恋と青春の残り香 ~中本友梨と責められたい彼~

第53話 ファジーネーブルみたいな青春

 どうしてこんな柄にもなく緊張しているのだろう。


 私、中本友梨なかもとゆりはそんな緊張を抑え込むかのように、ファジーネーブルの甘さを求めた。


 ああ、甘ったるい。


 初心うぶな青春時代みたいな味だ。


 こんなものは大人には似合わない。ビールが飲みたい。焼酎をロックで飲みたい。


 けど――。


 彼がこの場にいるから、二十八歳になってしまった私を見せたくなかった。


 彼も同じように年を取って、同じように二十八歳になったはずなのに。見た目もほとんど変わっていない彼は、制服を着せたら高校生に見えるかもしれない。それは少し言いすぎか。


 でも、昔の姿と瓜二つの彼の姿を見ると、これまでの時間の流れが無かったかのように思える。その笑い方も、喋り方も、背丈も、高校時代となにも変わっていないから、私まで、私たちの関係まで昔に戻った気さえする。


 卒業から十年たっているのに。


 その十年を感じさせない彼。


 こんな感傷を抱く私は、まだまだ青春時代を生きているのかもしれない。


 独身貴族のアラサーである私にピュアな乙女心が残っていたなんて、本当に――。



 ********



「次はあの棚なー。さっさとしろよー」


 私の代わりに薬品の在庫を数えてくれている龍山と知佳の二人に指示を出す。


 ったくこいつら。


 私の前でイチャコラしやがって。


 くそうぜぇ。


 呼んだのは龍山だけだってのに、


『二人でやった方が早く終わると思って』


 と知佳に言われては仕方がない。


 私と知佳の二人でヤッた方が早く終わる? というえげつない発言を慎んだ私を褒めて欲しいまである。


「でも……まぁ」


 イチャイチャと協力し合いながら薬品の在庫を数える二人の背中を見て思う。


 本当に、龍山が知佳の彼氏になってくれてよかった。


 だって知佳がまた歩けるようになったのだから。


「私も、あいつらみたいに……」


 きちんと自分の気持ちに向き合えていたら、今ごろこんなクソブラックな職業を寿退社して、あいつと暮らせてたのだろうか。


 そう考えると、目の前でイチャコラしてるあのカップル、すげームカつくなぁ。


 寝ようとしてるときに耳元で飛ぶ蚊と同じくらいうざい。


 こんなことを思ってしまうのは、龍山が彼と同じくらい勉強できる男の子だからだろう。


「あー、いますぐ龍山に硫酸かけてぇなぁ」

「いきなりサイコパスもびっくりの発言やめてください!」


 龍山がびくりと振り返る。


「かけたくもなるだろ。私の前でイチャコラを見せつけるなんて、戦場に裸一貫で突撃するのと同じ自殺行為だぞ」

「いつの間にか大坂夏の陣の真田幸村よりすごいことしてたの俺? ってかイチャイチャなんかしてませんが?」


 してるだろ。


 その証拠に、さっきから知佳がイチャコラって言葉に反応して顔を真っ赤にさせてるし。


「無自覚イチャコラは極刑だって知らないのか? あー、硫酸のプールでお前をおよがせてぇなぁ」

「その拷問が合法だったら、各国のスパイは今すぐ総辞職ですね」

「だったら私が龍山を骨抜きにしてやろう。どうだ? これからホテル行くか?」


 私はからかう意味も込めてゆっくりと足を組み替える。


 まあ、男子高校生がこの誘惑に勝てるはずもない。


 龍山の視線がきっちりと私の足に向かったが、彼はなんとか理性を保ったようだ。


「行くわけないでしょ。ってか俺の彼女がすぐそばにいるのによくそんなこと言えますね」


 俺の彼女だぁああ?


「そうだよ。辰馬は私とつき合ってるの。私の彼氏なの。友梨ねえ変なこと言わないで」


 私の彼氏だぁああ?


 耳を真っ赤にさせた知佳が龍山の腕に抱き着く。


 それによって龍山の耳まで赤くなった。


 あー、ほんとに硫酸かけたくなってきたなぁ。


 ってかなんで私は、高校生なんか誘惑してんだよ。


「へいへい。熱々なお前らのそばにいたら、私の方が硫酸かけられたみたい溶けてしまいそうだよ」


 だからだろうか。


 いちゃいちゃを見せつけてくる、頭くるくるパーのバカップルに軽口をたたきながら、『同窓会、参加しよう』と思ったのは。

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