第4話 「好き……」 満面の笑みで抱き着いてきた。
放課後。
俺は
病室はもう覚えたので、みんなを案内しながら歩く。
402号室。
心優のいる病室だ。
扉を開けると、何も変わることなく心優は眠り続けていた。
身体的にも特に何かあったわけではなく、入院当初から変わっていることと言えば、少し傷が癒えているというところだろうか。
「心優。麗と琴羽が今日は来てくれたぞ」
「心優ちゃん……」
麗がとても悲しそうに声を掛ける。
俺が声を掛けても、麗が声を掛けても、琴羽が声を掛けても心優は一向に反応しない。
手を握っても、頭を撫でても変わらなかった。
「本当に眠り続けてるのね……」
「ああ」
原因不明。
その一言が俺の胸に突き刺さっている。
なんで眠っているのかわからないんだ。
そんなの怖いし不安に決まっている。
「私も
「外傷も問題ないらしいからな……」
特に体が弱かったということもなく、車に轢かれそうになって擦り傷を負っただけ。
だけというのもどうかと思うが、子どもが転んだ時のような外傷しかないのだ。
これで目が覚めないと言うのが本当に謎である。
同じような怪我だけの子はすでに退院したというのに。
どうして心優だけ目覚めないのだろうか。
「心優ちゃんちょっとごめんね?
「いいよ」
麗が心優の腕を見てみる。
たしかに擦り傷があるが、転んだらできるような傷しかない。
どれも治りつつあるのが何よりの証拠だ。
「心優ちゃん、待ってるからね……」
そう言って麗は心優の手をぎゅっと握った。
「えっ?」
その時、麗は何やら驚いたような声を上げる。
「どうした?」
「今、手がぴくって動いたような……」
「気のせいじゃないか……?」
目が開く様子もないし、特に変化もない。
「そうかなぁ……」
麗はそれでも否定しきれていなかった。
気持ちはわかるが……。
「ららちゃん、みっちゃんのこと大好きだね」
「そりゃ将来
「ららちゃんかわい~」
「ことちゃん!」
また言い争いを始めた麗と琴羽。
俺は今は争わせておこうと思った。
きっと、心優だったら琴羽に便乗していたんだろう。
心優を見てみる。
心優は、なんだか笑っているように見えた。
「ん?」
手がぴくって動いたような……。
「そうだみっちゃんみっちゃん。
「おい! それは言わなくていいだろ!」
「いいじゃん怒られなよ~」
「心優は怒ると怖いんだぞ! 知らないだろ!」
本気で怒ることはまったくと言っていいほどない心優。
そんな心優でも宝くじが当たる確率くらいで本気で怒るんだ。
まじで怖いぞ。
いつも通りっぽい口調なのにどこか氷のように冷たくて……。
考えただけでも背筋が凍りそうだ。
「康太……」
「ん?」
今度は俺と琴羽が言い合いを始めたのだが、なんだかしゅんとした麗が恐る恐るというように声を掛けてきた。
「どうした?」
「その……あの時はごめんね……」
「え?」
「勢いで、その……康太となんかって……」
「ああそのことか」
俺と琴羽に対して怒った麗が、思わず言ってしまいそうになった言葉。
琴羽が止めた言葉。
ちゃんとわかっている。
たしかにその時はダメージを受けたが、なんでそこまで言いそうになったのかはわかる。
「大丈夫。麗の気持ちは伝わってる」
「でも、勢いだからってあんなこと言うなんて……」
「言ってはない、だろ?」
「康太……」
そう、言ってはない。
琴羽が言わせなかったから。
「琴羽、ありがとうな」
「いえいえとんでもない。私こそららちゃんにいろいろ言ってもらって目が覚めたよ……」
「一番目が覚めたのは俺だよ……。自分がどれだけバカなことをしていたのか……」
心優が眠っている間に俺が……。
そんなことあってはいけなかったんだ。
「だから麗、ありがとう。強い言葉を使ってでも、自分が嫌われるかもしれない言葉を言ってでも目を覚まさせてくれて」
「康太……」
本当にありがたかった。
こんな素敵な人と出会えて俺は本当に幸せものだと思う。
幼馴染にも恵まれて……。
「康太……好き……」
「はい!?」
麗は満面の笑みで抱き着いてきた。
「ちょ!」
「いやはやいいですな~。ラブラブカップルで~」
ニマニマしながら言う琴羽に、麗は満面の笑みを浮かべながら言う。
「ホント、最高の彼氏よ」
「あらあら私にまでそんなことを言えるようになるとは、康ちゃんもやりますなぁ~」
ニマニマからどんどん口角が吊り上がっていく琴羽。
しばらく俺たちはそうしていた。
心優もきっと、ニマニマしていたに違いない。
それから約二十分後。
俺たちは心優に話したり、三人で話したりをした。
その間も心優に特に変化はなく、眠り続けていた。
「心優ちゃん、また来るね」
「みっちゃん、またね」
麗と琴羽がそれぞれ心優の手をぎゅっと握る。
そうして扉の前に立った。
俺も心優に近づいて声を掛ける。
「心優、またみんなで来るよ。
俺は心優の手をぎゅっと握りしめた。
「それじゃ、また明日な」
手を離そうとした瞬間、やはり手がぴくりと動いたような気がした。
「……?」
俺は不思議に思って心優の顔を見る。
なんだか目元がぴくっと動いたように見えた。
「康太、どうかした?」
俺がなかなか来ないものだから気になったのか麗が聞いてくる。
「いや、俺も心優の手が動いた気がしてさ……」
「え、康ちゃんも?」
「うそ、二人もなの?」
「え?」
まさか麗と琴羽も……?
「なんだか目元も動いたような気がしてさ……」
そう言うと麗と琴羽もこちらに来る。
そうしてみんなで心優の顔を覗き込む。
やはり目を瞑って眠り続けている。
「気のせいだったのか……?」
そう思った瞬間、今度はたしかに目元が動いた。
「あ、ねぇ今!」
「動いたよね!?」
「やっぱりそうだよな?」
三人でたしかに見た。
見間違いなんかじゃない。
たしかに心優の目元はぴくりと動いた。
「先生! 先生に言ったら?」
「そうだな、そうだな……」
俺は一旦落ち着いてから、ナースコールをした。
※※※
俺は麗と琴羽にも話を聞いてもらいたくて、先生にお願いした。
身内が許可を出すのなら特に問題はないそう。
すぐに心優のことを見てくれた。
真也さんにも連絡をしたが、すぐには行けないそう。何かあったらすぐに連絡をしてくれとのことだった。
「もしかしたら目が覚めるのが近いのかもしれませんね」
「本当ですか!?」
「確実とは言い切れませんが」
眠り続けているのが原因不明なので、確実に目が覚める前触れとは言い切れないらしい。
しかし、あれからまた手を握ったりして、ぴくりと反応をしたのは事実だ。
これは目が覚める可能性が高いのかもしれない。
「でもまだ安心はできないんですよね?」
「そうですね。目が覚めた時に何かしら変化があるかもしれませんから」
麗がそう尋ねると、先生はそう返した。
「何かしらの変化?」
それに対して琴羽が疑問を抱く。
俺も聞きたかった。
「例えばですが、解離はご存知ですか?」
「カイリ……?」
「解離は、その人の人格や記憶といった、本来であれば一つの人格として統合されている機能が破綻してしまい、一部が切り離されることを言います」
人格や記憶が切り離される……?
機能が破綻……?
「例を挙げると、事故についての記憶が失われたりしている場合があります」
それは聞いたことがある。
交通事故などに遭った人が、その事故当時の記憶を失くしてしまうことがあるという。
それを解離性健忘というらしい。
「でも、心優は直接事故に遭ったわけじゃないですよね?」
「あくまで可能性ですので。それに、少なからずショックを受けているはずですから」
あくまで可能性……か。
「今は、できるだけ近くにいてあげてください」
先生は最後に、俺にそう言った。
※※※
今日は心優の病室に泊まり込みをすることにした。
琴羽がおじさんおばさんに連絡をして、麗も妹たちに連絡をしていた。
俺は心優のそばにじっと座っている。
先に通話を終えた麗が声を掛けてきた。
「着替えどうする? 取りに行くならあたし心優ちゃんのそばにいるわよ?」
「いや、取りに行ってもらっていいかな? 俺がいない間に目が覚めるのもどうかと思うし……」
「わかったわ」
麗はテキパキと動き、通話を終えた琴羽を連れて病院を出た。
俺はすっかり忘れてしまっていた真也さんに連絡をする。
真也さんは、今日はどうしても来れないそう。
奥さんも来れないそうで、ここは俺がいるしかない。
帰っている途中だろう麗たちに連絡をして、そのことを伝えた。
『わかった。ことちゃんも病院にいたら?』
『そうだね』
琴羽は一緒に泊まり込みしてくれるらしい。
でも、俺は麗にもいて欲しい。
無理かもしれないけど、我儘を言いたくなってしまったのは、追い込まれてた反動かもしれない。
「我儘言っていいか?」
『なに?』
「麗も、一緒にいてくれないか……?」
『…………』
「麗?」
しばらく無言が続いた後、麗はどこか嬉しそうに答えた。
『わかった。
「ありがとう」
『まだ決まったわけじゃないわよ』
「それでもありがとう」
『うん』
通話を切って、心優を見つめる。
手を握ったり、頭を撫でたりする。
たまにだが、反応が返ってくるようになった。
手がぴくっと動いたり、目元がぴくっと動いたりする。
俺は、心優の手を自分の両手で包み込んだ。
「頼む……頑張ってくれ心優!」
ただただ無事であると祈るばかりだった。
しばらくすると、麗と琴羽が帰ってくる。
麗は琴羽から着替えを借りたらしい。
それ以上は何も言わなかったけど。
そして、ただただ一緒にいてくれる。
次第に外は暗くなり、やがて夜がやってきた。
「もう夜ね」
「そうだな」
麗の呟きに俺はそう返す。
「お茶、入れようか」
「ありがとう」
「ありがとことちゃん」
琴羽が入れてくれたお茶を飲む。
静かな時間が流れていく。
誰も言葉を発することなく、外を眺めたり心優を見つめたりしている。
手を握ったりもする。
今、心優は見えない何かと戦っている。
そいつに勝たないと、目覚めることができないんだ。
俺たちはただただそれを見守ることしかできない。
どうにか何事もなく起きてくれと、そう祈り続ける。
気が付いた時には、外から朝日が差し込んでいた。
「んん……」
誰かの声がする。
起きると、目の前には心優が眠っていた。
右には麗がいて、さらにその隣に琴羽がいる。
みんなベッドに顔を伏せて眠ってしまっていたようだ。
「ん……」
麗と琴羽はまだ寝息を立てて眠っていた。
「んん……」
この病室には今も俺と麗と琴羽、そして眠り続ける心優しかいない。
「う~ん……」
さっきから唸り続けているのは誰なのかと隣に視線を移す。
麗と琴羽は規則的に呼吸をして目を閉じていた。
「……?」
じゃあ、誰が……。
ガサゴソと、布団が動く。
俺は、ゆっくり心優に視線を移していく。
隣では、布団が動いたせいなのか、麗と琴羽も目を覚ます。
まだ眠そうにしながら、目元を擦っているらしいことが横目にわかる。
それでも、俺は正面で眠っている心優から目を離せない。
いつもより目元が動き、今度は口元も動く。
なんならしばらく聞いていなかった声が聞こえる。
「心優……?」
そう呼びかける。
「う~ん……?」
明らかに俺の声に反応をした心優が、体を起こした瞬間だった。
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