第7話 「さっすが祝日だね!」 のんびりと過ごしていた。
十一月二十三日。
勤労感謝の日で祝日のこの日。
目が覚めた俺は、部屋を出て洗面台に向かった。
冷水で顔を洗うと一気に目が覚める。
みゆたちはまで寝ているようだ。
「う~ん……」
俺は大きく伸びをして、キッチンに向かう。
「あ、何も考えてなかったな……」
朝ごはんのことがすっかり抜け落ちていたので、特に作れるものもない。
いつも通りのでいいかと思った俺は、トーストとインスタントのコーンスープ、後は適当にサラダでも作ろうと思って冷蔵庫を開く。
レタスとトマトがあったのでそれでいいかと取り出した。
レタスを適当に千切り、トマトも一口で食べれる大きさに切り分ける。
ついでにやかんをセットして、トーストも準備しておく。
「ベーコンくらい焼くか」
さっきチラッと冷蔵庫にあったのが見えたので、ベーコンだけでも焼くことにする。
たまごも人数分あったので、目玉焼きも作ることにした。
どんどん作るものが増えているが、まだみんな起きてこなそうだからいいかとフライパンを用意する。
油をしき始めたところで、誰かがリビングに入ってきた。
「
「お、おう……」
昨日は映画を見た後にそれぞれ風呂に入って、後は各自バラバラに過ごしていた。
麗と琴羽と心優は一緒だっただろうが、俺は一緒に過ごしていたわけではなかったので気が付かなかった。
今回、
よってパジャマも自前の物になることを。
麗のパジャマは薄い緑色の生地に、濃い緑、黄色、白の水玉模様が浮かんでいるもので上下を揃えていた。
長袖で肌の露出があるわけではないが、少しボサっとした髪と一緒に見ると、なんだか変な気持ちになる。
同棲しているように感じるというか……なんというか……。
「どうかした?」
「いや、なんでもない……。おはよう麗」
「うん、おはよ」
麗はかわいらしく小さな欠伸を漏らしながら、キッチンの方にやってくる。
「手伝う?」
「いや、すぐできるし大したもんじゃないから大丈夫」
「ん」
麗は頷くが、特に動く気配はない。
ニコニコしながら俺のことを見つめている。
温まったフライパンにベーコンを入れるが、見られすぎていて微妙にやりづらい。
「なんで見てるの?」
「康太、大丈夫かなって」
「いや、弁当食べてるだろ」
「そうじゃなくて、みゆちゃんのこと」
真剣な眼差しを向けてくる麗は、綺麗な瞳でじーっと見つめてくる。
「昨日のあの仕草、
「よく見てるな」
右利き左利きの話の時も思ったが、癖まで見て憶えているとは。
「家に着いた時にも何度か頭痛がするって言ってたんだ。たぶん、いくらか記憶が戻りそうになっているのかもしれない」
家を見たから。両親のことを聞いたから。俺の作る料理を食べたから。
理由はいくつかあるが、それぞれ記憶を失う前に馴染みあるものだ。
それらに触れて、昔の記憶を思い出そうとすると言われていた。
なら、その仕草が出たのは記憶が戻る前触れなのかもしれない。
「それに、いくら記憶が失くてもみゆは心優だって思えるくらいだよ」
そのままであるとはたしかに言えない。
言えないが、ちゃんと心優なんだ。
利き手が変わっていても、ほかに何が変わっていても、みゆは心優だった。
「よかった」
麗はあまり見せたことのないあの綺麗な笑顔を俺に見せた。
この笑顔には俺はどうあがいても勝つことはできない。
俺は、誤魔化すように視線をフライパンに戻してからぼそっと答えた。
「だいだい、この間大丈夫って言ってじゃんか……」
「そうだったわね」
麗はくすっと笑ってそのまま俺が料理するのを見届けていた。
しばらくするとみゆと
※※※
朝食を取ってから、朝の準備を済ませ、しばらくテレビを見たりしてみんなで過ごす。
「さっすが祝日だね! 平日の番組をのんびり見れる~」
「そうですねっ」
琴羽はみゆと一緒にのんびりといつもは見れない番組を見ていた。
心優はテレビ番組、主にバラエティー番組が好きだったが、それはみゆも一緒らしい。
一方麗は部屋の壁にもたれて静かに読書をしている。
そして俺は、そんなみんなを眺めつつ何をしようか考えていた。
みゆと外に出かけるのをどこか躊躇っている自分がいる。
家にいた方がいいのではないかという気持ちと、外に出ることでまた何か思い出すのではないかという気持ちが交錯する。
「康太」
麗の声に視線を向けると、本から顔を上げた麗が手招きしていた。
俺は招かれるまま麗の下に近づく。
麗は隣に座るように手で促すと、自分が飲んでいたオレンジジュースを俺に差し出してきた。
「あんまり考えすぎてると疲れるわよ」
「ありがとう」
コップに口を付けてゆっくりとオレンジジュースをいただく。
どこか甘く感じたオレンジジュースは、俺の頭をリセットしてくれた。
「ていうか、このオレンジジュースうちにあったか?」
「あたしが買ってきたのよ。おいしいでしょ」
「すごくうまい」
「今度買ってきたげるわ」
そう言って微笑む麗を見ていると、とても癒された。
考えすぎてちゃダメだな。
「……ん?」
その時、インターホンが鳴った。
誰かが来るということは俺は聞いていない。
麗と琴羽を見ても首を振って不思議そうにしているだけだ。
「誰だろ?」
俺は返事をしながら玄関に向かう。
鍵を開けて、扉を開くとそこにはちょこんと小さな少女がいた。
「おはようございますです」
「
そこにいたのは心優の友達の真莉愛ちゃんだった。
「みぃちゃんと遊ぶ約束をしていたのですが、メッセージを送っても返事がなかったのです。大丈夫ですか?」
「ああなるほど……」
そういえば心優のスマホにはノータッチだったことを思い出す。
通知が来ているとかも気にしたこともなかった。
そもそも勝手に見るわけにもいかなかったし……。
俺は心配そうにこちらを見ている真莉愛ちゃんを見る。
事情を伝えるべきか否か……。
「あら、真莉愛ちゃん」
「あ、麗お姉さんです。おはようございますです」
「おはよ」
麗はすべてを察したようで、チラッと俺のことを見てくる。
そして小さく頷いた。
俺はそれを見て、真莉愛ちゃんに再び視線を戻す。
「あのね、真莉愛ちゃん。実はね――」
「――まりぃちゃん」
ハッとして振り向くと、みゆがそこには立っていた。
今、まりぃちゃんって言ったか?
心優は真莉愛ちゃんのことをまりぃちゃんと呼んでいる。
それはその通りでまったくもって問題はないのだが、そもそも、記憶が無いみゆは真莉愛ちゃんのことを知らないはずだ。
「みぃちゃん! おはようございますです!」
「ま……うっ……」
「みゆ!」
「みぃちゃん!?」
その場に倒れてしまったみゆを抱えながら、俺は麗に救急車を呼んでもらった。
※※※
「う~ん……」
「みゆ、大丈夫か……?」
「ここは……?」
「病院だ」
運ばれてから数時間。
みゆは無事に目が覚めた。
真莉愛ちゃんには事情を簡単に説明して、琴羽と一緒に家で待っている。
心配だという真莉愛ちゃんは、みゆが無事だと知るまで帰りたくないと言っていたのだ。
麗は俺に付いてきてくれ、一緒にみゆに声を掛けてくれた。
医者曰く、記憶が戻ってきているのかもしれないが、無理やり戻そうとはしないで経過を見て欲しいとのこと。
そんなみゆは少しキョロキョロと辺りを見回すと、残念そうに呟いた。
「せっかく退院できたのに……」
この様子では、記憶は戻っていないようだ。
「大丈夫だよ。一時的に運ばれただけだから、検査も大丈夫だったし、明後日には退院だよ」
「それでも明後日じゃないですか……」
どこか不服そうにしながらみゆは頬を膨らませる。
「そうは言ってもこの病室、できるだけ確保してくれてるんだぞ……?」
「そ、そうでしたか……。それはごめんなさい」
今度は申し訳なさそうにする。
なんだか前よりもみゆの心優らしさが増した気がする。
今まで黙って見守ってくれていた麗も驚いたような表情をしていた。
「ところで……あの人は……」
「心優の友達だよ」
「わたし、まりぃちゃんって……」
「うん。
みゆにはないはずの記憶。
ちゃんとわかっていたんだな。
真莉愛ちゃんのことを呼んだ時のことを。
「なんだか怖いです……」
「大丈夫。俺はいつでも味方だし、麗や琴羽だって付いてるよ。それに、真莉愛ちゃんだって心配して今も琴羽と一緒に家で待っててくれてるんだぞ?」
「そ、そうなんですか?」
麗の方にも確認したかったのか、麗にも視線を移すみゆ。
麗はにっこりと微笑んで頷いた。
「ちょっと安心しました」
「よかった」
ほっとしたように一息ついたみゆに、俺も麗も安心した。
「俺たちは帰るけど、大丈夫か?」
「はい。……また明日も来てくれますか?」
「もちろん」
そう答えると、みゆは安心したようににこっと笑ってくれた。
「それじゃ、また明日な」
「心優ちゃん、またね」
「はい! お兄ちゃん、麗さん!」
俺は麗と一緒に病院を後にした。
駅までの道を二人でゆっくりと歩く。
その間に琴羽にもメッセージを送っておいた。
外に出てから少し通話を掛けて、真莉愛ちゃんにも伝えてあげた。
二人とも安心したようで、俺はとても嬉しくなった。
「みんな心配してくれて、すごく俺もありがたいよ」
「いきなりどうしたのよ」
「助かるなって思ってさ」
本当に、誰かが支えてくれるってこんなにも救われるものなのかと思う。
あの時支えてくれた琴羽、今支えてくれる麗やみんな。
みんなが心配して、支えて、助けてくれたからこそこうしてやっていけている。
そう強く感じる。
「もう。何度目よ」
「何度でも言わせてもらうよ。本当にありがとう」
「今度みんなで出かけるの、準備しなさいよ?」
「仰せのままに」
落ち着いたら、麗と琴羽とみゆ。
ちょっと難しいかもしれないが、実現したい。
満足そうに微笑む麗を横目に、そう思うのだった。
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