第3章 勝利の処方箋

ー翌朝ー


「何だ? こんな朝から」

 ぶっきらぼうな話し方。慣れていた筈の鷲見も一瞬たじろいだ。

 が、直ぐに気づく。

(これがシュルツの手だ)

「私の今後についてお考えをお聞きしたい」

「俺の考えは人事部長が伝えた筈だ」

「もはやヴェルケ大阪に私の居場所はない、とのことですが、理由をお聞かせください」

「何故そんな理由を言わなきゃならん。これは俺の意思で、会社の決定だ」

「解雇事由の提示は、雇用者側の義務です。日本で事業を営む法人は、誰であれ日本の法律への遵守が求められる筈です」

「なるほどな。これだから下がる訳だ。日本人の生産性がな。今や日本は低生産性国の代表だ。『君達は黙って我々の指針に従えば良い』と言いたいところだが、今回だけは特別に話してやるよ」

 鷲見を立たせたままシュルツは捲し立てた。

「君は俺の要請を拒絶した。会社の方針に逆らったことになる。これは会社の利益を毀損したとして十分解雇理由になる。分かるか?」

「先月末の追加仕入のことをおっしゃっている様ですが、むしろ架空売上を防いで会社とあなたを不正から救ったと思っていますが」

 案の定、シュルツの顔はみるみる充血し赤鬼の様な形相に変わっていった。

「うるさい! 何と言おうが、お前には今月一杯で辞めてもらう。もう、用は無い。出て行け」


 鷲見は社長室を出た。

 胸のポケットに入れたスマホを取り出し、ボイスメモのポーズを押した。その足で飯田橋の中央労働基準監督署へ向かった。

 翌日、鷲見はウィッスルブロワー(内部告発者)制度を使ってドイツ本社の外部窓口へ連絡し、求められる詳細情報を添えてクレームをファイルした。その事実をミュンヘン本社の人事担当VPとなっていたマーク・ボリスに伝えた。

「スミ、ありがとう。これでヴェルケの腐ったリンゴを、また一つ排除できる」


 ヴェルケ・ジャパンの社長交代がドイツ本社から報じられたのは、その1ケ月後だった。


 その直後、怪メールがヴェルケ社内イントラ・ネットに掲載された。

「マーク・ボリスが遂にシュルツ追い出しに成功した。二人は入社以来の犬猿の仲で、事ある毎に衝突してきた。マークの執念は凄まじく、横暴なシュルツの立ち居振る舞いを常時チェックする為に人事部異動を申請し『社内スパイ』まで暗に飼っていた。これで、向こう10年マークの天下だろう」

                  

<完>

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創られた奇遇 海斗大地 @Sonny

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