そして、彼がやってきた.8
取り残されたナギの苛立ちは、頂点に達していた。
大きな揺れが起きて、カツヤが外へ飛び出していった。間もなくして悲鳴が聞こえた。ナギは、これがただごとではないと悟った。窓の外には、相変わらず平和な光景が広がっている。しかし、悲鳴はなおも上がり続けていた。ここからは見えないどこかで、何かが行われている。残虐な何かが。
「ちくしょう! どうなってやがんだ!?」
ナギは何とかして状況を知ろうとした。しかし今の彼に出来る事は、鉄格子を掴んでガシャンガシャンと派手な音を出す程度だった。彼は初めて村から勝手に抜け出そうとしたことを後悔した。そうしなければ、少なくとも檻にはいなかった。今、何が起きているか知れたかもしれない。
その時だった。
「……チートですね。さっきの揺れは、強引に結界を突破した反動だ」
ギレイがいった。そして彼もまた鉄格子の前に立ち、
「ナギさん、下がってください」
「何言ってるんだ? それより、こいつを引っぺがすのを手伝ってくれよ。オレら2人でやれば、ひょっとしたら脱出できるかも――」
「いいから下がって。巻き添えを食いますよ」
「は?」
ギレイの目が、変わった。そこに生命の輝きはなく、純粋な殺意を宿したガラスのような目だった。ナギは一瞬、自分が殺されるのではないかと錯覚した。いつもなら憎まれ口を叩くところだが、慌てて鉄格子から飛び退いた。
するとギレイが背中から剣を抜いた。赤い刀身の片手剣だった。ナギには、その剣が仕込まれていたものではなく、魔法力によって無から具現化したものだと分かった。無から物を作り出す魔法も存在する。かなりの使い手にしかできない。ナギも本で読んだから知っているだけだった。
「お、お前、そんな芸当ができたのかよ?」
ナギの質問に答える前に、ギレイは剣を振るった。途端に鉄格子が一瞬で真っ赤に染まり、そのまま溶けて崩れた。ドロドロになった鋼鉄の熱気と、何よりその突然の異変に、ナギの全身から汗が噴き出した。
「な、何をしたんだ、あんた……」
「村長が危ない」
ナギは下腹部が重くなっているのを感じた。炎の魔法は今まで何度も見たことがあったが、しかし鋼鉄が一瞬にして液体に変わるほどの威力のものは初めて見た。初めて見る光景に、腰が抜けそうになっている。股の筋肉は弛緩して、小便が漏れそうだ。しかし気圧されそうになっている自分に気がつき、「舐められてたまるか」と、ナギはあえて強気な口調で返した。
「オ、オレの質問に答えろよ! 無視するんじゃねぇ!」
しかしギレイはナギの方を振り返ることなく、外へと突っ走っていった。
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