03 over extended.

「あ、どうもどうも」


 彼の行きつけの、床屋。


「いつものようにお願いします」


 彼が、席に座って。


 髪が切られはじめる。

 落ちていく髪。床に落ちる前に、キャッチして。匂いをたしかめる。彼の匂い。舐めてみる。彼の味。


「おいてめえ。静かに座ってろよ。床屋さんどん引きしてんだろうが」


「あ。ごめんなさい」


 静かに席に座って。口に残った彼の髪を、なんとなく噛んでた。


 彼の頭は、血がちょっとたくさん出ただけで、大丈夫だった。どちらかというとわたしの頭の横のほうが大事おおごとで、MRIとか精密検査とかもした。結局、一時的な健忘以外は特に何も異常はなかった。


 彼だと偽装した見知らぬ誰かは、そのまま静かに処理されていった。ニュースにもなっていない。誰なのかは、結局、分からないまま。


 彼に訊いたら、にこっと笑って、気にするなと言った。


 床屋さん。

 手早い動作で、彼の髪を切り揃えていく。


 すぐに、かっこいい髪型の彼ができあがった。


「よし。ありがとうございます」


 床屋さん。

 奥に消える。


 そして、何かを持ってきた。


「え」


 彼の服。

 彼の財布。


 あのとき。私が死体に着せかえた。


 床屋さん。

 見覚えが。

 あるかもしれない。

 もしかしたら。あのとき、私が着せかえた。


「おっ。やった。次は1000円割引だ」


 彼。にこにこしている。

 床屋にお辞儀をして。


「さあ。行くぞ。気にすんな」


「うん」


 彼に言われるまま。

 床屋をあとにした。


「次は、どこ行くの?」


「郊外のショッピングモール。指輪買おうかと思って」


「おかね。あるの?」


「クレジットカードに入ってるよ。この国が不正をした分だけな」

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記憶 春嵐 @aiot3110

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