第54話 責められたいんだもの!
短髪で、目がちょっとだけ垂れていて、少しだけ可愛げがあるのに身長は高いという彼と出会ったのは、高校三年生のとき。クラスが一緒になったのだ。しかも、席が隣。
私たちが通っていた高校では、二年次から学力によってクラスが分かれる。私は理系の上から二番目のクラスにいて、三年生になってようやく一番上のクラスに入ることができたのだ。
対して、桜坂くんは二年次から理系の一番上のクラスにいた。
しかも学年一位。
「よろしくね、……えっと、中本さん、だっけ?」
ファーストコンタクトは桜坂くんからだった。
「そうだけど。なに?」
「単刀直入に言うけどさ、中本さんってドSでしょ?」
「…………は?」
その一言を私は一生忘れることができないと思う。
当然でしょ?
納得でしょ?
納得して納豆食いたくなるでしょ?
初対面の人に『ドSでしょ?』なんて普通聞きますかね? あ、もうわかっているかと思うけど桜坂くんは正真正銘ドMです。なんでも、ドSレーダーがビンビン反応したのだそうだ。
ん? ってことはつまり桜坂くんを飛行機の管制塔に送ればハイジャック未然に防げるじゃん。
あんたの存在自体がノーベル平和賞ものだよ!
「あ! やっぱり中本さんはそうだ。その塩をかけられて溶けているナメクジを見るような憐れみと軽蔑の入った視線、もうサイコーです!」
「いい加減黙ることを覚えたら? 桜坂くんってバカなの? 変態なの? 私が初めて出会う人種なんだけど。未確認歩行変態なの?」
「すごい……。罵倒にセンスがありすぎる」
「その恍惚の表情もやめてくれる?」
「あ、僕って意外と硬骨だから、どれだけどつかれても問題ないよ」
「どつかない。私は勉強で忙しいの」
「その黒縁眼鏡も素敵だけどさ、やっぱり眼鏡といったら赤に限るよね!」
「限らねぇから! 近い将来、返り血で赤くなることはありそうだけど」
「やったぁ! 近い将来ってことはさ、また僕と話してくれる気があるってこと?」
呆れた私はもう言葉を返すのをやめた。
プラス思考のドMってマジでうざいな。
しかし私の気持ちなどつゆ知らず、それから毎日のように桜坂くんは私に話しかけてくるようになった。
自慢じゃないが、きっと桜坂くんは私のことが好きだったんじゃないかと思う。
だって私と桜坂くんの志望校が同じだとわかった時、
「図書室で一緒に勉強しよう。わからないところがあったらなんでも聞いて。中本さんと一緒の大学行きたいから」
なんて言ってきたのだ。
もうこれ好き確定じゃん、なんて私は思っていた。
「ありがとう。じゃあ、お願い」
ま、そのときの私は『ラッキー、これで志望校合格に近づく』なんて程度にしか思っていなかった。
学年一位に勉強を教えてもらえるなんて、こんな機会はめったにない。
私には夢がある。
日本最難関のT大学に入って化学の勉強をして、化学の学者になる。
恋愛にうつつを抜かしている暇はないが、利用できるものは利用してやろう。
桜坂くんは受験勉強のストレス発散にもできるしね。
だって桜坂くんは本当に硬骨だったから。
……と、桜坂くんがなぜ本当に硬骨だったのかわかったのかは置いといて、それから私たちは放課後、毎日のように図書室で勉強を始めた。
予想通り、桜坂くんは教え方がうまかった。
それに優しかった。
なにより、問題を解いている姿はものすごく様になっていて、格好よかった。
ドMなところも、まあなんていうか味って言うか、コーンフレーク食べた後の牛乳みたいな、飲まない人は飲まないけど好きな人は超好きみたいな?
パクチーとか鮭の皮とかなまことか、わかる人にはわかる珍味っていうか?
――ああ、私、桜坂くんに恋をしているんだ。
高校生の中本友梨が恋心を自覚するまでにそう時間はかからなかった。
「二人で一緒の大学に行こうね」
桜坂くんの口癖がいつの間にか私の目標になっている幸せ。
女子高生がハマりそうな陳腐な恋愛ソングの主人公を気取れる楽しさ。
眼鏡を赤色に変えてしまう浮かれ具合。
一緒の大学に行くためには、私がもっと頑張らなきゃ。私たちが目指しているのは日本最難関のT大学なのだから。頑張って、努力して、二人でT大に入るために、努力をもっと、もっと、もっと、もっともっともっともっと――――――。
そして夏休み明け、私は桜坂くんと勉強するのをやめた。
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