第9話 「はいっ」 嬉しそうに微笑んだ。
次の日。
みゆの退院だが、学校を休まないで欲しいというみゆの要望で、放課後に迎えに行くことになった。
俺は、一人寂しく病院に向かう。
病室の扉を開くと、準備ばっちりなみゆが待っていた。
「お兄ちゃん一人ですか?」
「ああ。
「琴羽さんですかっ」
みゆが嬉しそうに微笑む。
記憶が失くなっても、俺や
「それじゃ、行こう」
「はいっ」
前と同じように駅まで歩き、電車に揺られて
そこからまた歩いて自分の家だ。
玄関に鍵は掛かっておらず、扉を開けるといい匂いが迎え入れてくれた。
「ただいま」
「ただいまです」
「おかえり~」
音で気づいたようで、琴羽が俺たちを迎えてくれた。
「ありがとな琴羽」
「いいってことよ。みっちゃん荷物持つよ~」
「あ、ありがとうございますっ」
麗のようなドヤ顔を見せた琴羽は、みゆから荷物を受け取り、家に入っていく。
「お兄ちゃんの荷物半分持ちます」
「お、ありがとう」
二人で家に入ると、いい香りが強く感じれるようになった。
みゆを迎えに行くので、琴羽が家で料理を作ってくれていたのだ。
麗も申し出てくれたが、
今度七海ちゃんと
「まだできないけどどうする? 先お風呂入る?」
「いや、手伝うよ」
「そんな、いいよ~!」
「わたしも手伝いますっ」
「えっと、じゃあ……お願いしようかな~」
そうしてみんなでごはんを作る。
完成したメニューは生姜焼きやサラダやみそ汁だ。
三人で食卓を囲んで一斉に食べる。
「「「いただきます」」」
食欲をそそる香りを放っていた生姜焼きは、やはりとてもおいしかった。
でも、家のとちょっと違うかもしれない。
「なんか加えた?」
「え? 特には……」
「そうか……?」
気のせいだったのか?
よくわからないが、おいしいのに変わりはない。
ごはんを食べ終えた後は、交代で風呂に入り、リビングで寛ぐ。
ちなみに琴羽とみゆは一緒に入っていた。
「ホラー映画借りたけど見る?」
「またホラーかよ」
「え~だって面白いじゃん!」
呆れつつも、再び返ってきた日常になんだかほっとする。
「今日は違うのにしようって、違うのに」
「え~せっかく借りたのに~!」
「てかこれこの前見たやつじゃんか」
「あ、バレたか~」
もう一回見たかったという琴羽。
こんなことは珍しいので何か相当気に入るものがあったらしい。
俺にはまったくわからないが。
「みゆだって違うのがいいよな?」
「わたしはこれ、見たことないですね」
「え、あ……」
そうか、これを一緒に見たのは俺と琴羽と心優だ。
琴羽が俺と麗のことを避けていた後、仲直り的な意味で来た時に見たやつだ。
「じゃあ、みんなで見ようか」
「はいっ」
「よし、じゃあ入れちゃうぞ~」
みゆは、あの時と同じような反応で、この映画を見ていた。
※※※
十一月二十六日。金曜日。
まだ秋らしい空気のあるこの頃。
平日ではあるが、みゆはまだ学校を休んでいるので、みゆは一人で留守番だ。
パートが休みだという琴羽のお母さんが様子を見たりしてくれるそうで、俺は琴羽と一緒に咲奈駅に向かっていた。
「琴羽、昨日はわざわざあの映画借りてくれてありがとうな」
「いやいや、実際見たかったのもあるんだよ」
「どっか気に入ったのか?」
「う~ん……。自分でもよくわからないけど、もう一回見たくなって……」
実は本当はホラー映画が好きだったというオチなのだろうか。
俺たちはそのまま歩いて咲奈駅に辿り着く。
すでに電車は来ていて、定期を使ってホームに入り、すぐに電車に乗り込む。
入った車両をキョロキョロと見回すと、四人席のところに麗がいるのが見えた。
俺と琴羽はそこに向かう。
「おはよう麗」
「ららちゃんおはよ~」
「あ、
琴羽が麗の正面、俺は麗の隣に座る。
「昨日何した?」
「ちょっと前に一回見たホラー映画を琴羽が借りてきたんだよ」
「同じの見たの?」
「うん。でも、みっちゃんは見たことなかったから」
麗は納得したように頷いた。
その真剣な表情は、本気で心配して気にかけてくれていることが伝わってきて嬉しい。
「ねぇ康太」
「はい?」
「今日
「あ、マジだったの?」
冗談半分だったとは思っていたが、まさか本当に実行しようとするとは思わなかった。
「ダメ?」
「ダメってことはないけど……」
「そういえば、みっちゃん
「あ、じゃあ
「あれ?
なんで麗と琴羽が誰を呼ぼうって話しで盛り上がってるのかな?
あれ? 聞こえてないのかな?
「みんなお泊りできたらいいね~」
「そうだね~!」
あれれ~女の子だらけのお泊り会が開催されちゃうのかな~。
え、
というか……。
「みゆの負担も考えてな?」
「そうだ……ごめん……」
「ごめんね
途端に二人はしゅんとしてしまう。
う~ん……これはこれで嫌だな……。
「ま、姫川さんと
「そうだねっ! じゃあ昼休みは紗夜ちゃんのとこ行こ~っと」
「あたしは奏に聞いてみるわね」
「俺はみゆに連絡しとこうかな」
さっそく俺はみゆにメッセージを入れる。
『今日麗とその妹たちが泊まりたいって言ってるんだけどいいか? 琴羽も一緒だけど』
『妹さんいたんですね。全然大丈夫ですよ』
心優が気に入っていたスタンプと共に返信が返ってくる。
「みゆはいいって」
「七海と楓も喜んでたわ」
「いや、そっちも聞いてなかったんかい!」
俺はてっきり七海ちゃんと楓ちゃんには話してあるのかと思っていた。
麗はたまに思い付きで走り抜ける時があるようだ。
少し気をつけよう……。
※※※
「明日? わたしはいいけど……。
「おう。あ~あでも俺も行きたかったな~」
「悪いな祐介。そこは勘弁してくれ」
「わかってるって」
教室に着いてから、すでに祐介と話していた姫川さんをさっそく誘ってみる。
ちゃんと彼の許可を取る姫川さんと、いろいろ察してくれている祐介。
俺は恵まれているなとまた思い知らされた。
「次は俺も呼んでくれよな?」
「もちろん。約束する」
何気に祐介と遊びに行ったこともなかったしな。
ちょっと楽しみが増えた。
「後は紗夜ちゃんね」
「紗夜ちゃん?」
麗の言葉に姫川さんが反応する。
あ、そういえば姫川さんは話したことなかったんだっけ。
「四組で、銀髪の……」
「あ、おっきな鞄の子?」
「そうそう」
説明すると、すぐに思い浮かんだようで、まさにその人物が挙げられる。
姫川さんは五組で、クラスは違うはずだが、やはり千垣も千垣で目立つ存在なんだよな。
ハーフっていうこともそうだが、軽音部でもないのにギター持ってるところが大きいと俺は思う。
本人は「ハーフが物珍しいからだよ……」みたいなことを言っていたが……。
「紗夜ちゃんね、かわいいんだよ~」
「ことちゃんはほどほどにしないと嫌われちゃうわよ?」
「それはやだ!」
千垣のことだから本当に嫌いなら嫌いとはっきり言うと思うけどな。
「あ、ごめんね姫川さん、話が逸れちゃって」
「ううん全然だよ
「俺から連絡するよ」
「わかった」
そういうことで、姫川さんが明日来ることになったので、昼休みまで待ってから千垣のところに行くことにした。
※※※
昼休み。
手土産の弁当がないという状況で千垣のところに行くのは、呼び出されたあの時以来二度目だ。
こっちから行く時にないのは初である。
がっかりしてしまうだろうか。
と、そんなことを考えながら麗と琴羽と一緒に歩く。
しかし、違和感はすぐにやってきた。
「あれ? ギターの音聞こえなくない?」
最初にそう言ったのは琴羽だった。
「たしかに……」
「本当ね……」
言われた通り、ギターの音が聞こえない。
立ち止まってよく耳を澄ませるとわかった。
この辺まで歩いてきたらもう聞こえてきていてもおかしくないはずだ。
「もしかしていないのかな……?」
「そんなはずはないと思うけど……」
琴羽がそんなことを言うが、今朝みんなで千垣を見たはずだ。
登校中にちらっとあの銀髪を。
「あ、聞こえてきた」
少し心配になっていると、ちゃんとギターの音が聞こえてきた。
休んでただけだったみたいだ。
邪魔しちゃうのは悪いかもと今更ながらに思いながら、俺は扉を開ける。
ここまで来れば千垣の奏でるギターの音だけでなく、歌声も聞こえていた。珍しいな。
「っ……。びっくりした……」
「ご、ごめん」
これまた珍しくびくっと大きく肩を揺らす千垣。
連絡もなしに扉を開けて訪れるのはいつものことだったが、驚かれたのは初めてだ。
思わず反射的に謝っていた。
「大丈夫なの……?」
「そのことなんだが……」
俺は端的にみゆのことを話した。
そして、会ってみて欲しいと。
「わたしは構わないけど……。大丈夫なの……?」
「みゆが会いたいって言うんだから、叶えてあげたいんだ」
「それならいいけど……」
千垣も真剣に心配してくれているんだ。
でも、みゆがそうしたいと言うんだから、そうしてあげるのが一番なんじゃないかと俺は思う。
「大丈夫ついでに
「え? 何が?」
「だっていろいろ話さなきゃになるんじゃない……? 私、あの時以外に、心優ちゃんと会ってないよ……?」
「あっ」
あの話をなしに、千垣と心優が一緒にどんなことをしたかと話すのは難しい。
それは未だに、琴羽すら全ては知らない出来事だ。
「いいわよ。今は康太がいるし」
「麗……」
「まさかここで惚気られるとはね……。二人とも成長したね……」
「なぜ親目線……」
ちゃんと麗は話すことにしたらしい。
そうすることで、麗の中からあの一件のことが綺麗に無くなってくれると嬉しい。
もちろん、麗の彼氏として。
しかし、まだ知らない人がいるのに目の前でこんな話をされて黙っているわけがない。
しかも、それが琴羽だったら猶更。
「何の話!? 今すぐ聞かせてよ!」
「今ことちゃんだけに話しても仕方ないでしょ!?」
「え~! いいじゃんいいじゃん! 私とららちゃんの仲じゃん!」
「そう言う問題じゃなくて……!」
途端に空き教室は騒がしくなる。
この騒がしさは千垣の演奏の美しさや、歌声の透き通った綺麗さとは程遠い。
それでも、俺は悪い気は全然しなかった。
それは千垣も同じようで。
「相変わらず騒がしいね……」
苦笑しながらそう呟くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます