第60話 運命のマジック

「それではお二人にはまず、この椅子にそれぞれ座ってもらいます」


 舞台上には学校の教室に置かれてあるのと同じような木の椅子が二脚用意されてあった。変わっているのは、そこに飛行機の座席にあるようなシートベルトがあることのみ。俺たちが向かい合わせでその椅子に座ると、アシスタントさんにシートベルトをがっちりと締められ、身体が椅子に固定される。


「では、お互いの両手をがっしりと握りしめてください」


 その指示通り、俺と知佳はお互いの手を握りしめあう。知佳の手はとても細くて暖かくて愛おしい。


「さて、このマジックはこのカップルの愛の強さに挑むマジックです。僕がこれからこの二人に『離れろ、離れろ』と念を送ります。すると、この椅子が反発する磁石のように離れていきます。もちろん、僕は二人にも椅子にも触れません」


 つまり! とYUSHINが観客に向けてひときわ大きな声で叫ぶ。


「これは僕の前でイチャコラするカップルを不条理に引き裂く、非常に個人的な恨みに基づいた――ではなくて、あなた方の愛が僕のハンドパワーに勝てるのか? というガチンコ決闘マジックなんです!」

「全部言っちゃってるからねYUSHINさん! そのためだけに俺たちを舞台に上げたんですか?」

「ン? ナンノコトダカサッパリダネ」

「マジシャンにあるまじき誤魔化しの下手さ! ってかマジックなんだからあなたの勝利確定ですよね? 八百長も甚だしいですよね?」

「あれ? 自信がないんですか?」


 YUSHINさんが挑戦的な目を向けてくる。


「つまりそれは彼女との愛が偽物だということですか?」

「そんなわけないだろ! じゃあやってやるよ!」


 売り言葉に買い言葉。


 俺はまんまと引っかかってしまった。


「うん。私たちの力、見せてやろう」


 知佳も本気になってるし、まあいいか。


 俺たちの愛の力でこのマジシャンに勝ってやる。


 このマジックショーの最後をマジック失敗で終わらせて、こいつに恥をかかせてやる!


「知佳、絶対離すなよ」

「辰馬も絶対に離さないでね」


 その会話を交わした後で、あれ、これ見事なフリなんじゃ……と思ったが考えないことにした。だってあれはテレビに出る芸人の話。知佳の目に宿った闘志に背くことなんて絶対にできない。


「それでは僕、世紀の大マジシャンYUSHINと彼らカップルのガチンコバトル、スタートです!」


 こうして俺と知佳はマジシャンYUSHINと対決することになったのだが。


 ……まあ、これはマジックだからね。


 種も仕掛けもあるんです。


 YUSHINが念じて十秒も経たないうちに、勝手に動き出した椅子に引っ張られ、俺たちの手は離れてしまった。


 YUSHIN八百長ゲス野郎の大勝利だった。


 くそぉ!


「やったぁ! やったぞ! この瞬間のために僕はマジシャンをやってんだ! よっしゃ見たかバカップルどもめ。お前らなんてそんなもんだ! バーカ! バーカ!」


 客席に背を向けたYUSHINがガッツポーズを繰り返している。めっちゃこいつ素で喜んでやがるぞ! しかも観客席の一番後ろの右端に座っている、マスクにニット帽をかぶった女にいたっては座席に立って狂喜乱舞してやがる!


「これで僕の個人的な恨みが――あれ?」


 振り返ったYUSHINがなぜか困惑の声を出して首を傾げた。


「あー……これは、……ちくしょう! 僕の負けだ! こいつらただのバカップルじゃなくて、スーパーエクストリーム超絶バカップルだった」


 いきなり床に崩れ落ちて嘆きまくるYUSHIN。


 え? なにがどうなってんの?


 あんたの思惑通りでしょ?


「ご覧ください皆様!」


 立ち上がったYUSHINが観客に大袈裟に語り掛ける。


「このバトル。みごと僕の勝利で幕を閉じたかに思えましたが、僕はこの二人に初めから負けていたのです。あなたたちはこの勝負を八百長だと非難しましたが、僕からすれば、あなたたちの方が八百長ゲス野郎です」


 え? だからなに言ってんのこの人?


「話が見えないんですけど。悔しいですが、俺たちはこうして離れてしまいましたから」

「なにをほざいてるんですか? 嫌味ですか? 嫌味なんですね。まったく最近の高校生は。『私って正直な女だから』っていうやつと同じくらいうざいですね。そんなのただの気遣いできない自己中女でしかないというのに」

「いや、でも実際」

「傷口に塩を塗るのはもうやめてください。あなたたちは離れてなどいません。つながっているじゃないですか」


 YUSHINが俺にウインクをしてから、俺と知佳の間の空間に歩いていく。


「だって、ほら」


 そう満足げに言いながら、空中でなにかをつまむんで持ち上げるようなしぐさをして、


「このように、この二人は素敵なで結ばれてるのですから」


 観客席から歓声と割れんばかりの拍手が聞こえてくる。


 俺と知佳の左手の小指は、YUSHINの言う通り、いつの間にかキラキラと赤く輝く一本の糸でつながれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る