そして、彼がやってきた.9

 カツヤは考えていた。「首に剣を当てられたこの状況から、逆転できるか?」エレナもまた、同様だった。嗜虐的な微笑みを浮かべる裏で、カツヤの力を慎重に測っていた。「このチートは強い。弱ってはいるし、追い詰めてもいる。有利なのは私だが、仕留められるかは分からない。このまま喉を貫くことはできる。だが、それだけだ。喉を貫いても死ぬ保証はない。確実に殺せなければ、私が殺される。そのためには二手は欲しい」そう考えていたとき、

 「手伝うよ、エレナ。一つ貸しってことで。あとで美味しいもん、食べさせて」

 格闘家のミナが、カツヤの前に立った。手を伸ばせば届く距離、格闘の間合いだ。

 「いらないわ。私1人で十分よ」

 「そういうこと言わないの。ったく、強がりなんだから」

 「私も、手伝いましょう」

 ナスターシャがカツヤの右に立った。

 「勝つためです。今日までやってきたように、みんなで力を合わせましょう」

 カツヤは、勝利の可能性が大きく下がったのを感じた。3人はレベル的には格下だろうが、囲まれた状態で戦えば、どうなるか分からない。この3人は連携が取れているようだ。マトモにやっても危ないというのに――。

 エレナはそんなカツヤの焦りを読み取り、同時に自身の勝利を確信した。

 「フッ……私は、仲間に恵まれたらしい」

 エレナは笑った。次の瞬間、彼女の見ている世界が回転した。空が地面になり、地面が空になった。すべてが回転し、やがて側頭部に地面の感触を覚え、その目が首のない見慣れた自分の体を捉えたとき、彼女は、

 「あれ?」

 と間の抜けた声を漏らした。状況が掴めなかった。自分の体が目の前にある。そして私は、それを見ている。 

 「これって……まさか?」

 すべてを把握したとき、女剣士エレナは絶命した。

 「なっ」そう驚きの声をあげたのは、先ほどまでエレナの剣が首筋に当たっていたカツヤだった。首のないエレナの体が倒れ、壮麗な鎧がガシャガシャと無気力な騒音を立てた時、カツヤは誰が何をしたのか悟った。

 「ギレイさん!?」

 そこには白い剣を持ったギレイが立っていた。そして驚きの声をあげるカツヤに、

 「クズどもの相手は任せてください」

 ギレイはそう言うと、エレナの首を撥ねた剣を振るい、その血を払った。白い剣は消えた。次の瞬間、誰よりも早くミナが動いた 

 「よくも、よくもエレナを!!」

 ミナが拳を振り上げたが、その右の拳は宙を舞った。いつの間にかギレイの右手には青い短刀が握られていて、それが彼女の利き手を空高くへ飛ばしたのだ。切断された手首から血は吹き出さず、代わりに切り口からミナの全身が凍結していった。彼女は悲鳴をあげる間もなく完全な1つの氷像となった。そしてギレイが放った左拳の一撃でバラバラに砕け散った。

 「何者――」

 驚愕の声をあげたナスターシャだったが、彼女の声も途中で遮られた。ギレイの紫色の剣が、その首を撥ねたのだ。途端に彼女の首と胴体に数十本の雷が撃ち、炭クズだけが残った。

 3人の女戦士だったものが転がる中、呆然とするカツヤに、ギレイは言った。

 「下がっていてください。あと1人、片付けないといけないクズがいる。ここは私に、手を汚すのは私に任せてください。専門ですから」

 ギレイの視線の先には、ヨウタロウがいた。

 「おっ、お前! 何だよ!?」

 ヨウタロウの声は震えていた。彼は酒を飲んで車を運転していたところ事故を起こして、この世界へやってきた。あのとき感じたとき以来の恐怖を覚えていた。

 「この世界の住人だ」

 ギレイはさらに、こう付け足した。

 「そして、あなたのようなチートを裁く者だ」

 「裁く者……」

 カツヤはギレイの言葉を反芻した。そして……圧倒的な強さ、瞬時に使い分けられる何種類かの剣、「裁く」という言葉……これらが脳内で並んだとき、カツヤは遠い昔に聞いた伝説を思い出した。

 転生者が現れるより遥か前、大陸がとある帝国によって統一されていた時代。大陸全土で暗躍する処刑部隊があったという話だ。

 その部隊の名は、「六芒(ろくぼう)」。構成員は、この世界で戦うための全ての技術を身に着けた者たちで、法を司る裁判官にして、罪人に裁きを下す処刑人。中にはチートたちを遥かに超える戦闘能力を持つ者もいたとされ、1000年前には何人ものチートが「六芒」に狩られていた。かつてこの世界の秩序は「六芒」によって守られていたが、チートが政治の世界にまで浸透し、政治的な意味で強大地を照らす、法そのものを意味する紋章だ。そして太陽大な権力を持つようになると、「六芒」は組織として解散を余儀なくされ、歴史から姿を消した。

 そこまで思い出したところで、カツヤは決定的な記憶に辿り着いた。

 「六芒」に属する者は、太陽の紋章を胸に刻んでいる。太陽は等しくの周りにある六つの刃物は、彼らが全属性の魔法を極めていることの証だ。「六芒」の人間は、魔法力で具現化した剣を武器として使う。その剣で斬られた者は斬撃と共に、その属性の任意の魔法と同じ効果を受ける。先ほど氷漬けになった者は、青い剣で斬られた。雷に撃たれた者は、紫色の剣で斬られた。それぞれ「氷」の魔法と、「雷」の魔法で攻撃を受けたのだ。

 今、カツヤは確信した。目の前いる男は――ギレイは「六芒」だ。この世界の理のすべてを収めた、この世界で最強の存在なのだ。

 カツヤは再び『カウント』を使った。ギレイのレベルは、【99】に変化していた。ギレイは悟った。ギレイが自分の能力値を偽装する魔法『インヴィジブル』【闇魔法/習得レベル72】を使ったのだ。もちろんこれを破る魔法も存在するが、カツヤはそこまで考えなかった。純然たる油断があった。チートではない、現地民の平凡な男が、まさかそんな高度な魔法を使うとは考えつかなかったのだ。

 ヨウタロウが叫んだ。

 「この人殺し! オレの大事な女を殺しやがって!」

 そう怒鳴り、両手に全魔法力を集中し始めた。

 「消えてなくなれ! このクズ野郎!」

 「危ない! ギレイさん!」

 カツヤがそう叫んだとき、彼は気がついた。すぐ傍にいたはずのギレイが、姿を消していたことに。

 「遅い」

  そのギレイの声は、ヨウタロウの背後から聞こえた。その手には黒い剣が握られている。そしてカツヤは悟った。すでにギレイはヨウタロウを斬ったのだ。ギレイの黒い剣からは、闇魔法の気配を感じた。

 「ハッ、なんだよ? 何にも、きいてねぇぞ!」

 ヨウタロウが笑うと、ギレイは言った。

 「裁きは下りました」

 「何?」

 聞き返したヨウタロウの口を、何者かの手が覆った。同時にヨウタロウの視界は暗闇に包まれた。それもまた手だった。手、手、手。数えきれないほどの手がヨウタロウの全身を覆った。その手が爪を立て、彼の体を思い切り掴んだ。その瞬間、

 「あっ」

 ヨウタロウは気づいた。自分にかけられた魔法を。

 『ギルティ・コンサイエンス』【闇魔法/習得レベル23】。対象と生前に関わった存在の「霊」を呼び出す魔法である。対象が多くの恨みを持たれているなら、その手は怒りに任せて対象を攻撃する。逆に感謝されているのなら、その手は癒しを与える。攻撃魔法にもなれば、回復魔法になりえる術だ。ゆえに多くの場合は役に立たない。攻撃になるか回復になるかも分からないし、大前提として、普通の人間は、恨みにしろ感謝にしろ、最大で10人分程度の霊しか呼び出せない。10人の手で出来ることは限られている。

 しかし、ヨウタロウは違った。今まで殺した人間は四桁に上ったからだ。ヨウタロウはチートだ。頑強な肉体を持ち、常人とは比較にならない腕力を持つ。しかし、数千人分の腕力には勝てなかった。しかもその手は霊的な存在であるから、物理攻撃は通じない。払いのけようとしても、ヨウタロウの手は空を切るだけだった。光魔法で対処は出来たが、ヨウタロウは既に数千の手に体を引き裂かれる激痛と恐怖に飲まれ、物事を考えることなどできなくなっていた。ヨウタロウはチートだが、純粋な身体的苦痛に対する抵抗力は、この世界の平凡な人間よりずっと下だった。

 「やめろ、やめろ」

 ヨウタロウは叫ぶ。自分を包み込む中には、男の手もあった。女の手もあった。老人の手もあった。赤ん坊の手もあった。ヨウタロウの全身をくまなく、しかも何重にも手が覆った。すべての手がヨウタロウの体を掴み、乱暴に思い思いの方向に――

 ヨウタロウの絶叫が響いた。ゆったりと、赤ん坊が這うような速度で全身を引き裂かれていく。数百人分の死者の手によって、肉が割けていく音がした。骨が砕ける音がした。そしてバンっという大きな音と共に、ヨウタロウの肉体は木っ端微塵に引き裂かれた。ギレイは残った欠片を灰になるまで燃やした。こうした戦いをずっとやってきたのだと分かるような、慣れた手つきで。数分も経たないうちに、ヨウタロウとその仲間たちは、跡形もなくこの世界から消失した。

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