隠れるみゆが気になっているようだ。


「初めまして七海ちゃん、楓ちゃん。藤島ふじしま琴羽です」

「初めまして! 藍那七海です!」

「初めまして琴羽お姉さま。藍那楓です」

「か、かわいい……」


 琴羽はすでに怪しい気配を醸し出している。

 しかし、やはり気になるのはみゆだ。


 七海ちゃんと楓ちゃんは、麗からある程度事情を聞いているはずだ。

 しかしそうは言っても、記憶を失くしてしまった人と話すとなるとそううまくはいかない。

 わかっているからこそ、できないこともある。


「ほら、みっちゃん」

「はい……」


 琴羽がみゆの肩をポンと叩く。

 みゆが一歩踏み出した時だった。


「そんな暗い顔しないでよ、みゆっち!」

「っ!」

「みゆっちが元気そうでよかったよ!」


 そう言って七海ちゃんはみゆのことをぎゅっと抱きしめる。


「楓もそう思います」


 楓ちゃんも続くようにぎゅっと抱き着く。


「七海……ちゃん……楓……ちゃん……。うっ……!」

「みゆっち!?」

「みゆ、大丈夫か!?」


 突然みゆが頭を押さえて座り込んでしまう。

 また、これか。


 昔のことを何か思い出したんだ。

 七海ちゃん、楓ちゃんと会った時のことや会話などを……!


「だ、大丈夫です……」


 今回は収まったようで、みゆは少し苦しそうにしながらも小さく微笑んだ。


「つらくなったらすぐ言えよ?」

「はい……」


 とりあえず大丈夫そうでよかった。

 今日と明日は、特に注意しておかなきゃいけないな。


 そう思っていると、みゆはハッとしたようにしてゆっくり立ち上がった。


「ご心配ありがとうございます。気を取り直して、今日は豆乳鍋だそうですよ!」

「あ、そうそう。これ、白菜と長ねぎ」

「おう、ありがとう」

「豆乳鍋楽しみだねみゆっち!」

「はい!」


 俺は麗から袋をもらってキッチンに持っていく。


 いい加減玄関にいてもしょうがないので、みんなそれぞれ移動する。

 麗たちはとりあえず泊まりの荷物を部屋に持って行ってもらって、俺とみゆはキッチンに立つ。


「あ、そうだ。琴羽、鍋に火つけてくれ」

「あいよ~!」


 琴羽が火をつけたのを確認してから今度はみゆに声を掛ける。


「みゆ、長ねぎ切ってくれるか?」

「わかりました」


 みゆが長ねぎを切る隣で白菜を切っていく。

 材料をすべて切り終えた頃、土鍋の水が沸騰した。


 中に入ったままの昆布を取り出し、調味料を入れていく。


「なぁ、ごま豆乳鍋にしてもいいか?」

「いいと思いますよ」

「いいよ~」


 みゆと琴羽はおっけーと。


「あ、麗」


 先に道具を置いたりしてちょうど戻ってきた麗に聞く。


「なに?」

「ごま豆乳鍋にしていい?」

「いいわよ。七海と楓も大丈夫よ」

「ありがと」


 じゃあすりごまも入れよう。


「おっ! もうすでにちょっぴいい匂いがする!」

「なんだかわくわくします」


 七海ちゃんも楓ちゃんも戻ってきた。


 キッチンにいた琴羽は七海ちゃんと楓ちゃんのところに行く。

 それと代わるように麗がこちらにやってきた。


「手伝う?」

「これから煮込んでくだけだから大丈夫」

「わかったわ」


 いつもより何倍も賑やかな夕食作りから始まった。

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