初恋

星ぶどう

第1話

 4月1日11時30分、僕の高校の入学式が終わった。ここは私立M高校。この学校での入学式は2回目だ。なぜなら中高一貫校だからだ。だが高校から入ってくる生徒もたくさんいる。中学の時に比べ、人がだいぶ多かった。僕は期待で胸がいっぱいだった。いよいよ明日から僕の高校生活が始まる。

 次の日、僕は初めて新しいクラスに入った。昨日は入学式だけだったから体育館しか入れていない。中学と高校の校舎は結構離れているので、中学の頃は高校に来たことがなかった。ちなみにこの学校は3年前に中学校ができたばかりなので人数が少ない。1学年50人の2クラスだ。それで高校になったら1クラスにまとめられた。クラスメイトとは全員友達だ。

 高校生になったら僕はやりたいことがあった。それは恋愛をすること。中学校の頃はまだ早いと思い、恋愛には興味がなかった。だから高校ではリア充になろうと誓った。

 僕がクラスに入って最初に思ったのは女子の変わりようだった。制服が変わったのはもちろんだが、それよりも髪型がだいぶ変わった。中学の時と比べ規制が緩やかになったので、みんなそれぞれ自由にアレンジしている。なんだか少し可愛くなったような気がした。男子はいつも通りだった。

 中学の時にうちの学年でも付き合っている人がいた。そいつの名は石川優馬。優馬は中学時代に3人の女子と付き合っていた。全員うちの学年で、僕のクラス1人と隣のクラス2人。まあ、2クラスしかなかったので全員知り合いだった。ちなみに3人目の子は高校入学時に別れたらしい。また新しい恋を見つけようとしているのかもしれない。

 高校生になってから半年が過ぎた。未だにこれといった出会いはない。部活はバスケットボール部に入ったがタイプの子はいなかった。それにうちの学校では中高一貫の生徒はクラス替えがない。だから他クラスと接する機会が少ない。

 2学期の中間テストが終わった1週間後、うちのクラスで席替えをした。僕は窓ぎわの前から4番目の席になった。仲のいい奴らとは席が離れてしまい、周りには仲のいい友達はいなかった。ああ、僕はついていない。僕は中野彩花の隣になった。彼女は優馬の元3人目の彼女だった人だ。何で別れたのかは詳しく聞いていない。彼女も中学の頃はポニーテールだった髪が今はおろしている。意外と似合っていた。

ある日、古典の授業が始まる5分前に僕は宿題があったのを思い出した。今からやっていては間に合わない、誰かに見せてもらおうと思った。だが、宿題を見せてもらおうにも周りには仲のいい友達がいなかった。僕は結構シャイな性格であまり人に話しかけるのは得意ではない。でもこのままだと先生に怒られる。どうしよう、と僕が困っていると隣から宿題のプリントを持った手が伸びてきた。

 「忘れたんでしょ、これ見せてあげる。」

 彩花だった。彼女は笑顔でプリントを貸してくれた。その時僕の脳に衝撃が走った。この子、こんなに可愛かったんだと。中学の頃はそうは思わなかった。高校生になっただけでこんなに変わるものなのか。

 僕は急に緊張してしまい、体が硬くなった。

 「あ、ありがとう。」

 「どうしたの?顔が赤いよ、大丈夫?」

 「だ、大丈夫。」

 僕は高校生になって初めて恋に落ちた。ついに恋愛ができるかもしれない。しばらく彼女と隣だなんて。ああ、僕はやっぱりついてる。優馬が付き合いたくなったのも納得がいく。中学の頃からあいつはこの可愛さに気づいていたんだ。

 僕は彩花と付き合おうと決めた。だが、なかなか勇気が出ず話しかけられなかった。度々向こうから話しかけてくれていたので、その時は少し会話がはずんだ。趣味や好きなゲームなどを聞いたりして話を合わせるために、彼女がやっているゲームを始めたりした。

 僕は彩花との距離をもっと縮めるために部活をやっているところを見せようと思い、体育館に呼んだこともあった。スポーツができる男はかっこいい。そう思い、自分がバスケットボールをしているところを見せようとした。あまり上手くはなかったので、その時はあまりアピールをできなかった。それに彼女はあまりバスケットボールに興味がなかったようだったので、距離は縮まらなかった。その後、席替えをしてからは全く話さなくなってしまった。僕は臆病な自分が嫌いだった。そして何も成長しないまま僕は2年生になった。

 中学の頃、優馬はクラスメイトから結構リア充と言われ、からかわれていた。だから僕が付き合い始めたら周囲の奴らは僕をからかってくるにちがいない。その不安もあり、なかなか自分に素直になれなかった。高校生になる前にリア充になろうと決めていたのに。僕は自分が情けなかった。

 僕は彩花が好きだということをずっと周囲に隠してきた。友達や彩花本人から

「好きな人いるの?」と聞かれることもあったが、照れ隠しに「いない。」といつも答えていた。いつかチャンスがくるだろうと僕は思い、そのチャンスを待っていたがそのチャンスはこなかった。

 2年生の5月、僕はまた優馬が付き合い始めたという話を聞いた。相手は彩花だった。

 「1回別れたはずなのに。」

 僕は悔しかった。そして胸が痛くなった。別に優馬を恨んでいるわけではない。自分の気持ちに素直になれなかった、自分自身が悔しかったのだ。その夜、何もできなかった僕はベッドでひっそりと涙を流した。

 その後、2人の関係は結構続いた。周囲から、からかわれても優馬は平気な顔をしていた。僕も嫉妬して友達と一緒にからかってしまった。こんなことをしたら嫌われるかもしれないと心の中ではわかっていたのに。

 1回付き合っただけあり、2人は仲が良かった。お互い諦めきれなかったんだろう。だが今さら後悔をしても遅い。きっと2人の関係は卒業まで続くだろう、そう思っていた。

 しかし2年生の1月、僕は2人が別れたという話を聞いた。本当は思ってはいけないと思ったが、僕はうれしかった。チャンス到来だ。だがあれほど仲が良かった2人だ。何か事情があって別れたのかもしれない。そうだとすれば彩花は僕と付き合ってくれないかもしれない。あせりは禁物だ。まずは別れた原因を突き止めようと思った。

 2月の上旬のある日、僕は優馬を自習に誘った。うちの学校には自習室があるので、そこでじっくり話せると思った。彼は快く承諾してくれた。そしてその日の夕方一緒に自習することになった。

 自習室には誰もいなかった。僕らは2人で机を合わせて英語の勉強を始めた。

 20分ほど勉強した後、僕は本題に切り出した。

 「あのさ、優馬。」

 「何?」

 「今さ、誰かと付き合ってるの?」

 「いや、誰とも。」

 「そっか。」

 僕は心の中でガッツポーズした。今なら彩花と付き合えるチャンスかもしれない。だがまだ安心はできない。問題は別れた原因だ。僕は落ち着いて聞いた。

 「何で優馬は彩花と別れたの?」

 「あー、それは…俺のせいなんだ。」

 「どういうこと?けんか?」

 「いや、けんかじゃないんだ。」

 優馬はそのまま話し始めた。

 「実は俺、持病があってな。それが少し悪化し始めたから自分から別れたんだ。」

 僕は目を丸くした。今まで優馬にそんな秘密があったとは全然知らなかった。優馬は続けた。

 「俺、中学の頃に親が離婚してさ。学校では心配かけないように平気なふりしてたけど。」

 「そうだったんだ。」また僕は目を丸くした。

 「だけどやっぱり心ではすごくショックを受けていて。それを少しでも和らげようと思っていろんな人と付き合い始めた。誰かを好きになれば忘れられる、励ましてくれると。」

 僕は黙って聞いていた。中学時代にそんな重いものを背負い込んでいたなんて、全然気づかなかった。

 「でもその頃の俺はちょっと変になってたみたいで。優しくなれずについ、彼女に傷つくことを言ったり、暴言を吐いたりしたんだ。だから長続きしなかったし、一緒にいて楽しくなかった。」

 僕は納得した。だから3人も彼女をつくったのかと。

 「だけど俺も高校生になって離婚を受け入れた。そして初めて本気で誰かを好きになれたんだ。」

 「それが彩花だったと…。」僕は聞き返した。

 「そう、だからこの恋は大切にしたいと思っている。」

 「これからも付き合う気はあるの?」

 「うん、病状が落ち着いてきたらまた付き合おうと思ってる。俺は今でも彩花のこと好きだから。」

 やはりそうなのかと、僕は思った。まだ彼には彩花への恋心が残っていた。

 それから1時間ほど自習した後、僕たちは下校した。その帰り道、僕はずっと優馬の言っていたことを思い出していた。

 『俺は今でも彩花のこと好きだから。』

 僕は彩花とは付き合えない。付き合ってはいけない。そう思ってしまった。

 それからの日々、僕は優馬を観察していた。付き合ってはいないとはいえ休み時間の時は彩花とよく話していた。やはりまだお互いに恋心は残っているようだ。時には彩花の方から優馬に話しかけに行ったり、互いの髪を触っていたりもしていた。僕はなんだか胸がイタかった。そしてそのまま3年生になった。

 3年生になっても優馬達は付き合わなかった。だが仲は良さそうだった。僕はこの恋を諦めなければならないことを知っていた。彩花だって僕より優馬の方が似合うはずだ。だけど、なぜか諦め切れなかった。

 葉っぱが赤色に染まり始めたある日、僕はふと思った。まだ2人は付き合っていないから、今告白すればもしかすると僕のものにできるのではないか。優馬から愛する人を奪ったとしても彼女を大事にしなかった優馬が悪いとなって、この罪は許されるのではないか。そう思った。だが、その思いと同時に振られる恐怖が脳裏をよぎった。いくら僕が思いを伝えたところで彩花が僕のことを好きにならないと付き合ってはくれないだろう。僕は結局告白する決心をやめてしまった。

 11月のある日、部活が終わった後に忘れ物に気づき僕は教室に戻った。3年生は夏に部活は引退するが、僕はちょっとした運動のために部活に混ぜてもらって週1でバスケットボールを続けていた。教室に入ろうとした時、僕は誰かがいるのに気づいた。よく見ると彩花だった。どうやら1人で残って自習をしていたらしい。僕は教室の後ろからこっそり入って忘れ物をとった。と、その時彩花は僕に気づき話しかけてきた。

 「あら、随分遅くまで残っているのね。」

 「うん…、ちょっと忘れ物を取りにきただけ。じゃあね。」

 僕は小声でそう言ってすぐに帰ろうとした。だが、僕はすぐにその足を止めた。今この教室には僕と彩花の2人だけ。今なら思いを伝えられる。そう思った。

 「あのさ。」

 「何?」

 僕はつい口を開いてしまった。こうなったらもう言うしかない。僕はそう思い、彩花と向き合った。

 「実は、僕…。彩花さんのことが好きでした!」

 「え…?」

 かなり大きな声で僕は言った。自分でもこんなに大きな声を出せるんだと驚いた。だが今はそんなのは関係ない。僕は続けた。

 「ずっと前からあなたの笑顔に惹かれていました!ずっとずっと前から、高1の頃から…。」

 「…。」彩花は真剣に聞いていた。

 「でも付き合ってくれとは言いません。あなたには僕よりもっと素晴らしい人がいるから。だから返事はいりません。さようなら!」

 僕は勢いよくカバンを持って教室を出た。必死で走っていた。止まらずにひたすら走った。返事は聞かなくても良かった。聞きたくなかった。だってわかっているから。でもこれで良かった。思いは伝えられた。これでまた新しい一歩を踏み出せる。そう思った。スッキリしたせいか、昨日まで見えなかった星が見えたような気がした。

 その後1月に優馬は彩花と付き合い始めた。その時は誰も2人を馬鹿にしなかった。僕も胸がイタくなかった。

 3月1日、卒業式が行われた。大学が決まった者、来年再チャレンジする者、社会に出る者、クラスには色々な人がいた。6年間ずっと同じだったメンバーとも明日からは別々の道に進む。僕はなんとか滑り止めの大学に合格して、そこに行くことになった。第一志望ではなかったけど。式が終わった後、みんなで卒業アルバムの最後の空欄のページにメッセージを書き込んでいた。僕のアルバムも書いてもらっていたが、友達に貸してから誰の元にいったかわからなくなった。式が終わってから1時間後、帰宅の時間になり最後に僕のアルバムを持っていたのは優馬だった。

 「6年間ありがとう。またな。」

 優馬はそう言ったので、僕は笑顔で返事した。

 家に帰りもう何が何だかわからないぐらいぐちゃぐちゃのページにになった空欄のページに書かれているメッセージを読んだ。そして隅っこの方に彩花の小さく書いてあるメッセージを見つけた。僕はそれを読んだ。

 「ありがとう、さようなら。」

 僕はこの短い文章を読んで涙を流した。僕にはこの文章がこないだの返事だと思った。

 「ありがとう、さようなら。」

 僕は小さくそう言って、制服を脱ぎ始めた。

 



 




 


 

 

 

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初恋 星ぶどう @Kazumina01

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