第44話 理屈じゃないの【知佳目線】
それが私は本当に嬉しくて、本当に本当に苦しかった。
みんな、私を通してお兄ちゃんの姿を見ているのだ。
私はお兄ちゃんの代わり。
私自身を見てくれているわけではない。
みんなの愛情は、私の体を通過して死んだお兄ちゃんに向かっている。
昔となんら変わらない。
いや、その愛情が通過するものだとしても、偽りだとしても、関心を向けられすらしなかった私からしたら、身に染みるほど嬉しくて。
一人になると、罪悪感に包まれて、孤独に苛まれて。
よしっ! 明日には本当のことを言おう、また歩けるようになったよって言おう!
車椅子生活をしていた私が歩けるようになったんだから、みんな喜んでくれるはずだ!
そう思って、トイレの中で、お風呂の中で、ベッドの中で、何度も何度もイメージトレーニングを重ねて。呟いて。みんなの笑顔を想像して。
一度もできなかった。
怖かった。
車椅子に乗っていない私には価値がない。
また、誰も見てくれなくなるんじゃないか?
あの孤独に逆戻りするんじゃないか?
そう思った瞬間だけ、本当に足が――いや、身体が動かなくなる。
そんな生活が続いていたある日、私は辰馬と再会した。
同じ高校に彼はいた。
私が辰馬と出会ったのは、まだお兄ちゃんが生きていたころ。
両親と一緒にお兄ちゃんの定期健診について行ったとき、そこで彼と出会った。ううん。一方的に見つけただけ。車椅子に乗った母親と楽しそうに会話していた彼。自動販売機に水を買いに行ったり、その小さな身体で車椅子を押してあげたりしていた。
ああ、すごいなぁ。
私は純粋にそう思った。
だって、私はお兄ちゃんのためになにかしてあげたことはなかったから。両親を奪うお兄ちゃんに嫉妬して、車椅子を押してあげることすらしなかったから。
それからも、病院に行くたびに彼の姿を見た。
彼はいつもお母さんのために必死だった。そんな彼がキラキラと輝いて見えた。彼に対する羨望が恋心に変わったのがいつだったかはわからないけど、確かにその感情は私の初恋だった。
それから時がたち、ひょんなことから辰馬と話せるようになった後も、彼の優しさに惹かれていった。二度目の初恋。大好きだって改めて実感した。でもそう思うと同時に、辰馬は私をお母さんの代わりにしているんじゃないか、だったら私がもし歩けるようになったら、辰馬は離れてしまうんじゃないかって不安になった。
だって梓川知佳にはなにもないから。
一度そう思ってしまうと、辰馬に嫌われるのが、辰馬が離れていくのがなにより怖くなった。
その気持ちが暴走して、下着姿になってしまって、辰馬と喧嘩してしまった。
たったいま告白されたのだって本当に嬉しかったけど、辰馬に嘘をつき続けていることが申しわけなくて、でも本当は歩けるんだと伝えることも怖くて、どうしていいかわからなくて、断ってしまった。
私の身勝手な嘘に、これからも辰馬をずっと付き合わせるのか。
辰馬の時間を奪い続けるのか。
こんなに純粋な思いをぶつけてくれる辰馬を、私は騙し続けるのか。
苦しさで胸がどうにかなりそうだった。
まあ、結局私は、嘘を貫き通すことすらできずに、愛奈萌を助けるために立ち上がってしまったのだけど。
ビックリしている辰馬と愛奈萌が、次にどんな表情をするのかが怖くて、私は思わず逃げ出した。
見捨てられる。
また、あの日々に逆戻り。
でもしょうがない。
私だけ本当の自分を見せられなかったのだから。
辰馬も、辰馬のお姉さんも、愛奈萌も、みんな本当の自分を見せてくれたのに。
私だけそれができなかった。
悔しいし、腹立たしい。
みんなを信用しきれない自分が。
この怖さは理屈じゃないんだ! 頭じゃ全部全部わかってる!
歩けることが知られてしまったらみんなが離れていくと思ってしまう自分が、本当に憎らしい。
「ああぁ! お兄ぢゃんっ! 私、私はぁ!」
走り疲れて立ち止まる。
ここは、どこだろう。
そう思ってあたりを見渡そうとした瞬間、私は誰かに背後から肩をつかまれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます