第16話 龍山くん
「おまたせー、で、話ってなに?」
渋野さんは手を拭いていたハンカチをポケットにしまいながら近づいてくる。こういうところ、意外と女子だなぁと思った。
「まあ、その……」
休み時間も残り少ないので単刀直入に言おう。
「実は、知佳と友達になってほしいと思って」
「梓川さん、と?」
渋野さんが首を傾げる。
「ほら、知佳ってその……特別扱いされてるじゃん。もちろん車椅子だからそれは当然なんだけど、俺は知佳にも普通の生活を送ってほしいなって思ってて」
「それで友達……か。確かに、梓川さんがあなた以外の人と親しげに話してるのは見たことないね」
「だろ? 俺はそういうのを改善したいって思ってる。だから渋野さんに知佳の友達になってほしいんだ」
お願いします。
俺は深々と頭を下げた。
「ちょっと、公衆の面前でいきなりそんなことしないでよ。私が脅してるみたいじゃん」
「あ、ごめん……」
そう言われて顔を上げると、困り顔を浮かべていた渋野さんと目が合った。渋野さんはすぐに苦笑いを浮かべ、
「辰馬の言いたいことはわかってるから気にしないで。だけど友達ってさ、誰かからお願いされてなるようなものでもないでしょ?」
「…………そうでした」
確かにその通りだ。
自分の愚かさが憎い。
友達を作らなければという目的に囚われすぎて、踏むべき手順を、取るべき方法を間違えていた。
「あ、でもそんな深刻な顔しないでいいってば。なりたくないっていってるわけじゃないから。私も梓川さんには興味あるし…………」
渋野さんは少し考えてから。
「だからいいよ。そのお願い、のってみるよ」
「ほんとに? ありがとう。渋野さん」
嬉しさのあまり、俺は渋野さんの手をぎゅっと握りしめていた。
やっぱり俺が思った通りの優しさを持った人だった。
「ほんと、辰馬は知佳のためなら一生懸命だね。そういうの、見ていて気持ちいいから私好きだよ」
渋野さんは大口を開けて笑った後で、すっと視線を下げ、俺から恥ずかしそうに目を逸らした。
「ただやっぱり、私だけの気持ちでどうこうなる問題でもないから、なれなかったらごめんね。私は友達になりたいけど、梓川さんがどう思うかだから」
頬を赤らめているその表情は、満更でもなさそうに見えた。
「大丈夫だって。知佳も好印象を持ってるはずだから」
「だといいけど……」
その後、俺は渋野さんと一緒に俺のクラスに戻った。
俺は自分の席へ、渋野さんは知佳のもとに向かう。
「二人で話したい。友達になれるかどうかフィーリング確かめたいし」
と彼女が言ったためだ。
友達になるかならないかは二人の問題なので、俺はそこに立ち入らず自分の席に座り、知佳と渋野さんの様子を見守る。
……おっ。
さっそく渋野さんが知佳になにかを耳打ちをした。
友達になってほしいと伝えたのだろうか。
ただ、そのタイミングで英語の教師が入ってきたため、渋野さんは慌てて教室を出て行った。
知佳にどうなったのかは聞けなかったが、まあ、普通にうまくいっているだろう。
案外簡単に達成できたな。
そのときの俺は、頭の中にお花畑が咲くほど楽観的に考えていたが、すぐに事態は急変した。
授業が終わると、俺が話しかけに行く間もなく、知佳が教室を出て行ったのだ。トイレかな、と思っていたがいくら待っても戻ってこない。遂に次の授業が始まり、数学の教師が、知佳は体調が優れないので保健室で休むことになったと告げた。
大丈夫かなぁ。
朝にそんな様子はなかったので心配だ。授業中ではあったが知佳に、
《体調どうだ?》
とメールを送る。
返事が返ってきたのは十分後だった。
《そういうの、もういいから》
指先が震え始める。画面に表示された文字の意味を理解する暇もなく、
《私たち、もう別れたっていうことにしよう》
《その方が龍山くんのためになると思うから、もう私のことは気にかけなくていいよ》
続けざまに彼女からのメッセージが届いた。彼女の声で再生されたその言葉たちが、俺の心にぐさりぐさりと突き刺さった。
龍山くん。
これまで名前で呼ばれてきた分、その呼び方が、一番悲しかった。
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