第15話 ともだち
昇降口で知佳が室内用の車椅子に乗り換えるのを待っていると、
「あ、辰馬に梓川さんじゃん。どうしたの?」
紙パックのリンゴジュースを飲んでいる渋野愛奈萌がやってきた。彼女は今日も制服を見事に着崩している。子役をやっていたときの清純なイメージとは全然違う姿だけど、やっぱり絵になるなぁ。
「おはよう渋野さん。知佳が室内用の車椅子に乗り換えるから、その補助だよ」
ただ突っ立ってるだけだけど、少し見栄を張りました。
「へー、やっぱ大変だねぇ。辰馬すげーじゃん」
「俺じゃないよ。大変なのは知佳の方だから」
「ははは、そりゃそうか」
渋野さんは、「んじゃ」と俺たちに手を振りながら下駄箱から去って行く。彼女が通った後は、その空間自体が明るくなったように感じるから不思議だ。芸能人の存在感がそうさせるのだろうか。
「渋野さん、見た目はヤンキーでなんとなく怖そうなイメージあるけど、意外と優しくて思いやりあるんだよなぁ」
「優しそう、じゃなくて優しい?」
屋内用の車椅子に乗り換えた知佳が首を傾げる。
そのときにはもう、渋野さんの背中は見えなくなっていた。
「実は昨日見たんだよね。渋野さんが歩道橋で荷物持ったおばあさんに声かけてるとこ」
昨日は中本先生との話があったので、久しぶりに一人で下校した。そのときに、渋野さんが重そうな荷物を持ったおばあさんに声をかけてその荷物を代わりに持ち、歩道橋を一緒になって渡っていたのを見かけたのだ。
「ああいうことをさらっとできるって、素敵だよなぁって思う」
「うん……」
なんとなく会話が終わる。俺は知佳の後ろに回り、下駄箱の前まで車椅子を押した。知佳が靴から上履きに履き替えるのを待ち、また車椅子を押しながら廊下を進んでいると、
「確かに。私もそういうの、素敵だと思う」
だいぶ間があったが、俺が渋野を素敵だと言ったことに、知佳も同意してくれた。
知佳も渋野さんに好印象を抱いているようだ。
だったらもっと彼女のことを褒めておこう。
俺としても知佳と渋野さんが友達になってくれたら嬉しいし。
「渋野さんみたいな優しい人とお近づきになれたら、人生もっと楽しくなるよなぁ」
「確かに。そうかもしれないね」
そう言いながら振り返った知佳は笑顔を浮かべてくれている。
よし。
これで刷り込みは成功だ。
知佳も友達の候補として、渋野さんのことを提案するだろう。
あとは渋野さんにも前もってこのことを話しておいた方がいいか……って、そうだよな。
もし仮に、知佳から渋野さん以外の名前が挙がったとしても関係ないのだ。
渋野さんとも友達になればいい。
友達は一人じゃなきゃいけないなんていう縛りはないのだから。
そうと決まれば善は急げだ。
一限目の授業が終わった後にタイミングよく教室の前の廊下を渋野さんが通ったので、俺は慌てて追いかけた。
あ、ちなみにまた机の中には、
【この偽善者】
と、俺のことを貶めるメッセージが入っていた。
毎日毎日、ご苦労なことだ。
「待って、渋野さん」
「おっ、誰かと思えば辰馬じゃん。なんか用?」
「ちょっと話があって、いいかな?」
「話? いいけどトイレしてからでいい?」
渋野さんの言葉で、ようやくいま俺たちが話している場所が女子トイレの前だと気がついた。
「あ、ごめん。そうだよね」
「いいって別に。あ、でも、漏れそうな女子がもじもじしながら我慢してる姿を見るのが好きなら、話が先でもいいよ」
「なわけあるか!」
「なるほど。なわけあるってことは、辰馬は女子がトイレしてる姿を見るのが好きなのね。一緒に個室入る?」
「ああ確かに俺はおしっこをじょじょじょってしてる姿を見て興奮……するわけねぇだろ! そんな性癖のやついたらじょじょじょならぬじぇじぇじぇだわ!」
ネタで言っているとわかったので俺がノリツッコミを披露すると、渋野さんは腹を抱えて笑い始めた。
「やば、お腹が刺激されて本当に漏れそう」
「だったらさっさと行けよ。そこの階段の踊り場で待ってるから」
「はいはい」
渋野さんは笑いながら女子トイレへと消えていく。
俺は、伝えた通り近くの階段の前で待つことにした。
女子トイレの前に立ち続けるのは、なんか落ち着かないしね。
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