第17話 信用してくれよ

 昼休み。


 俺は、直接話さなければなにもわからないと、覚悟を決めて保健室に向かった。知佳がどうしてそんなことを思うようになったのか、理由を説明してもらわなければ納得なんかできない。


 教室を出て、別棟の一階にある保健室へ足を進める。

 すると、階段の踊り場で、


「梓川さんのところに行くの?」


 と壁に背中をもたれさせて待ち構えていた渋野さんに呼び止められた。


「ああ。直接話しがしたくて」

「でも、梓川さんからもう気にかけなくていいって言われたんでしょ?」


 渋野さんには、三限と四限の間に、知佳から拒絶のメッセージをもらったことを相談している。

 そのとき彼女から、


「私、梓川さんから言われたの。あなたとは絶対に友達になりたくないって」


 と言われたため、俺は本当に申しわけない気持ちでいっぱいだった。


 絶対に大丈夫、知佳ならオッケーしてくれると勝手に決めつけて、渋野さんに期待させてしまった。それで実際には断られてしまったのだから、渋野さんは少なからずショックを受けたことだろう。


 でも、知佳がなんてきつい言い方をするだろうかという疑問も同時に浮かんでいた。


 ま、いまはそんなことどうでもよくて。 


「それは言われたけど、俺は納得できないから」


 俺は渋野さんの制止を振り切って歩き出そうとする。


「あっ! ちょっと待ってよ」


 すると、渋野さんから制服の袖口をぎゅっと掴まれた。


「うちのクラスの宮本みやもとさんのグループが、あなたのこと偽善者だって罵ってたよ。障碍者助けていい子ちゃんアピールしてんじゃねぇよって。だから、梓川さんがそう言ってるなら、その、こういうこと言いたくないけど、辰馬の立場を考えてやめた方が」


 宮本さんのグループはこの学年で最も影響力を持っているグループだ。そこに目をつけられているとなると、今後の俺の学生生活どうなるかわからない。ってかあいつらだったのか。毎日せっせと俺の机にメモを入れてるのは。


「それでも行くよ。俺がそうしたいから。忠告ありがとう。やっぱり渋野さんは優しいね」

「あ、……うん」


 俺が笑いかけると、渋野さんは俺の袖から手を離してくれた。俺を嫌ってもおかしくないはずなのに、渋野さんは俺のことを心配してくれている。もう一度彼女に「ありがとう」と伝えてから背を向け、階段を駆け下りた。


「すみません」


 保健室の前に到着し扉をノックする。返事はなし。先生はいないのだろうか? 知佳と話すならその方が都合はいいけど。


 俺は恐るおそるドア開けた。


「失礼します」


 知佳以外の人がいる可能性もあるので、そう言って中に入り後ろ手で扉を閉める。保健の先生はやはりいない。三つ置かれてあるベッドの中の一番奥、薄い黄色のカーテンで覆われているベッドの横に車椅子が置かれてあったので、そこに知佳がいることは確定だ。


「ごめん。知佳。俺だ」


 奥のベッドに近づきながらそう声をかけるが、中からはなにも聞こえない。ただ、薄い黄色のカーテンにはうっすらと人影が映っている。


「ちょっと話したいと思ってさ。いいかな?」

「……」

「なにか俺、知佳の気にさわることしたかな?」

「……」

「だとしたら謝るからさ、話だけでも聞かせてくれないか」

「……どうして?」


 カーテンの中から知佳の震えた声が聞こえてきた。どうして? って。なにに対する疑問なのか全くわからない。


「だって私のことと思ってるんでしょ?」

「は?」


 初耳だった。

 なんだそりゃ?


「俺がそんなこと思うわけないだろ」

「嘘! だって龍山くん、今朝言ってたじゃん。新しい友達作った方がいいって」

「それは、言ったけど」


 確かに朝、俺はそう言った。でもそれは知佳のためを思って言ったことだ。どうしてその言葉がウザイに繋がるのか。


「ほらやっぱり。私への対応に疲れたから、他の人に私のこと押し付けようとしたってことでしょ?」


 なんだそのひねくれた思考は……ってそうか。


 彼女はその見捨てられ方を何度も経験したことがあるのだ。気にかけてくれるのは最初だけで、みんな結局面倒くさいと離れていく。障碍者は健常者の負担でしかないから。だから知佳は、そういう言葉に対して敏感になってしまうのだ。


「違うんだ。それは誤解で」

「それにさっき渋野さん言ってたもん! 龍山くんが、『最近梓川さんの世話するの疲れた』って言ってたって」

「は?」


 寝耳に水だった。


「なんだよそれ!」


 まさかさっき渋野さんが耳打ちしてたときか? でも俺はそんなこと一言も言ってない。


 ってか渋野さんがなんでそんな嘘をつく必要があるんだ?


「それに龍山くん。渋野さんのことが好きなんでしょ?」


 またも初耳案件が飛び出した。

 だからなんで?


「ちょっと待て知佳。一旦落ち着いて」

「だって龍山くん、渋野さんのことずっと褒めてるし」


 知佳は俺の言葉に全く耳を貸さない。


「渋野さんも龍山くんのこと下の名前で呼んでるし、さっきだって渋野さんと一緒に教室に戻ってきてたし、渋野さん追いかけて出て行ったし、渋野さんと付き合いたいから私のことが邪魔になったんでしょ」

「知佳!」


 俺は叫びながら、カーテンをバサッと開けると、


「た、つま……」


 目を見開いた知佳が俺をじっと見ていた。目元から頬にかけて赤くなっており、その上を涙が流れ落ちていく。


「一旦落ち着けって。俺の話を聞いてくれ」


 とりあえず、渋野さんの件は後回し。


 いまは目の前の知佳だ。


「話を聞くもなにも、龍山くんと私はもうかかわらない方が」

「まず初めに断言しておく。俺は渋野さんのことを好きだと思ってないし、知佳のことをウザイと思ってもいない。むしろ、知佳が普通の生活ができるよう手助けしたいと思ってる。それが知佳にできるお礼だって考えたから」


 知佳の睫毛が揺れている。


 肩は震えたままだ。


「友達がほしくないかって聞いたのもそのためだ。知佳には普通の高校生と同じ幸せっていうか、青春を謳歌してもらいたくて、そのためには同性の友達がいた方がいいかなって思って。渋野さんが知佳の友達にぴったりで、いい印象を持ってほしくて褒めてただけだ」

「でも、渋野さんがウザいって言ってたって」

「それも俺は言ってない。なんで渋野さんが嘘をついたかはわからないけど、知佳を不安にさせてしまった俺が言えたことじゃないけど、でも!」


 俺は知佳の肩に手を乗せて、優しく微笑みかけた。


「人から聞いた言葉じゃなくて、俺のことを、目の前の俺が言ってることを、信じてくれ」


 心に湧きあがった気持ちを正直に伝える。知佳を不安にさせてしまった。気遣いが足りなかった。全部俺のせいだから。


「こんな俺じゃ、信用、できないかな?」

「……ううん。そんなことないよ。辰馬」


 知佳は両目を手で覆う。子供が泣いているかのようにしゃくりあげる。


「ごめんなさい。私、一人で勝手に暴走して、辰馬のこと信じられなくて」

「いいよそれくらい。俺も悪かった」


 俺は知佳の隣に座った。肩を抱き寄せる――なんて大胆なことはできなかったけれど、寄り添うくらいならできる。


「これからも、知佳のこと手伝わせてくれ。って言っても学校で車椅子押すくらいしかやることないけど」


 そう謙遜すると、知佳は首を横に振ってくれた。


「そんなことないよ。辰馬のおかげで学校が楽しくなったって言ったじゃん。だから、これからもよろしくお願いします」


 頭を深々と下げる知佳を見て、いつもの知佳に戻ってよかったぁ、と心からそう思った。

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