第6話 「お~……」 珍しそうに外を眺めた。
月曜日。
みゆが退院の日。
時刻は昼を過ぎていて、太陽が空に輝いている。
俺は医者に呼ばれ、これからのことについて話を聞いていた。
「前に、これから記憶が戻る可能性はあると話をしましたよね?」
「はい」
「だいたいの場合、解離は早いうちに記憶が戻ります。ですが、
そう簡単には戻らないということなのだろう。
いや、この場合は目が覚めただけでも運のいい方かもしれない。
「すでにお分かりの通り、記憶を失くす前の心優さんとは異なると思います。前にも言った通り、これを理解しないでおくとさらに心優さんにストレスや負荷が掛かってしまいます」
「はい」
つらいのはみゆなんだ。
一番大変なのはみゆなんだ。
俺がここでヘタレるわけにはいかない。
「……長々と話してますけど、大丈夫そうですね」
「そうですか?」
「ええ。あなたからは覚悟を感じられます」
医者はそう言うと優しく微笑んだ。
「仲間のおかげです」
「そうですか。良い仲間がいるのですね」
それに今はもう、みゆだって一緒だ。
「あ、最後にもう一つ」
「はい?」
「もしかしたらですが、家に帰ったりなど、過去の記憶に触れた時、みゆさんが頭痛を訴えるかもしれません」
「頭痛、ですか?」
「はい。昔のことを思い出そうとして起こるかもしれません」
「昔のことを思い出す?」
「そうです。ひどいようでしたら、救急車を呼んでください」
「わかりました」
ちゃんとみゆのことを見てないといけないな。
「あ、俺からもいいですか?」
「なんでしょう」
話を聞いている時に一度も出てこなかったこと。
今はない記憶に触れたりして、戻ったら……。
記憶が戻ったらどうなるのかについて。
「記憶が戻ったら、今の記憶はどうなるんですか?」
「……失くなってしまうかもしれません」
「……そうですか」
結局は可能性の話。
そもそも記憶が戻るかもわからないのだ。
どっちに転ぶかは、この先の運命次第というわけだ。
不安と期待を胸に、俺は笑顔のみゆを連れて病院を後にした。
※※※
「お~……」
「何を見てるんだ……?」
この辺はそこそこ都会っぽいが、そんなに目を見張るような高いビルなどがあるわけじゃない。
気になった俺は、みゆの見ている方に視線を向けてみる。
見慣れたというほどではないが、何度も見た光景がそこには広がっているだけだ。
「ずっと病室だったので、新鮮で……」
「あ~なるほど……」
たしかに、ずっと病室にいればそういう気持ちにもなるか。
記憶を失ってるのもあるが、やっぱり家に帰ると新鮮な気持ちになるんだろうか。
「まだしばらく電車に揺られるから、酔わないようにな」
「わかりました」
俺は酔いやすいが、みゆはそうでもない。
それでも、この間の麗のように、長時間そうしていれば酔ってしまうかもしれない。
しかし、そんな心配は杞憂に終わり、みゆは酔うことなく、無事に咲奈(さきな)駅に到着した。
むしろ俺の方が酔いそうだったかもしれない。
「大丈夫ですか、お兄ちゃん……?」
「大丈夫……大丈夫……」
ゆっくりと歩いて俺は自宅にみゆを案内する。
実の妹にいつも帰っていた家を案内するという行為に違和感を覚えつつ、キョロキョロと辺りを見回しながら歩くみゆを置いて行かないように注意する。
「もうそろそろ着くけど、覚悟はいいか?」
「は、はい……」
少し不安げにするみゆが落ち着くまで少し待ってから再び歩き出す。
やがて、家が見えてきた。
「ここだよ」
「ここが……わたしの住んでたお家……」
ボーっとみゆは家を見上げる。
じっと家を見つめるその姿は、どこか家を見ていないようにも見える。
「みゆ……?」
俺の声が届いていないようで、真剣な眼差しを家に向けている。
しばらくすると、頭を少し抑えて首を振った。
「みゆ、大丈夫か……?」
「大丈夫です……。少し頭痛がしただけです……」
俺はすぐにこれが医者の言っていたことかと理解した。
さすがに慣れ親しんだ我が家。
いくらなんでも記憶が呼び起こされるということなのだろうか。
「入ろうか」
「はい」
玄関の鍵を開けて、二人で中に入る。
靴を脱いで廊下を進み、リビングに顔を出す。
「そういえば、玄関を開けるのに鍵を使ってましたよね? ということは家には誰もいない……。病院にも来なかったのですが、両親は……」
「ああ……。両親は事故で亡くなってるよ」
「え……」
みゆはショックだったようで、目を丸くして固まる。
が、それも一瞬のことですぐに、
「えっと……どうして……?」
「事故だよ。交通事故。俺と心優、そして両親で遊園地に出かけた時に」
「じ……こ……」
事故という単語にみゆは激しく反応をする。
自身も事故で記憶を失っているので、響くところがあるのだろうか。
医者はトラウマなどによって解離は起こると言っていた。
もしかしたら、両親が交通事故で亡くなったという事実からトラウマがきているのかもしれない。
「うっ……!」
「みゆ!?」
みゆは先ほどよりも強く頭を押さえ、その場に座り込んでしまう。
「みゆ、大丈夫か!?」
「はい……」
だが、それもすぐに治まったようで、みゆは頭を少し振って立ち上がった。
「すみません……」
「辛かったらすぐに言ってくれよ?」
「はい」
そう言ってみゆは優しく微笑む。
その微笑みは、記憶を失う前の心優と重なった。
これは、俺が注意していないとだな……。
無理をするのが目に見えている。
それから俺は、キッチンや心優の部屋を案内し、家の中を案内し終えた。
※※※
夕方。
昨日のうちに材料を買っていたので、今日は買い出しに行かなくていい。
みゆはあまり落ち着かないのか、少しそわそわしつつ、テレビを見たり本を読んだりして過ごしていた。
俺は基本的にリビングで適当に過ごし、みゆを見守りつつ過ごしていた。
そろそろかなと思う頃、玄関のチャイムが鳴った。
「はいは~い」
みゆがぴくりと反応し、少し警戒したようにこちらを見つめる。
「大丈夫だよ、麗と琴羽だから」
そう言うと、みゆは安心したようにほっと息を吐いた。
玄関に向かって扉を開く。
「
「
「二人とも、わざわざありがとう。俺は元気だよ。上がってくれ」
琴羽の質問に苦笑しつつ答え、二人を家に上げる。
みゆはリビングの方から顔を出していて、二人の姿を見るとそっと微笑んだ。
「い、いらっしゃいです……」
「あら、みゆちゃん」
「みっちゃん元気~?」
「げ、元気ですっ」
そう言って、みゆは胸の前に両手でぐっと拳を作る。
それを見た二人は、優しく微笑んで「それはよかった」と言った。
リビングに入った二人は、大きな荷物を隅に置いてからまたみゆと話していてくれる。
「じゃあご飯作るから、食べてってくれ」
「悪いわね」
「ありがと康ちゃん!」
俺はそう言ってからキッチンに向かう。
後ろからは三人の会話が聞こえてきた。
「みなさん今日は一緒なんですねっ」
「そうね。一緒でよかった?」
「もちろんですっ!」
「よしみっちゃん遊ぼう!」
「はいっ!」
みゆが嬉しそうにしてくれてよかった。
のはいいんだけど……。
「荷物! 片づけてからにしてくれよ?」
「わかってるわよ……」「は~い……」
「まったく……」
勝手知ったる琴羽に任せ、来客用の部屋に荷物を持って行ってもらう。
「さて……」
一方俺は、エプロンを身に着け、気合を入れながら手を洗った。
昨日から決めていた料理、ハンバーグを作るために俺は冷蔵庫から材料を取り出した。
※※※
「わ~!」
食卓に料理を並べ終えると、心優は花が咲いたような笑顔をパッと見せた。
「琴羽直伝のハンバーグだ。俺が作ったから我が家流になっちゃうけどな」
「ことちゃんのハンバーグはおいしいからね」
「ちなみに卵焼きは麗直伝だったりする」
「ららちゃんの卵焼きおいしいもんね~!」
俺は渾身のドヤ顔を決めつつ説明した。
琴羽が作る料理はレストランとかに並んでいても遜色ないほどおいしい。
麗の料理も同じで、その中の卵焼きなんて特に、一体どうしたらそうなるのかと言うくらいふわふわでとろとろでおいしいのだ。
そんな料理を一通り眺めたみゆは、そのままの笑顔で嬉しそうに声を上げた。
「お兄ちゃん、料理上手なんですね……!」
その言葉に、胸が少しチクりと痛むが、喜んでいるようなので良しと割り切る。
「冷めないうちに食べてくれ」
「「「いただきます」」」
みんなで手を合わせ、一口ハンバーグを食べる。
肉汁がじゅわっと溢れ出て、ソースがハンバーグに絡みつく。
口に入れると、さらに肉汁が溢れ、ほどよい酸味のあるソースと柔らかい肉が口の中に広がっていく。
「ん~……! ことちゃんのハンバーグだ……」
「もう教えることは何もない! って感じ!」
「それは大袈裟だろ……」
さすがに琴羽にはまだまだ負ける。
いつになっても敵うことなんてないだろう。
みゆも、そんなみんなの様子を見て、左手に持った箸をうまく使い、ハンバーグを一口運ぶ。
一口食べた瞬間、幸せそうに顔をほころばせ、もぐもぐと口を動かす。
「おいしいですぅ……」
「よかった」
みゆも大満足なようで、サラダやみそ汁や卵焼き、ごはんにハンバーグを次々に食べていく。
俺たちもぞれぞれのペースで食べていく。
さすがに俺が一番最初に食べ終えた。
箸を置き、
「ごちそうさまでした」
と手を合わせながら言う。
とりあえずそのままみんなが食べ終わるのを待った。
麗と琴羽も食べ終わり、あとはみゆを残すのみ。
心優は、最後の一口分残ったハンバーグに箸を伸ばし、「はむっ」と頬張った。
「ん~!」
幸せそうにもぐもぐしながら、箸を持つ左手が頬に移動した。
「っ!」
俺は驚いて一瞬呼吸を忘れる。
そんな仕草をしたみゆは、「あれ?」というように一瞬不思議そうな顔をしてから箸を置いた。
そして、手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
満足そうにしているみゆは、みんなに見守られていたことに気づき、少し恥ずかしそうにしながら逃げるように食器を持ってキッチンに向かった。
麗と琴羽もそれに続く。
俺は、そんなみんなの様子を見て我に返り、若干急いで食器をまとめ、キッチンに向かった。
※※※
麗と琴羽が来た時に言っていた通り、今日は一緒にということで、明日が祝日ということもあり、泊まることになっている。
琴羽は向かいの家だし両親もいるしで問題ないが、麗の方は少し心配だった。
が、二人は麗に大丈夫だから行ってこいと言ったらしく麗は少し複雑な表情を浮かべていた。
ちなみに七海ちゃんからはメッセージが届いていて、
『康太さんもなかなかやりますね……!』
とのこと。
盛大に勘違いをされているので、俺はもう一人一緒にいると伝え、少し残念そうにした七海ちゃんに謝罪と感謝を述べた。
麗が複雑な表情をしていた理由がよくわかった。
「ひゃっ!」
それにしても……。
「なぁ琴羽……」
ソファの後ろの方から首を伸ばし、みゆ越しに琴羽に話しかける。
「ん、なに……?」
「ひゃっ~!」
麗が俺の服を強く掴む。
肉も挟んでいるのでものすごく痛い。
「なんでホラー映画なんだ」
「だって見たくって……」
借りてきた映画がまたしてもホラーだったのだ。
なんで借りてくる映画が全部ホラー映画なのか。
ひょっとしたら、琴羽はホラーが好きなのかもしれないと今更ながらに思う。
「きゃっ!!」
「痛い痛い! やめろっての!」
しがみついてくる麗を軽く叩く。
「だ、だって……」
「麗は苦手なのな……」
「び、びっくりするし……」
ホラーが怖いというより、びっくりさせてくるのに麗は弱いらしく、先ほどからびくびくし、びっくりするシーンでは俺にしがみついてくる。
肉を巻き込んでいるのですごく痛いと何度か注意している。
みゆの方を見ていると、ホラー映画を純粋に楽しんでいるのか、声を上げはしないもののびっくりしたりしていてぴくっと体が跳ねたりしている。
心優と同じ反応で、そこも変わらないのかと少し安心する。
「ふぁ……!」
今度は琴羽が声を上げた。
借りてきた張本人だが、別に琴羽もホラーが得意というわけではない。
好きだと言うわけでもなく、ただ見たかったそう。
ホラー映画ばっかり借りてるくせに……。
もしかしたら、映画が好きであり、みんなで見るというのが好きなのかもしれない。
「……っ!」
「痛い痛い!」
俺は、もう何度目かわからない注意を麗にしつつ、なんだかんだ映画を楽しんだ。
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