初めて告白されたけど、てんぱりすぎて逃げ出した。どうしよう。
京宏
告白されたけど、わちゃちゃちゃちゃ
冬が訪れたと、風が言った。
確かに、夏と秋にはない寒々とした、極小の氷が、風の中に含まれている気がした。
部屋に入ると、私はベッドに倒れふした。布団の柔らかさは顔を労わるように包んでくれる。
十数時間前の住人――つまり、私の残り香が毛布の中には染み込んでおり、ここが私の領域であると実感すると、そっと
「やばかった、やばかった、やばかったー!」
口から出た音は狭い部屋中を反響する。
言葉は不思議だ。自分の中だけでは抑えきれないことを口にして出すと、まるで出し先を自分の一部に代えてしまうような気がする。
今でいうと、私の周囲のこの空気も、私の内臓の一部になった感覚がある。
何を言いたいかというと、大声を出して、少し冷静になれた。
蛍光灯の光は常に一定で場を照らす。客観性の大切さを私に背中で語っているよう。
そうだ。客観性。客観性だ。
私の名前は
これまで付き合った彼氏は……0人。
好きな人は。。。
突然両手が私の制御に効かなくなった。いや、背中も、頭もだ。
身体が脳の思考の邪魔するように、がばっと上半身を布団から起こしたのだ。
目が勝手にきょろきょろと部屋中を見渡す。何か、何かないかな。今の
「コーラだ!」
わざわざ大声を出した。煩い。私一人しかいないのに、何を言っているんだ。……いや、他の人がいてもマヌけなだけか。
何が「コーラだ!」か。8才の少年かよ。やんちゃかよ。
ごくごくと机の上のコーラを飲む。炭酸きついな。相変わらず、一口目の至高の美味のあとに、嫌に尾を引く甘ったるさがある。
数学の
いや、言い過ぎだ。コーラはそんな毒とした粘着質ではない。コーラは好きだ。
炭酸で苦しくなって、手で胸を押さえた。
言い訳だ。それを体にして、この、かつてないほどに鳴り響いている心臓の爆音を押さえたいのだ。
コーラを置いた机の、木製の冷たさが心に刺さる。
いま何時だろう。――23時か。
「――
言葉に出して、恥ずかしさから顔を赤くする。乙女と言うなかれ。私はその通り、シャイな処女なのだ。
今日の黄昏の情景に心が没入していく。
突如彼からLINEで呼び出された私は、
人はまばらで、川の側道の舗装されたアスファルトが往来のなさに一息ついているような夕暮れ時だ。
――赤い傘を遠くで見たとき、古奈さんが来たと思ったよ。やっぱりそうだった。
彼は細い目をさらに細めながら、そんなことを言ってきた。
私はその顔を直視することができず、下を向いたまま、立ち尽くしていた。
視界はカメラのレンジを絞ったように外縁の幅が極度に狭まり、しかしその中心もまた朧気でよく覚えていない。
ただ、雨が橋に落ちる音の反響がざぁぁと波のように色付けていて、心臓が胸から飛び出るほどに暴れていたことをだけが残っている。
――君のことが好きだった。2年間、初めて会ったときから、ずっと。
言葉に殺されると感じだのは、この時が初めてだった。いや、今後もないだろう。
佳那汰君の口から洩れた音を耳が聞き取った刹那に、私の、私たらしめているあらゆる機関は作動を止めた。心臓も胃も、手も足も、脳も、心も魂も!
シャットダウン。超負荷によってフリーズしたスマートフォンは、無理矢理に再起動される。もし、この時再起動に失敗したらならば、私はこの世からバイバイするだろう。死因は告白による心臓発作だ。
そして再起動するのは、スマホの内部の処理ではなく、スイッチを押すという無理矢理な外部からの干渉によるものだ。
故に、この時の私の意識を顕界に戻したのも、やはり外からの刺激である。
――よかったら、僕たち、付き合えないかな?
その言葉の意味はさておいて、文末のこの「?」が大事であった。何に大事かと言えば、私をこの世にとどめておくことにである。
問われれば答える。人間社会を構築する健全な女子高生として、常識以前の当然のことだ。
停止した機能は答えを出すために稼働を再開する。ふー、息ができる。
ところで、答え? 何の? 付き合えないか? 誰と、誰が?
。。。私と佳那汰くんが!?
「ひゃぁぁぁぁあああ!」
このマヌけな私の叫びを笑わないで貰いたい。
これはそう、緊急的な措置である。ウィルスを検知したパソコンが緊急的警告を出すように、誰が何してようがおかまいなしに強制に(大体にしてこれが出る時は”よろしくないこと”をしている時であるが)出てくるアレと同じである。
我が身体は二度目のフリーズという失態を避けんがために、恥を捨てて至急の対応を行ったのだ。
それ故に、その結果が、この奇妙な発声、およびそれに付随する逃避――つまり、持っていた傘も投げ捨て、彼の前から走って逃げたことであっても、それは致し方のないことであり、私は一向に後悔を、、、後悔を、、、後悔。。。
「うぐぅ」
あの時からの時間が朧気だ。ご飯、食べたよな? うん、母さんと父さんのちらちらと様子を伺う横目がうざかったことを覚えている。お風呂も入った。茫然とシャワーを身体に当て続けること2時間。母さんに怒鳴られて慌てて上がったんだ。
宿題は?。。。やってない。やる気もなければやる頭も体力もない。どうしよう。
どうしよう。どうしよう。
「ううぅ。それもこれも
そうだ。佳那汰くんが悪い。奇天烈な醜態を晒したのも、母さんから怒られたのも、宿題ができていないのも、今こうして眠れずに悩んでいるのもの、全部、彼のせいだ。彼のことなんでだいっきら。。。
。。。
窓を開けた。風の中に潜む冬の気配が嬉しかった。
私のことを好いてくれる人が現れるなんて考えもしていなかった。だって、私は私が嫌いだったから。
部屋の片隅にある本棚の前に立つ。そこには何度もページを繰られてすり減った心の拠り所たちがいる。
気に入った物語を、何度も噛み締めるように読むのが好きだった。読むたびに、頭の中の想像はより鮮明に詳細になっていき、そこで自分も息をしているかのような感覚を、実際に体験したかのような喜びを得ることができた。
――
母の戸惑いを含んだ問いかけに、私は首を振るだけだった。
きっかけは何だったか。
物語の中の私は無色透明で、存在するようなしないような、例えしたとしても描かれる場景に適切な容姿をした、漠然とした「綺麗な私」であった。
中学生の時初めて友達と花火大会に行った時、テンションが爆あがりな私たちは写真を撮りまくった。
夜空に打ちあがる火の線は、ぱっと消えたかと思うと花を盛大に咲かせ、そしてこちらが感動を覚える前にするりと去っていく。ずるがしこい。「なんか遊び人のイケメンに一晩だけやり捨てられたみたいだね」と、清純な乙女ども(友よ、そう信じているよ。。。)が妄想の汚い話をしながら、次々にあがっていく”イケメンたち”を背景に、パシャリパシャリと。
中学生時代の最高の思い出を持って家に帰ってきた私は、さっそくさっきまでの楽しい思い出に浸りたくて、スマホの写真フォルダを開けた。
――。
そこにいたのは、まるで人がメルヘンの森で紅茶を飲んでいるときに、現実世界の森の蟲どもを解き放たれたような。おえっとする、
自分はきらきらした、あの女子高生たちの世界に、入ることはできない。
喪服だ。化石だ。私はちんまりとした自己の世界の、過剰に肥大化した妄想の底の底に沈殿してゆく。
そこでは諦めと怠惰と、安心感が冬の毛布のように体を温めてくれて、もはや抜け出すことなどできないと、そう確信していたのに。
「そうだった。全部、佳那汰くんのせいだった」
彼が私の静かな世界をぶち壊した。壊れた世界を前にして、私は動けなかった。いや、嘘だ。逃げたんだ。怖くて、恐ろしくて。
そしてこの場にいる。私しかいない世界。目の前には本棚。慣れ親しんだ物語がある。毛布はまた作ることができる。繭を作り、かえらぬ蛹となり。
一冊の本を手に取った。持つ感触に違和感があった。カバーなどとうに破れてしまったボロボロに擦り切れている本は、それでも温かく、おばあちゃんに手を握られたよう。
”もういいんじゃない? ここにはいつでも戻ってこれるよ”
何故か、頬を涙が伝った。
本を胸に抱きしめて、泣いた。
ピコンと、スマホから音がした。
LINEだ。
覗くと、佳那汰くんからだった。
――――『今日は突然ごめん』
――『私のほうこそ、逃げちゃってごめんなさい』
――――『返事は、無理しなくて良いから。僕が勝手に古奈さんのことを好きなだけだから。』
そのメッセージを見た時、すぅぅと、何かが氷解していくのを感じた。あれから今のこの時間まで苦悩していたのは私だけではなかったんだ。
――『ううん。ちゃんと返事はするよ。だから少しだけ待って。5分間だけ』
深呼吸を一つ。片手に持っていた本を、本棚にそっと戻した。
”またね”
ベッドに腰かけて時計をじっとみる。
とりあえず、ディズニーランドには行きたいな。
ジェットコースターとか、乗れるかなあ。パレードは見たい。
傍で佳那汰くんの細い目が笑顔で歪むのを想像して、思わず笑ってしまった。
写真、撮りたいな。少し怖いけど。でも、できたら、一緒に。
5分後きっかりに、ぴこぴことLINEを打つ自分を想像して、私はまた笑った。
初めて告白されたけど、てんぱりすぎて逃げ出した。どうしよう。 京宏 @KyohiroKurotani
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