第43話 私はただみんなに【知佳視点】

 私は幼いころから学校でいじめられてきた。


 お兄ちゃんが車椅子に乗っていたことで目をつけられ、


「お前のにーちゃん障碍者!」


 なんて幼稚な言葉で罵られるのは日常茶飯事。それに加えて、近所の人たちから、と呼ばれる。それもいじめと同じくらい嫌だった。お父さんとお母さんがお兄ちゃんにばかりかまうのだって、嫌で嫌でたまらなかった。


「お兄ちゃんは足が動かないんだから」


 お父さんと母さんは、を私にかまうことができない理由にする。


 ずる過ぎないそれ?


 反論できないし、もし反論しちゃったら私がわがままな悪い子みたいじゃん!


 こんな境遇で育ってきたら、誰も私のことを見てくれないんだって思っちゃうのも無理ないでしょ?


 悪い子だからお父さんとお母さんが見放しているのではなく、からかまってくれない。


 近所の人たちだって、私のことをとお兄ちゃんのついでみたいに扱う。


 いじめっ子たちだって、「お前のにーちゃん障碍児!」と、いじめの理由にお兄ちゃんを使ってくる。障碍者に障碍児と言う勇気はないから、妹の私をけなす。私が彼らになにかしたからではない。私がなんだ!


 そんな生活に、心底うんざりしていた。


 お兄ちゃんがいなければ、と何度思ったことか。


 そう思ってしまう自分が醜い、と何度思ったことか。


 だって、お兄ちゃんの足が動かないのは仕方がないことだから。


 お兄ちゃんが悪いわけではないから。


 足が動かない人が注目を浴びて、その手伝いに時間が割かれるのは当然だから。


 私はいつでも我慢して、泣いて、耐えて、諦めて、我慢して、諦めて、我慢して、我慢して――――その日、いつものようにお兄ちゃんが理由で学校でいじめられて、近所の人から「お兄ちゃんの調子はどう?」って声をかけられて。


 家に帰って「ただいま」って言っても、お兄ちゃんを病院に連れていく準備をしていたお母さんは私の方を見向きもしなくて。


 帰ってきた家は、お兄ちゃんのために作られたお兄ちゃん仕様の家で。


 いじめられてしょんぼりしている私の気持なんか誰も気遣ってくれない。なにもかもを耐え忍んでいる私の心になんか誰も気づこうとすらしてくれないんだ! って思ったら、我慢の糸がぷつりと途切れた。


「お兄ちゃんのせいで私はいつもいつも! お兄ちゃんなんか大っ嫌い!」


 車椅子に乗ったお兄ちゃんに苛立ちをぶつけると、お兄ちゃんは悲しそうに笑った。それからなにか言おうとしていたけれど、私の方が先に耐えられなくなって家から飛び出した。


 それが、お兄ちゃんに話しかけた最後の言葉になるとも知らずに。


 その日、お兄ちゃんは事故にあって死んだ。


 車椅子を必死で動かして探してくれていたらしい。


 つまり私が飛び出さなければ、お兄ちゃんは死ななかったのだ。


 お兄ちゃんが死んで悲しむお父さんとお母さん。


 だけど私のことを一向に責めない。


 ただ、お兄ちゃん仕様の家で過ごしていると、お父さんもお母さんもお兄ちゃんのことを思い出すようで、家の中は本当に暗くなった。


知樹ともき知樹ともき


 バリアフリーの家の中で、お酒を飲みながらお父さんとお母さんがお兄ちゃんの名前を呼ぶ。


 いじめっこたちは私をかわいそうに思ったのか、車椅子に乗ったお兄ちゃんがいるという個性を失った私から興味を失ったのか、すぐに私をいじめなくなった。


 近所の人たちは、私に声をかけることすらなくなった。


 要するに、お兄ちゃんが死んでも、結局私は誰にも構ってもらえなかったというわけだ。


 むしろ誰にも相手にされなくなった。


 あのお兄ちゃんが死んだから、ついに私のことをみんな見てくれる。最低だけど、少しだけ嬉しいなって思ってしまったというのに。


 私がこの状況を笑えない代わりに、皮肉だなってだれか笑ってくれますか?


「みんながそうなら私は……」


 そんな苦しさを抱えたままの生活が一年続き、私はようやく決意した。


 お兄ちゃんのように車椅子に乗ろうと。


 歩けないふりをしようと。


 お兄ちゃんみたいに車椅子に乗れば、今度こそきっとみんな私を見てくれる。お兄ちゃんは私のせいで死に、両親はそれで悲しんでいるのだから、私がお兄ちゃんの代わりになることは、誰にとっても得なんだ。


 私はお兄ちゃんのことをずっと恨んできたのだ。


 私のかまってほしいという欲望長年の欲望のために、お兄ちゃんの死すら素直に悲しむことなく、逆に嬉しがって、利用してしまえる。


 以上が、私が歩けないふりをしようと思った最低な理由だ。

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