彼のやり方.1

 「やったぜ! やっとだ! やっと殺し合いに出くわせた!」

 ナギが拳を握り、空へと突き上げた。

 そして日よけのマントを脱ぎ棄て、短剣を構える。

 「先生、オレ、いっちょ行ってくるぜ! オレの実力を見せてやるよ!」

 エルフ特有の長い耳が、ぴょこんぴょこんと動く。これは興奮している証だった。

 駆け出したナギだったが、しかし、その肩をギレイが掴んだ。

 前方へ突進しようとしたナギは急停止を喰らった。上半身だけがその場で止まり、下半身だけが前進した。足は空を切り、一歩、二歩は前に進んだが、三歩目で宙に浮いた。それでも四歩目を踏み出したものだから、ナギの両足が地面に浮いた。

 そして、

 「おわっ」

 ナギの驚きの声。それにやや遅れて、

 ばたん。

 大きな音と砂ぼこりを立てて、ナギは砂の上に大の字に倒れた。そんな彼を見下ろしながら、ギレイが言った。

 「行ってはダメです」

 「何で!? またとない機会じゃねぇの!」

 ナギが怒った。彼の中には不満が溜まりまくっていた。


 命を懸ける。数日前、そう誓って修行の旅に出た。師事するのは、万能のチートを楽に惨殺した男だ。過酷な旅になると予感した。血みどろの旅になると思った。最初の夜は期待と不安で一睡もできなかった。この辛い夜がずっと続くのかと思うと、少しだけ後悔した。しかし、すぐに思い直した。この旅の果てに、自分も師と変わらない、巨大なる暴力を手に入れられる。だったら命を懸けて戦う価値があると思った。

 ところが、いざ旅が始めると――

 ギレイは砂漠を歩き、「この怪物はですね、実は食べる事ができるんです。さばくときは、ここから刃物を入れる」「水が必要なとき、この植物をバラすと得る事ができます。ただし決まった手順通りに処理をしないと食中毒を起こしますから、要注意です」と教えてくれた。それらの知識は役に立つと思ったが、それはそれとして不満だった。どれも村で学べることだ。ナギが知りたいのは、腰に下げた短剣をどう使うかであり、習得した魔法をどう強くするかだ。砂漠で腹を空かした時に生き残る方法ではない。

 だから悲鳴を聞きつけて、ナギは興奮した。ついにその時がやってきたのだ。

 案の定だった。ギレイと声のした方へ向かうと、そこには「争い」があった。何が起きているか、どういう理屈で誰と誰が争っているのかも分からない。ただ砂漠の中の小さな集落――井戸を中心に、あばら家が数件立っている――で、15~20人ほどのボロ着をまとった人間たちと、5人ほどの黒いマントで全身を覆った連中が争っていた。数はボロ着の連中の方が多かったが、その場を支配しているのは黒マントの連中だった。黒マントは全員が剣を持ち、統率の取れた動きをしている。ボロ着の連中は数こそ多いが、女や子どもが混ざっていて、その多くは悲鳴を上げ、地面に座り込んでいるやつもいた。剣を持って戦っている男たちは数こそ黒マントより多かったが、全員、腰が引けている。

 一方、黒マントの連中は、たった5人で20人を翻弄している。ナギは、村の牧場で一匹の牧羊犬が羊の群れを追い立てる光景を思い出した。刃物を振り上げ、時には笑い声すらあげていた。暴力と争いに慣れている人間たちだと一目でわかった。

 「ありゃ盗賊だな」

 そう呟き、ナギは思った。ああいう無法者が相手なら、遠慮なく自分の力をぶつけられる。運がいい。さっそく戦う準備をしよう。

 盗賊のレベルは一番下が【18】、上で【21】。

 ナギは闘志を剥き出しにした笑顔を浮かべた。【24】の自分なら何とかなるだろう。悪党どもを叩き殺して、ギレイに自分の力を見せてやる。何しろ自分はまだギレイの前では何もしていない。村がチートに襲われた時も、自分は見ているだけだった。だから、今は一刻も早く――

 しかし、ナギの思いはギレイに全否定された。


 大の字に倒れたナギに、ギレイが言った。

 「あなたはここにいてください。私が止めてきますから」

 「なんでー!? オレ、今すぐ戦いたいんだけど!」

 「ダメです。あの場所に割って入るには、今のあなたは未熟すぎる」

 カチンと来た。思っていることをそのまま言いそうになった。未熟だって? そりゃそうだろうけど――

 「だからって、何もやらなかったら意味ねぇだろ!」

 「死んでしまっては、もっと意味がないじゃないですか」

 呆れるようにギレイが答えた。今度は思っていることが、そのまま口に出た。

 「そりゃそうだけど……」

 「今の時点で、命のやり取りをするのは極力避けてください」

 「じゃ、オレは何すりゃいいんだよ?」

 「見ていてください」

 次の瞬間、ギレイがナギの目の前から消えた。

 「あれ?」

 どこ行った? と思った時、

 ごつん、という重い音が聞こえた。

 ナギは気がついた。すでにギレイが争いの渦中に入っていることに。

 ギレイは魔法も格闘術も使わず、シンプルな暴力だけで戦っていた。

 握った拳を、黒マントの男たちの頭のてっぺんにブツける。

 打撃とか、パンチとか、そんな言葉すら似あわない。もっと素朴な攻撃。呆れるほど単純なゲンコツだった。しかし、

 ごつん。

 ごつん。

 ゲンコツを頭に叩き込む音が、テンポよく響いた。屈強な男たちが刃物を振るい、ぶつけ合う。その中をギレイはひょいひょい飛び回り、1人ずつ大ぶりのゲンコツを喰らわせていく。

 どこか間の抜けた光景だった。しかし、ギレイのゲンコツを喰らった者は、頭を押さえて悶絶するか、立ったまま気絶している者もいた。つまり例外なく、ギレイの攻撃を受けた者は一撃で行動不能になっていたのである。

 ナギは、その点については感心した。あんな大ぶりの攻撃すら当てることができる。では、もしもこれがゲンコツではなく、刃物だったなら、今この場はどうなっていただろうか? 頭をカチ割られた死体が、そこら中に転がっているだろう。そう考えると――

 ナギは全身に鳥肌が立った。やはりギレイの力は桁外れだ。今この場に存在する全ての命をどうするかは、ギレイが握っている。

 「……やっぱり、とんでもなく強い」

 ナギは呟いた。冷静に考える。自分では、ああはできない。殺されない自信はあったが、殺さない自信はなかった。

 やがて黒マントが全員沈黙した時、ナギはギレイが両の腕で大きく頭上に丸を作るのを見た。大丈夫だ、こっちに来い、の合図だろう。そうナギは分かったが――

 「でも、ああいう態度だと舐められるから……ったく、ああいうのは、やめてほしいんだよなぁ。オレの師匠なんだし」

 ナギはギレイの方へ走った。

 それから5分後。

 ギレイとナギは、黒マントを全員正座させ、横一列に並ばせた。集落の人々は2人に礼を言うと、何人かの男を残して、家の中に引っ込んだ。ギレイは負傷者がいないことを確かめると、次に黒マント連中へ尋ねた。

 「あなた達、ここで何を?」

 少しの沈黙のあと、

 「盗賊だよ」

 黒マントの中の1人が答えた。黒々とした顎鬚を蓄えた男で、卑屈だが、不適な笑みを浮かべている。

 「あぁん? そこのオッサン。てめぇ今、なんつった?」

 ナギがそう聞き返して、顎鬚の男を睨みつけた。彼は「舐められている」感覚に対して、異様な嗅覚と抵抗心を持っている。

 「何で偉そうなんだよ。うちの先生にブン殴られて、気絶してたくせに。ああ?」

 ナギが傷に塩を丁寧にこすり込むように言って、さらに自分の短剣に手をやった。

 「剣はしまいなさい」

 ギレイがそれを止め、顎鬚の前に立った。

 「盗賊なのは分かりましたが、あなたの……」

 「お前ら、後悔するぜ」

 顎鬚がギレイの言葉を遮る。

 「バカ力は認めてやるよ、あんた。だがな、てめぇがいくら強かろうが、俺らの大将はもっと強いぞ。何てったって、レベル【67】だ! どうだ! それを承知でオレらに喧嘩を売るのか? あぁ?」

 顎鬚が笑った。途端に他の黒マントも笑い始めた。一方、村人たちの顔面からは血の気が引いた。知っているのだ。【67】というレベルが、いかに脅威か。

 「なるほど」

 ギレイが答えると

 「ハッ、ようやく分かったか! 早くオレらを解放した方が身のため――」

 「ならば今すぐ大将を呼んできてください。話がしたい」

 間髪入れずのギレイの回答。途端に黒マントの顔が白くなった。

 「は?」

 顎鬚の顔の色が一変すると、ギレイがゆっくり続けた。

 「あなた達には大将がいるのでしょう? その方を今すぐここに呼んできてください。そう言ったんです」

 顎髭はギレイの言葉を一語一句、頭の中で復唱するような間隔を置いたあと、

 「お、お前、オレのいったことが分かってんのか? レベル【67】だぞ? 強いんだぞ? お前なんか一瞬でブチ殺されるんだぞ?」

 「くくっ」とナギが笑った。心底おかしかった。こいつらはギレイの恐ろしさを分かっていない。ギレイはレベル【99】のチートだって、一瞬で片付けたんだ。なのに【67】のヤツが来たところでどうなるのか? 

 意地の悪い笑いを噛み殺すナギをよこに、ギレイが言った。

 「ですから、その方と話し合いたいんです。ほら、早くっ」

 ギレイに促され、顎鬚が立ち上がる。しかし、彼はその場で小便を我慢する子どものように、まごついた。

 「おい、本当だぞ。本当に【67】なんだぞ? そ、そりゃ、本当なら小さい国なら王様、でっけぇ国の軍人、何ならチートの仲間とかやってなきゃおかしい立場の人間が、盗賊団の頭をやってるなんて信じらんねぇかもしんないけど、これはマジなんだ。とにかく強くて……」

 「構わない。呼んでください」

 「わ、分かったよ! 後悔すんなよ! お、お前らも!」

 顎鬚が正座させられている黒マント連中を見た。

 「お前ら、余計なこと言うなよ!」

 そう言い残すと、走り去っていった。ナギが呟いた。

 「先生、あんたって残酷だな。皆殺しにする気かよ」

 「何の話ですかね?」

 ギレイが聞いた。

 「さっきの顎髭、自分らの大将のレベルは【67】だって言ったよな? あんたから見りゃ楽な相手だ。先生、あんたは盗賊団を呼び出して、全滅させる気だな? わざわざ呼び出して皆殺しとは……ったく恐ろしい人を先生にしたもんだぜ」

 「違います」

 「は?」

 「そんなことするわけがない。それより――」

 するとギレイは、正座した黒マント連中の方を指さした。その顔は隠しようのない不安に満ちている。

 「ナギさん。あなたに問題を1つ出します」

 「は、はぁ?」

 首をかしげるナギに、ギレイは続けた。

 「今の状況で、不自然な箇所がある。この場合から想定される次の展開を考えてみてください。さっき行った人が戻ってくるまでに正解を出すように」

 そう言うとギレイは野宿の準備を始めた。背中に背負った荷物から、骨組みと布を取り出し、簡単な「家」を組み立てる。

 やがて布1枚の「屋根」と「床」が組み上がると、ギレイとナギ、そして残された盗賊団の黒マントの連中がそこに並んで座った。天井は布一枚だけだが、それでも太陽の光はぐっと弱まる。

 作業が終わると、ギレイは小さくため息をついた。一方のナギは、額に汗を滲ませていた。温度調節ではなく、不満から来るものだった。

 「先生、何のつもりだよ? なんでコイツらを生かしてんだ?」

 ナギが黒マントの連中を指さした。ギレイは大きくため息をついた。

 「物騒な言い方はやめてください。逆に、なぜ殺すんです?」

 「だって、オレの村で4人もアッサリ殺したじゃん。だったら――」

 「連中はレベル【99】だったからです」

 ナギの言葉を遮り、ギレイが答えた。一瞬、ナギの背中に冷たいものが走った。あの時と同じく、自分が殺されるのではと思った。ギレイの目が、あの目になっていた。チートを殺すために檻を融解させた、あの時と同じ目。純粋な殺意を宿したガラスのような目だ。

 そしてギレイは話し始めた。

 「あの時は、中心にいたチートも、付き従っていた3人も、全員レベル【99】でした。手加減する余裕はありません」

 ギレイはナギの方を見た。ナギの背中に鳥肌が立つ。口調は変わらないが、あの目で見られると、やはり自分が殺されるような気がしてくる。そしてナギは大事なことに気がつく。実際、ギレイはナギを簡単に殺すことができるのだ。

 「レベル【99】同士の戦闘では、躊躇いは命取りだ。特に無限の体力や魔法力を持っていたり、未知の能力を持つ可能性のあるチートと戦う際には、一切の無駄を排して戦わねばならない。こちらは魔法力も体力も有限ですから、最短・最速で相手を絶命させるのが定石です。ですが――」

 「ですが?」

 「今回の彼らは、そういった類の敵ではありません。それに、彼らがやったことを考えてみてください。彼らは何をやりましたか?」

 「盗賊だろ?」

 「ええ、それだけです。まだ誰も殺していないし、傷つけていない」

 「どうせ過去にロクでもねぇことやってるよ。殺しだってやってるさ」

 「ですが、今回のこれは違います。それに過去の話を聞いたんですか?」

 ギレイの質問に、ナギは答えられなかった。不満が高まった。ギレイの口調は相変わらず優しかったが、どこか責められている感じがしたし、隣に座っている黒マント連中の「このクソガキが、何を偉そうに言ってやがるんだ」という視線もイラっと来る。ギレイに対して「なんでロクでなしの盗賊どもの肩を持つようなことを言うんだよ」と問いただしたかった。

 一方で、たしかにギレイが言う事も正しいなと思った。たしかに黒マントたちは剣を抜き、村人を脅していた。けれど、連中は誰も傷つけていないし、自分たちがやってきたので、何か被害が出たわけではない。今回の襲撃の被害を挙げるとしたら、せいぜい村人たちの恐怖だけだ。

 2つの相反する理屈と疑問が、ナギの頭の中を走る。

 ――黒マントどもは死んでいい悪党だと思う。でも、それはオレがそう思うだけだ。実際にどうかは分からない。でもオレは、こいつらを殺そうと思った。なんで殺していいと思ったのか? それはコイツらが悪党のクズで、弱いからだ。でも、クズかどうかは分からない。ってことは……?

 その末に、まるで泥水をろ過して飲み水を作る時のように、第3の理屈と疑問がナギの思考に滴り落ちてきた。

 ――オレはこいつらが弱いから殺していいと思った? 弱いから殺していいって、そんなの、オレ……村にやってきたクズのチートどもと同じ発想じゃん。それは……嫌だな。何か。

 数秒間で、ナギの頭はその結論に辿り着いた。そしてナギは、

 「えっと……先生、それは分かんねぇ。こいつらが過去に何をやってたかなんて聞いてねぇし、知らねぇし、えっと……」

 ナギは上手く言葉が紡げず、目が空を泳いだ。するとギレイが助け船を出すように話題を変えた。

 「ところで、先ほどの質問の答えは?」

 「あっ、それって……何だっけ?」

 ギレイの目に、生命の光が戻った。そして彼は、少しだけ呆れたように笑った。

 「今の状況には不自然な点があり、この場合から想定される次の展開を考えてみてください……です。師の質問を忘れるのは、感心しないなぁ」

 「はぁ、不自然な点ねぇ……」

 ナギが空を仰いた。パッと思いついたのは、目の前に立つギレイの存在そのものだ。なぜ先ほどのような、答えに困る質問をするのだろう? だが、それが求められている正解ではないことは何となくわかった。しかし――

 「何で頭を使わねぇといけねぇんだよ。ったくよ~」

 考えても思いつかない。そもそもナギは、考えることが何より嫌いだった。それでも頭をボリボリと掻きむしりながら、考えていると、

 「時間切れです」

 ギレイが言った。

 「彼が戻ってきた」

 「え? うおぉ!?」

 ナギは目を見開いた。ギレイの視線の先に、今までの人生で見た事がない数の男たちがいたからだ。100人ほどの集団で、全員が馬にまたがり、黒いマントに身を覆っている。ナギの村の人口は150人で、そのほとんどが戦いとは無縁な人間だ。だから、こんな多くの数の戦士たちを見るのは初めてだった。

 そして黒マントの集団の先頭に、1人だけ赤いマントを羽織った男がいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生者の断罪者~生まれつきチートだからって、何してもいいと思うなよ~ 加藤よしき @DAITOTETSUGEN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ