第13話 姉ちゃんと一緒にお風呂っ!?

「え? たまたまがどうしたの? 痛いなら揉んであげようか?」

「そんなこと言ってないから! あとバスタオルくらい巻いて!」


 一糸纏わぬ姿で浴室に入ってきた姉ちゃんから慌てて目を逸らす。しかし姉ちゃんは、


「気にしない気にしない」


 と何事もないかのようにシャワーを浴び始めた。


「なんで普通にシャワー浴びてんのさ! とんちの利いた坊主もさすがにこれは気にするよ!」

「いいじゃない姉弟なんだから。そんな恥ずかしがらないでも」

「恥ずかしがるよ!」

「帰ってからずっと辰馬の表情が曇って見えたから、お姉ちゃん心配だったのよ」


 全身に鳥肌が立った。


 完全なる図星だ。


 姉ちゃんにそこまで見抜かれていたなんて。


「……それは、当たり。すげえな」


 人の心情を読み取る姉ちゃんがすごいのか、それとも俺がわかりやすいだけなのか。


「当然でしょ? だって辰馬のお姉ちゃんなんだから」

「だからそうやってこっち向いて自慢げに胸張らないで! 姉ちゃんいま裸だから」

「そんなことどうでもいいでしょ」

「よくないよ!」 

「なにか悩んでるなら、お姉ちゃんに言いな。相談のったげるから」


 腹の奥底にずんと響くような、安心感のある声だった。


 俺の目を真っすぐ見据えている姉ちゃんの顔に照れは一切ない。


 あるのは弟のことを思う優しさだけだ。


 この場合、本当は照れてもらわないと困るんだけどね。


「………………うん」


 身体が火照っていて判断力が衰えていたのか、一人じゃ抱え込めないと心が悲鳴を上げていたのか、はたまた姉ちゃんの格好よさに負けたのか……その全部だな。


 俺は姉ちゃんに、中本先生から頼まれたこと、知佳の過去を全て話した。勝手に話すのはよくないかなぁとは思ったが、姉ちゃんへの信頼感の方が勝った。


「なるほどねぇ」


 姉ちゃんもここまでのことを言われると思っていなかったのか、どことなく返事が重い。シャワーを止めて浴槽の縁に座って足を組み、なにやら考え込んでいるご様子だ。


「俺だってもちろん知佳のことは助けてやりたい。でも本当に俺なんかの力で知佳の足がまた動くようになるのかなぁって、どうしてもそう思っちゃうんだ」

「なに言ってるの。自信を持ちなさい」

「そんなこと言われても」

「頼られるっていうのは、それだけあんたの器……」


 姉ちゃんはちらっと俺の股間の方を見て、


「……はでかいってことだよ。頑張んな」

ってどういうこと? なんでちょっと言いよどんだの?」

「大丈夫。あそこの大きさで男の価値は決まらない。それに一番大事なのは相性だよ」

「どこをどう間違えたらこんな話になるのかなぁ」


 あ、小さいって言われても全然ショックなんて受けてないからね。こんなことでショックを受ける器の小さい男じゃないですから!


 俺は仕切り直しと、大袈裟に咳払いをしてから言う。


「……もし、姉ちゃんが俺の立場だったらどうする?」

「え? 私?」


 姉ちゃんは顎に手を当てて首を捻る。濡れた髪と柔肌についている水滴が色っぽい。鎖骨のあたりから水滴がつーっと流れ落ちていく。


「歩けるようするってのが、漠然とし過ぎてるのよねぇ……。ってかそれは目的として適さないと思うのよ」

「どういうこと?」


 俺が聞き返すと、姉ちゃんは顎に当てていた手をピンと立てて胸の前に持ってきた。できればその手でおっぱいを隠してほしいです。


「知佳ちゃんを救いたい、知佳ちゃんのヒーローになりたいって思う気持ちが空回りして、辰馬は本質を見失っているってこと。もちろん私だって、知佳ちゃんが歩けないままでいいと思っているわけじゃない。でもそれは、知佳ちゃんの現状を改善した結果ついてくるものだと思うの」

「現状を、改善」

「そう。だって、いま一番大事なことって、お兄ちゃんの死の悲しみを忘れられるくらい、知佳ちゃんが毎日を楽しめるようになることでしょ? 歩けるかどうかはそのおまけでしかない」


 姉ちゃんの言葉を聞いた後で思い出したのは、今日の化学の実験のときに傍観者になっていた知佳の、ものすごく寂しそうな姿だった。


「知佳ちゃんが歩けるようにしなければで悩むんじゃなくて、で悩むことが、本当に辰馬がやるべき行動じゃないの?」

「……なるほど」


 姉ちゃんの言うとおりだ。


 先ほどまでの俺は、プロ野球選手になりたい! でもいまの実力じゃ絶対無理だ! と焦ることしかしていないガキと一緒だった。


 本当に大事なのは、実力をつけるためにどういうトレーニングをすればいいかを考えることだ。プロ野球選手になれるかどうかは、実力をつけた先のおまけでしかない。


「それがわかったのなら、辰馬のすべきことが見えてくるんじゃない?」

「俺が、知佳のためにすべきこと」


 中本先生が言っていたことを思い返す。


 ――私はただ、知佳に普通に生活をしてほしいんだ。


 ――君には悪いが、知佳には彼氏だけではなく、なんでも話せる友達を作ってほしいと思っている。


 ――クラスにも馴染んで、健常者と同じような青春を送ることができれば、きっと彼女は、普通にまた歩けるようになると思うんだ。


 ってことは。


「じゃあまずは、っていうのはどうかな?」

「いいんじゃない? やるべきことを具体化して、それを一つずつ達成していくことが大事なのよ」

「うん。ありがとう!」


 姉ちゃんのおかげで、大事なことに気付かされた。途方もなく曖昧だった、という問題が、ぐっと実現可能な、身近な問題になった気がする。


「いいって別に。私はあなたのお姉ちゃんなんだから」

「うん。俺、姉ちゃんが姉ちゃんでよかったよ!」

「辰馬。あんたって子は……最っ高の弟ね!」


 ざっばーん! むぎゅっ! と浴槽に飛び込んできた姉ちゃんに抱き着かれた。


 ああもう前言撤回!


 どうして神様は恥じらいを姉ちゃんに与えなかったんですかぁ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る