そして、彼がやってきた.6

 「やっと来やがったな! 待ちくたびれたぜ!」

 カツヤが檻の前に来たとき、ナギは鉄格子を両手で掴み、青いクシャクシャの髪を乱しながら、怒鳴りつけた。もっとも、その怒鳴り声には相変わらず威圧感は全くなかったが。

 カツヤは穏やかな調子で答えた。

 「ナギ、あなたは後回しです。それより、もう1人の方に用があります」

 「おお! てめぇオレを無視するってのはどういうことだ!?」

 「ナギ、静かにしろ! 村長に無礼な口を聞くな!」

 カツヤと一緒にやってきた若者が止めたが、

 「構いません。いつものことですから。ナギさん、君とはあとでゆっくり話をすると約束しますから。今は、そちらの方と話をさせてください。えっと、名前は……」

 「ギレイです」

 「なるほど、ギレイさんですね。単刀直入に聞きますが、あなたは何者ですか?」

 そう尋ねながら、カツヤはギレイの能力値を確認した。『カウント』【光魔法/習得レベル5】という魔法を使った。これを使えば、相手の力を数値で視認できる。ギレイの総合レベルは【12】。この危険な世界を1人で旅する人間としては、平均よりやや低い。

 ギレイは答えた。

 「ただの旅人です。あなた達に敵意はありません。水も、そこの彼……ナギさんから頂けました。迷惑にならないように、すぐにこの村から出ていきます」

 「話が早くて助かります」

 答えに反して、内心でカツヤは戸惑った。目の前に立つ男は、物分かりがよすぎる。今まで迷い込んできた者は、人間にしろエルフにしろオークにしろ、誰もが村に残ることを前提にしていた。しかし、目の前の男はハッキリとした口調で出て行くと宣言したのだ。

 変わった男だ、とカツヤは思った。ここからは言葉を選ぶ必要がある。

 カツヤは少し低い声で言った。

 「けれど、一応はあなたのことを調べさせてください。これからどうするかを決めるうえで、あなたをもっと知っておく必要があるんです。村を守る私の務めなので」

 「当然でしょうね。この村は隠された村だ。存在を知っている者は最小限に絞らないといけない。住人以外には村の存在は隠すべきでしょう。『幻想魔陣』は雑魚なら弾けるが、チートなら突破できる。少なくとも私がチートかどうかは、確かめておくべきでしょう」

 カツヤはギレイの返答を聞いて、少し考えた。この男は『幻想魔陣』のことを知っている。ある程度の魔法の知識はあるようだ。ならば使い方も知っているだろう。

 カツヤはギレイのことを危険な存在かもしれないと思ったが、しかし嫌な予感はしなかった。ギレイの言葉は事務的だが、安心できる柔らかさを兼ね揃えていた。渇きを満たした顔には――相変わらずありふれた顔だが――魅力的な微笑みを浮かべている。カツヤは転生前の学生時代を思いだした。あの頃は、こういう自然な笑顔をよく見かけた。会社員になってからは、笑顔に打算が生じた。「笑顔でなければ、敵だと見なされる」そういう場所で、彼は働いていた。

 カツヤは答えた。

 「そういうことです。失礼ですが、上着を脱いでもらえますか? あなたがチートかどうかを確認しておきたい。すべてのチートには、心臓の位置に転生を意味する矢印の模様が入っている」

 「わかりました」

 ギレイが上着を脱いだ。その途端――

 「おおっ……」

 カツヤは驚きの声をあげた。ナギも、カツヤの取り巻きの若者たちも、息を飲んだ。ギレイが柔和で、ごくごく平凡な顔に不釣り合いな、鋼の肉体を持っていたからだ。

 カツヤはチートであり、自分以外にも何人ものチートを見てきた。彼ら彼女らは理想の外見を体に入れて、現実離れした美貌を持っていた。彫刻のような筋肉を持っている者も多いが、目の前にいる男はそれらとは明らかに異なった。均整が取れているのではなく、むしろ歪で異様な筋肉の隆起があった。だからこそカツヤは驚いたのだ。転生する以外、いったい何をしたら人間の肉体がこうなるのだろうか? このような肉体を手に入れるまで、この男はどんな日々を送ったのだろうか? 

 そしてカツヤは男の胸に刻まれた、奇妙な模様に気がついた。男の胸には小さな入れ墨があった。ちょうど心臓のうえに、半径1センチほどの黒い丸が刻み込まれている。それを円形に囲むように六つの形の異なった刃の柄があり、そのやや下のあたりに、一本の横線が引かれていた。ちょうど太陽が地面を照らすような絵柄だ。

 「太陽? これは……」

 カツヤが尋ねようとしたその時、

 「うおおっ」

 ナギが驚きの声を上げ、飛び上がった。爆音がして、大地が揺れ始めたのだ。

 「なんなんだ、地震か?」

 ナギが声を上げる。周囲を見回し、大人からの答えを待つ。しかし誰もが答えを出せず、ナギと同じように他人の顔を見た。

 ただ1人、カツヤだけはその正体を瞬時に把握した。

 「ナギさんとギレイさんを檻に戻して。それと、みんなは中に隠れて」

 「ああ? どういうことだよ!?」

 ナギの質問を無視して、カツヤは駆けだしていた。見張りの男たちもそれに続いた。

 カツヤは確信していた。誰かが力任せに結界を突破しようとしている。この振動はそのせいだ。そして、恐らくはこのまま破られてしまうだろうし、こんなことができるなら……相手は自分と同じ。つまり、チートだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る