第14話 着替えとか、トイレとか

 翌日。


 いつもと同じように二人の家の中間地点にあるコンビニで待ち合わせて、知佳と一緒に学校へ向かう。知佳の電動車椅子の速度に合わせて歩くのにももう慣れた。


「あのさ、知佳」

「ん?」


 俺はさっそく、昨日決めたことを行動に移すことにした。


「友達って、その、ほしくないか?」

「え? 友達?」


 知佳のその目の見開き方は、まるで友達という言葉を初めて聞いたみたいな反応だった。


「そ、友達。なんつーか、友達がいたらもっと楽しくなると思って」

「ほしいもなにも、友達ならいるけど」

「え?」


 マジで?

 知らないだけで知佳にもそういう人がいたのか?


「なに驚いてるの? 辰馬のことよ」

「あ、ああ」


 なるほどそういうことね。


 なんていうか、嬉しいけどそうじゃない。


 いや、わかってますよ。


 あくまでも俺は知佳のってことくらい。


「辰馬が友達になってくれて、私は本当に嬉しい。学校に行くのが楽しくなったから」

「それは、うん。嬉しいけど、俺が言ってるのはそういうことじゃなくて……」


 俺は変な汗をかいていた。


 急に歩き方がわからなくなる。


「じゃあどういうこと?」

「まあ、だからその……俺じゃない、他の友達ってことだよ」

「え?」


 知佳の表情が強張る。


 同時に車椅子も止まった。


「そんなの必要ないよ。だって私には辰馬がいるし、辰馬がいればそれで充分」


 身体が溶けてしまうんじゃないかってほどの熱が腹の奥底から湧き上がってきた。そう言ってもらえるのはすごく嬉しいけど、そういうわけにはいかない。彼女には、色んな意味で幸せになってほしいと思う。いろんな種類の楽しい嬉しいを、たくさん経験してほしいと思う。


「いや……ほら、なんていうか、男より女同士の方がいろいろと都合がいいときもあるだろ? 女同士だったらさ、俺が手伝えないことも手伝えるようになるだろうし」


 知佳がまた歩けるようになるためだとは、あえて言わなかった。


 知佳のプレッシャーになるといけないと思ったから。


 それに、俺がいま言ったこともあながち間違いではないと思うし。


「そっか。……うん。でも」


 急にもじもじし始める知佳。頬をほんのりと赤く染めて、


「辰馬だったら、私のトイレとか着替えとかも、手伝ってもらっていいよ?」

「トトトトイレっ?」


 いきなりの爆弾発言なにそれ!


「なんで辰馬が赤くなるの? そういうことを言ったんじゃないの?」

「そうだけどっ! それはさすがにほら、男だから」


 慌てて弁明すると、知佳はくすくすと笑い始める。


「わかってるよ。冗談……にしておくから」


 しておくってどういうことですか?


 その言葉に引っかかっている間に、知佳は自分の動かない足に視線を落とした。


「でもさ、私と友達って、そんな人いるかなぁ」


 その言葉に含まれた悲哀に、胸がきゅっとなる。


 これまでの知佳の経験がその言葉を言わせてしまったのだろう。


「いるさ。まず、話しやすそう、友達になれそうって人を知佳自身で見つけてみてよ」

「話しやすそう、友達になれそう……か」

「焦らずに、ゆっくり考えてみて」


 知佳にはそう言ったが、辰馬には、友達になってくれそうな人というのが明確に浮かんでいた。


 ――渋野愛奈萌。


 ただ、これはあくまで俺の気持ちだ。優先すべきは知佳の気持ちである。知佳が思いつかないと言えば、そのときに初めて渋野さんのことを提案すればいい。


「わかった。考えてみる。ありがとね、私のために」


 知佳に感謝されるだけで、心がぞわりとする。


 彼女の笑顔のために努力できることが嬉しくてたまらなかった。

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