そして、彼がやってきた.7

 カツヤの想像は、当たった。

 「お前が術者だな。遅いよ」

 ヨウタロウが不機嫌そうに言った。その足元には、すでに10人分ほどの肉片が散らばっている。村人だったものだ。

 「どうして殺したんですか!?」

 カツヤがいった。ヨウタロウと、その後ろにいる3人の女を睨みつける。

 「正当防衛だよ。こいつらは武器を、俺と、俺の嫁に向けたんだぜ? そんなことをするなんて、そりゃ殺される覚悟してるってことだろ? だからオレは、オレの大切な人たちを守るために戦ったんだ。な?」

 「守ってくれなんて、一言も言ってないけどね」

 剣士のエリナがいった。

 「まぁまぁ、悪気があってのことじゃないし。手間が省けたって考えようよ」

 格闘家のミナが笑った。

 「それより――目の前のあいつ、チートです。レベルは……【99】。ユニークスキルはありません。それと『幻想魔陣』を使い続けているせいでしょうね。魔法力が、今この瞬間も減り続けています」

 ナスターシャがカツヤの現状を分析して、ヨウタロウに告げた。

 「っぽいね。この規模の『幻想魔陣』をキープするなんて、いやぁ、大したもんだよ。オレ。この人は」

 ヨウタロウがカツヤの方を見て笑った。

 「くっ……」

 カツヤは舌打ちをした。状況は明らかに自分が不利だ。カツヤはチート同士の戦闘がどういうものかは知っていた。戦力が互角の場合、勝敗を決するのは戦略と心持ち、そして仲間の有無だ。この場合、仲間を3人連れているヨウタロウの方が遥かに有利だ。それに、自分は戦うことが得意ではない。初めてチートとして、この世界にやってきた時から、彼は殺し合いの世界にうんざりして、早々に距離を取った。そして救えるだけの人間を救うため、ここに村を築いたのだ。

 カツヤは死体を見た。死体と言うより肉片だった。元が何者かは判別不能だったが、剣や槍が落ちていた。殺されたのは巡回隊の人間だ。

 それを見て、カツヤは考える。この村を守るために、自分が今するべきことを。そして彼は、まず相手を知るべきだと結論を出した。これ以上の犠牲者を出さずに、つまり戦わずに事をおさめる妥協点を見出そうとした。だから怒りを抑えて、訊いた。

 「……分かりました。まずはこちらに多少の非があったとして、話を進めましょう。あなたもチートですね?」

 「そうそう。まぁ非は完全にそっちだけどね」

 「どうしてここが分かったんですか?」

 「嫁らとスローライフを送れる場所を探しててさ。隠れ家的な? それで旅をしていたら、ちょうどいいところでこの村の話を聞いてさ。住ませてよ」

 「悪いですが、すぐに“はい、そうですか”とは言えません。名前も聞いていませんし、何より、あなたは村の人間を既に何名も殺した。ここで生活したいというなら、まずはその正当性を証明しないと――」

 「うるせぇな。オレの名前はヤマカワ ヨウタロウ。そんで、この村の連中は、オレらを殺そうとして、オレは大事なもん守るために戦った。十分に正当だろ?」

 ヤマカワ・ヨウタロウ……こいつはクソ野郎だ。そうカツヤは思った。だが相手がクソ野郎といっても、それをそのまま口にすることはできない。戦闘のリスクを考えれば、挑発的な行動は控えるべきだ。

 「失礼ですが、正当性があるとは言えません。あなたが殺した人間には家族がいる。遺族が今の説明で納得するとは思えない。しかし、私はあなたと争いたくありません。チート同士が戦えば、どうなるかは分かるでしょう? この村はようやく作物が育つまでの土地になった。それを破壊するような真似は出来ません。だから、あなた達がこの村への移住を考えるなら、まずは犯した罪への償いと――」

 「ハハハ、真面目かよ」

 ヨウタロウが笑った。

 「お前さぁ、真面目だけどバカだろ? ぶっちゃけ、オレらお前を倒せるんだよね。村をブン取る方向で考えたっていいわけで。それをこうして話し合いで決着させようとしてんの。少しは俺の立場で考えてよ。つーかさ、お前は今も『幻想魔陣』で魔法力を消費し続けているわけじゃん。この時点で、オレとサシでやり合っても不利だ。そのうえ、オレにはちゃんと頼れる仲間がいる。お前はどうだ? この連中みたいなザコしかいないんじゃないの?」

 ヨウタロウが地面に散らばった巡回隊の肉片を指さした。カツヤは認めたくなかったが、ヨウタロウの言ったことは事実だった。この村には、戦闘に特化した人物はいない。戦うとしたら、自分1人だけだ。

 「『幻想魔陣』を張りながら、オレに思考盗聴をさせない。これだけでも大したもんだと思うよ。お前は。でも、それだけだ。このまま戦いになったら、100パー絶対完璧に俺らが勝つ。そんなことも分からずにチートやってんの?」

 ヨウタロウは、カツヤも理解している事実を言った。しかし、そこに隙があるとカツヤは考えた。ヨウタロウは自分が絶対的に有利だと考えている。油断している。だとしたら、そこに付け入るしかない。

 「ヨウタロウさん、1つ質問に答えてください」

 「何よ?」

 「人を殺して、心が痛まないのですか」

 「いや、痛むよ。でも、しょうがないじゃん。殺されそうになったら、殺すのは当たり前だし。っていうか、そもそも生きるってことは誰かを犠牲にすることだとオレは思うのよね。ほら、転生前の世界だってそうじゃん。オレらは平和な日本で生まれたけど、世界では戦争が起きまくって、人が死んでたじゃん。ああいうの、気にしてたら仕方なかっただろ? ある意味、あの頃からオレらはチートだったよね。オレらは勝ってた。ほら、生きるってことは戦いじゃん。何をするにしても、犠牲はつきもの。それをゼロにしようっていうのは、理想論すぎるよね」

 カツヤはヨウタロウの答えを、ほとんど聞いていなかった。全魔法力を右に集中することに専念していたからだ。戦略は決まった。現在の総魔法力を結集した、一撃を叩き込む。この一撃で、4人をまとめて仕留める。

 「それとこれとは、話が別でしょう。理想を捨てただけだ」

 意図的に、カツヤは挑発的な言葉を付け足した。より大きな、スキを作る。

 「はぁ? お前、それは失礼だろ? オレの話の何を聞いていたワケ? 今さっき言ったけど、生きるってことは戦いで、犠牲を出さずに生きるなんて無理なんだよ。むしろ誰も殺さずに生きるとか、そういうの、オレは偽善だと思うし――」

 ヨウタロウが瞬きをした隙をついて、カツヤは使える全魔法力を放出した。

 「『フローズン・グランド』!」

 カツヤが用いた魔法、『フローズン・グラウンド』【習得レベル92】は、任意の範囲を瞬時に凍結させる。「点」ではなく、「面」の攻撃を行う「氷」系魔法でも最高難易度の魔法だ。カツヤの目の前に巨大な氷の結晶が包まれた。あの4人はその中に包まれた。

 「勝った、いや、これで決まっていないにしても、まずは動きを止められた……」

 そう思った瞬間、カツヤの脇腹に鋭い痛みが走った。

 「ね? 私は速いでしょ?」

 カツヤの背後には、あの女剣士が――エリナが立っていた。そしてカツヤの脇腹を、その剣が貫いていた。

 「かっ……」声を出し、カツヤはその場に跪いた。戦いの行く末を見守っている村人たちから、悲鳴が上がった。

 そして地面を突き破って、女格闘家のミナがひょっこりと顔を出した。

 「あっぶなかったー。今のは紙一重だったよ。とっさに地面に拳で穴をあけて、地下に潜られなかったら死んでたかも。みんな、大丈夫?」

 続いて地下から這い出したナスターシャが答えた。

 「無事。今の攻撃は『フローズン・グラウンド』。最初にこちらの動きを止めて、追撃する戦法だったんだと思いますが……初手を回避できましたし、エリナも有利な位置を確保できました。この戦い、イケます」

 最後に、ヨウタロウが地中から勢いよく飛び出した。

 「てめぇ、いきなり攻撃するなんて、卑怯だぞ。オレは卑怯モンは大嫌いだ」

 「卑怯じゃないわ。作戦よ。ヨウタロウ、あなたはベラベラ喋ってたけど、あれもコイツの作戦の一環。魔力を溜めにために時間を稼がれていたの」

 「ははっ、なるほどね。エリナって、相変わらず抜け目ねぇなぁ」

 「あなたがボーッとしすぎなのよ」

 笑い合うヨウタロウとエリナを見て、「ちっ……」とカツヤが舌打ちをする。脇腹を押さえる。痛みは耐え難いが、それでも構えを解くわけにはいかない。戦わないといけない。しかし、

 「無駄な抵抗は、やめた方がいいわよ」

 カツヤの背後に立つエレナが言った。彼女の持つ剣の切っ先が、カツヤの首に触れた。少し力を込めれば、喉を貫くことができるだろう。

 「チートが強いのは認めるわ。でも、さっき見たでしょう? 私は私で結構強いのよ。もう一度、試してみる? あなたと私、どっちが速いか」

 カツヤは震えた。命の危機を感じたことは何度もあったが、これは今までで最悪のケースだった。しかし――

 「悪いですね。あんたらみたいな人間を、この村に入れるわけにいかない」

 強がりではなく、自分を鼓舞するための言葉を吐いた。

 「おいおい、お前サイテーだな」

 ヨウタロウが言った。

 「なんでオレらはダメなの? 差別すんの? あっ、つーか今さ、『あんたらみたいな』っていったよな? 見た目とか、考え方でオレらはダメってこと? それって差別じゃん。差別はよくねぇよ」

 ヨウタロウは笑っていた。一方、カツヤは鋭くヨウタロウを見据え、

 「違います。あんたらみたいな悪人を憎むのは、当然のことです」

 「悪人? オレらが?」

 ヨウタロウの表情が変わった。真剣な顔だった。

 「違うよ。そりゃオレらが正義だとは言わねぇけど、オレらは普通に、やりてぇようにやってるだけだ」

 「人を殺しておいて普通だって?」

 その言葉を聞いた途端、ヨウタロウが吹き出した。

 「ははっ、今さらそんなこと気にする? それはお前、偽善だよ。リアルじゃないね。現実問題として、この世界じゃ殺人なんて普通じゃん? オレもそうだし、基本的にチートはみんな殺人なんて普通にやってる。つまり、みんな好き勝手やってるわけよ。なのに自分だけ我慢するのって、それこそ理不尽だし、おかしいだろ。俺は自分に正直に、ありのままに生きてるだけだよ。お前、あれだな? さては損する性格だな?」

 ヨウタロウの笑い声が響く中、カツヤは、周りを見渡した。

 村人たちが青白い顔でこちらを見ていた。老人もいた。夫婦もいた。子どももいた。男もいた。女もいた。どちらでもないのもいたし、人間ではない者もいた。そのすべてが、カツヤをじっと見つめていた。手を組んで、祈っている者もいた。

 「……僕も、最初にここに来たときは、そう思った」

 カツヤは言った。それはヨウタロウと分かり合うためでも、話しかけて時間を稼ぐためでもなかった。砕けてしまいそうな己の膝を支えるため、自分に言い聞かせるための言葉だった。忌まわしい思い出を掘り起こすための言葉だった。

 20年前、カツヤはこの世界へ転生してきた。自分は何でもできると知ったとき、まずは前の人生で満たせなかった欲望のために生きようと思った。そして、その希望はアッサリと実現した。チートであることを名乗るだけで、ある集落はありったけの食料を差し出してきたし、実の娘を差し出す両親もいた。

 「最初はそうだった。こんな力を得たんだ。好きに生きないと損だって……そう思った。でもさ――」

 カツヤは、その集落で餓えて死んでいる子どもを見た。ツノがあったから、オークの子だろう。骨と皮だけになって、目を見開いて、舌を突き出したまま死んでいた。カツヤは生まれて初めてそんな死体を見た。お葬式で見た、花で彩られた祖父母の死体とは全く違う。苦しみながら死に、そのまま放置されている死体だ。どうしてその子供が死んでいるのかと考えたが、すぐに自分が食った食料と、たらふく飲んだ水を思い出した。

 この子は、僕を生かすために死んだんだ。

 もちろん直接の原因ではないかもしれない。自分が食べなくても、この子に食料はいかなかったかもしれない。しかし、目の前の死体と自分の満腹が結びついたとき、カツヤは腹の中が空っぽになるまで吐いた。

 「この世界には苦しんでいる人たちがいる。放っておいたら、そのまま死んでしまう人たちがいる。腹を空かせて、恐怖におびえて、死んでしまうんだ。そして僕には、それを防ぐ力がある……」

 その日から、カツヤは変わった。その集落を結界で覆い、旅の盗賊たちや他のチートから見えなくした。照り付ける日の光を歪ませ、地下の岩盤を砕いて水を引いた。いろいろな人から話を聞いて、この世界の農業と畜産業について学ぶと、食料を作るために土地を拓いた。成果を出すには、長い時間がかかった。村人たちは最初こそカツヤを恐れたが、次第に彼に心を開き、やがては共に畑を耕すようになった。

 「だったら、僕は人を守るために力を使いたい」

 村では子が生まれるようになり、流れ者も積極的に受け入れた。そして20年経った現在、村の人口は150人ほどになった。このまま増え続け行くだろう。自分はどれくらい生きられるのか分からないが、死ぬまでこの村を守りたいと思っている。それくらいしなければ、あのとき、餓えて死んでいたオークの子に申し訳が立たない。

 「ここに生きている人たちには、ここの人たちなりの人生がある。僕らと何も変わらない。殺していいはずがない。この力を、こんな荒れ果てた世界で授かったなら、1人でも多くの人を守るために使うべきだ」

 カツヤがそう言い切ったとき、ヨウタロウは今日、一番大きな声で笑った。

 「だから、それが偽善なの。つーかさ、お前って自分がイイ恰好したいだけだろ? やっぱ偽善者だわ。愛は地球救うとか思ってるタイプの。つーか、オレさ、ピンと来たんだけど……お前、転生する前の世界じゃイジメられっ子だんだろ? オレには分かるよ。だって、オレだったらお前みたいな偽善者、絶対にイジメてるもん」

 「チート同士のお喋りは、もういいかしら? そろそろ決着をつけない?」

 カツヤはエレナの剣に、かすかに力が加わるのを感じた。状況は圧倒的に不利。しかし、殺されるわけにはいかない。僕にはまだ、抵抗するだけの力がある。

 カツヤは覚悟を決めた。僕は死んでも構わない。どんな手段を使ってでも、必ず村のみんなを守る。

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