第59話 カップル? 姉弟?

「楽しみだね。マジックショーなんて」


 隣に座る知佳は目を輝かせながらショーが始まるのをいまかいまかと待っている。


 ああ、この横顔すげー可愛いなぁなんて思った俺は恋に盲目になっているのでしょうか?


 これくらい普通だよね。


 だって彼女なんだよ。


 世界ってこんなにもカラフルに色づいてだんだなぁ。


「チケットくれた友梨ねえに感謝だね」

「中本先生がこんなことするなんて、きっと明日には天変地異で地球上の海が干上がるだろうけどな」


 実際俺は今日、隕石が降ってこないか空を見上げて歩いていた。


「大袈裟だよそんな」

「いやいや、トンビが鼠を産む方がまだあり得るから。恋愛が終わる三大理由は、浮気、価値観の違い、中本先生の逆恨みだから!」


 親族だからか、知佳は中本先生のことをいいように解釈しがちな節がある。あの人生徒に平気で塩酸や硫酸かけようとするんだよ。


『招待されたマジックショーのチケットが二枚あるんだが、お前らにやるよ。せっかくだから二人で楽しんでこい』


 そう言われたのが五日前。


 二人で楽しんでこいなんて言葉が独身貴族様の口からでてくるなんて思いもしなかった。


 ……これ、あれだよね?


 どう考えても、このあと中本先生の奴隷になるパターンだよね。


 この前チケットやったんだから、私のこと一生養えなんて言ってくるやつだよね。


 ――それに。


 あのときの中本先生の表情、なんか悲しそうに見えたんだよなぁ。


 そんなことを考えている間にマジックショーはスタートした。八百人ほどのキャパの会場は満員御礼。


「みなさま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございました」


 舞台袖から颯爽と出てきたのは中本先生と同い年くらいのマジシャン、YUSHIN。タキシードがすごく似合っている。ネットの情報によると、T大卒のマジシャンで、アメリカの年代別の国際大会で準優勝したことがあるらしい。


 そんな折り紙付きの実力を持つYUSHINによるショーは、圧巻の一言だった。


 シルクハットからステッキやら桜吹雪やらトランプやらが無限に飛び出してきたり。


 YUSHINが炎に包まれたかと思ったらなに食わぬ顔で舞台の最前列に座っていたり。


 あり得ない角度にアシスタントの身体を曲げたり無慈悲に切断したり。


 驚愕と興奮と歓喜と熱狂が常に会場を埋め尽くしていた。


「それでは、本日最後のマジックです。驚きの連続で皆さんも疲れたでしょうから、落ち着いたマジックを披露したいと思います」


 ステージの中央に立っているYUSHINの後ろではアシスタントが先ほど使った道具を片づけている。


「このマジックはですね、協力者が必要ですので…………」


 そう言いながらYUSHINが観客席を見渡し――俺とばっちり目が合った。


「ではそこの若いカップルに協力していただきましょう」

「カ、カップル?」

 

 俺は思わず大きな声を出してしまう。いやまあカップルに変わりはないけど、なんかこう恥ずかしいじゃん! 隣で知佳も顔を紅潮させているし。


「あれ? カップルじゃなくて友達? ……それとも姉弟かなにか」

「そんなことは断じて許されない! 姉の立場は絶対に譲らないぞ!」


 客席の後方から声がして観客の視線が一斉に後ろを向く。


 俺は絶対に振り向かない。


 あれれー?


 毎日のように家の中で聞いてる声なんですけど……気のせいですよね。気のせいにしておこう。気のせいであってくれ。


「あはは、なんだ。あそこにお姉さんがいたんですね。でもなんで一人だけ席離れてるんだろう。たしかに姉弟と一緒に出かけるのが恥ずかしいお年頃かもしれないけど」

「辰馬はお姉ちゃんを嫌ったりしないよな? お姉ちゃんはむしろウェルカムだぞ! なんだって受け入れるぞ!」


 もう姉ちゃん!


 ストーカーするのはいいけど、むきになるのだけやめて!


 YUSHINさん遠浅の海岸くらい引いてるから!


 ……いやストーカーもだめだよ!


「いやぁ、なんだかものすごい姉弟愛を見た気がしますね。ってことはお二人は友達」

「辰馬は私の彼氏です! カップルです!」


 今度は知佳に視線が集まった。噴火しそうなほど顔が真っ赤になってる知佳すげー可愛い。俺も顔でホットケーキが焼けそうなほど熱い。


 なんだろう。


 姉ちゃんに向けられてた冷たい視線の真逆、あたたくてほっこりと視線が俺たちに集まっている気がするんですけど。


 YUSHINさんなんか、縁側でお茶をすすりながら余生を過ごしているおじいちゃんみたいに穏やかな顔してるんですけど。


「よかった。それじゃあカップルということで、お二人とも舞台に上がってきてもらってもいいかな?」


 YUSHINさんにそう言われ、俺は知佳を見る。


「どうする? 知佳」

「言われちゃったし、せっかくだし、やってみたいかも」


 知佳がそうしたいのであれば、俺が反対する理由はない。


 俺たちは手をつないで立ち上がって舞台へと向かった。その間もほっこりあたたかな視線を浴び続けてたんですけど、俺たちは二本足で立ち上がれるレッサーパンダかなにかですか? 川に紛れ込んだアザラシですか? あとお姉ちゃんさっきから「辰馬かっこいいかっこいい」うるせぇんだよ!


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