そして、彼がやってきた.10

 戦いが終わると、ギレイは宣言通り、村を出る準備を始めた。カツヤは引き留めた。またあえて危険な旅に出ることはない、六芒の人間が村にいるのは心強いと。

 しかし、

 「色々あって、行き倒れていただけです。私は旅をしないといけない。それに六芒の人間を匿うことは、無用な争いの種になります」

 そういって断られた。「色々あって」という言葉が気になったが、カツヤは深く聞かないようにした。ギレイほどの男が誤魔化すなら、それは余程のことだろうし、聞かれたくないであろうことを聞くほど、カツヤは無粋ではなかった。

 また、ギレイの存在が「争いの種になる」というのは事実だった。「六芒」はとうの昔に過去の遺物となった存在だ。しかし、その力は脅威である。もしも生きていると分かったなら、チートたちは何としても息の根を止めようとするだろう。この世界には、1000年前から生き続けているチートもいる。「六芒」がチートを狩っていた時代から生き続けている連中にしてみれば、ギレイの存在は消えない悪夢そのものだ。そんな男を匿うのは危険すぎる。結局カツヤは、用意できるだけの食料とアイテムをギレイに渡し、送り出すことにした。結界の外まで送ると言って2人きりになったとき、「いつでも戻ってください。歓迎します」という一言を沿えて。

 「感謝します。カツヤさん」

 別れ際、ギレイは深く頭を下げた。ナギが飛び出してきたのは、その時だ。

 「オレ、あんたと一緒に行くぜ」

 突然の申し出に、最も困惑したのはカツヤだった。

 「やめなさい、ナギさん。迷惑をかけてはいけません」

 「いいや、無理やりでもついていく! オレは思ったんだ! そこらのチートどもより、このギレイさん……いいや、ギレイ先生はよっぽど強い! だったらオレは、この人につく! それにこの人は、オレたちの世界の住人なんだから! オレだって、この人みてぇになれるかもしんねぇ! って言うか、なりてぇ! いや、なる! いわゆる、アレだ! 弟子入り! 今日からオレはこの人の弟子になる!」

 一方的なナギの宣言に、カツヤは頭を抱えた。

 「あのですね……。ナギ、そうはいっても……」

 どう答えるべきか悩むカツヤに、ギレイが答えた。

 「構いませんよ。カツヤさん。外の世界を、未知の世界を知りたいという欲求は、若者なら誰しも持っているものです。彼は実際にその目で見て、学ばないと、納得はしないでしょう。違いませんか?」

 その通りだと思った。結界の外の世界を見るのは、決して悪い事はでない。しかし、カツヤには不安があった。その不安をナギが見透かした。

 「ハハッ! 村長、心配いらねぇよ! オレ、自分の身は自分で守るからさ! 死ぬつもりはねぇし、この人のお荷物になるつもりもねぇ!」

 「いいえ。ナギさんこそ、心配無用です。あなたは私が守りますから」

 ギレイがそういうと、ナギが大きく首を傾げた。

 「あん?」

 「責任を持って預かりますよ。彼に広い世界を見せて、勉強をさせて、色々な経験をさせて、一人前の大人にして、無事にこの村に届けると約束します」

 「ああぁん!? ギレイ先生よぉ! いくら先生でも、オレを子ども扱いすんのはナシだぜ! オレはあんたほどじゃねぇけど、オレなりにちゃんとしてんだ!」

 そう文句をいうナギを遮り、カツヤが聞いた。

 「いいんですか、ギレイさん?」

 「ええ。子どもを守るのも、学ばせるのも、大人の仕事です。外の世界を学んだ彼は、あなたの村にとって大きな力になる事でしょう」

 「だーかーらー! オレを子ども扱いすんのはやめろ! 先生!」

 カツヤは首を縦に振った。そして、

 「ナギを、よろしくお願いします」

 「任されました」

 「ナギ、君が戻ってくるまで、私はこの村を守ります。そしてギレイさん、もしあなたが戦いに疲れたのなら、いつでもこの村に来て欲しい。歓迎しますよ」

 「お気遣い、ありがとうございます」

 そういって2人は、またお辞儀をしあった。一方のナギは小さく毒づいた。

 「なんだよ、2人そろって。オレをガキ扱いしやがって」

 そしてカツヤは、ギレイとナギが結界の向こうへ消えていくのを見送った。その後姿を見つめながら、先ほど踏ん切りをつけたはずの問いかけが、再び浮かび上がってきた。本当にナギをやってよかったのだろうか? ギレイを匿った方がよかったのではないか?

 そんなふうに考えていると、再び頭痛がした。カツヤの体は、相変わらず疲れて切っていた。『幻想魔陣』を張り続ける以上、体にはこれからも負担がかかり続ける。そう思うと気が暗くなったが、

 「ふぅ……いけない。私も頑張らないと」

 カツヤは、自分の頬をパチンパチンと叩いた。相変わらずフラつくし、頭痛も酷い。しかし、諦めたくなかった。いつの日か、あの2人が帰ってきたとき、胸を張って迎え入れるために。そう思った時だった。

 カツヤの体が、白く柔らかな光に包まれた。同時に、疲労が消えた。

 「何が起きた?」

 カツヤはチートであり、この地に転生した時から能力値は最高の状態だった。それは、どれだけ鍛えても、これ以上は強くなれないという意味でもある。ただし唯一の例外があった。それは他者の魔法によって、自身が強化された場合だ。こうやって疲労が劇的に回復するのは、回復薬や治癒魔法を受けた時だ。もちろん今回は薬も飲んでいないし、治癒魔法も使っていない。

 カツヤは自身に起きた状態異常の原因を探った。目をつぶる。チートに付与された能力だ。自身の今の状態がパラメーターとして、表になって現れる。

 カツヤはすぐに異変に気付いた。体力と魔法力の上限が上がっている。そして、自分には状態異常の魔法がかけられている。

 『ギルティ・コンサイエンス』【闇魔法/習得レベル23】

 それは数時間前、ギレイがヨウタロウを引き裂いた魔法だった。

 「僕にもかけていたのか。でも、いつの間に?」

 カツヤは考えたが、その答えは分からなかった。

 そのとき、ふとカツヤは気配を覚えて、後ろを振り返った。そこには遠くに緑豊かな村が見えていて、何十人かの人が立っていた。人間に、エルフに、オークに、獣人に……その全てが懐かしい顔だった。カツヤの村で育ち、死んでいった人々だ。天寿をまっとうした者もいたし、事故や病で倒れた者もいた。先ほどヨウタロウに殺された巡回隊もいた。

 「皆さん……」

 カツヤに「癒し」を渡し来た死霊たち、その中の1人が叫んだ。

 「ありがとう!」

 そして、死者たちは、

 「いい人生だった。あんたのおかげだ!」

 「私の息子たちを頼むよ!」

 「たまには休んでくださいね、村長さん」

 「そうだそうだ、無理すんじゃないぞ」

 「でも、村を頼むよ! あんたなら出来る!」

 口々にカツヤに感謝の言葉を述べると、姿を消した。

 しばらくの間、カツヤはその場に立ち尽くした。涙が落ちた。これで許されるはずもないと思った。現れた死霊たちの中には、あの餓えて死んでいたオークの子がいなかった。あの子は、人を恨むことすら出来ずに死んだのだ。だから、これで満足したとも、報われたとも思ってはいけない。彼は理屈ではそう考えていた。それでもやはり、胸の中が喜びで満たされていくのを感じた。

 「よかった、よかった」

 絞り出すように呟くと、涙をぬぐった。そして、

 「よしっ……頑張ろう。やるべきことをやるんだ。これからも、ずっと……!」

 自分に言い聞かせるように言った。これは誓いだ。あの救えなかった子どもと、地平線の彼方へ消えた2人と、自分自身との誓いだ。この世界で自分の役目をまっとうしてみせる。。

 カツヤは村へと戻っていった。穏やかで力強い決意を、顔に浮かばせて――

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