第26話 流山雅道の謝罪【知佳視点】
辰馬と愛奈萌との勉強会を翌日に控えた、土曜日、午前十一時三十分。
私、梓川知佳は駅前までやってきていた。
理由は、愛奈萌と待ち合わせをするため。
昨夜、日曜日にどんな服を着たらいいのかわからなくなって愛奈萌に相談したら、だったら一緒に買いに行こうとなったのだ。
ちなみに、従姉の友梨ねえ――中本先生から、
《私の心の傷と引き換えに龍山の好みのしぐさや服や下着の色を聞いておいたぞ。感謝しろよ。そしていい男がいたら紹介しろよ今すぐに!》
なんてメッセージが来ていたけど、ごめんなさい。あなたの言うことはちょっと信用できないんです。下着の色とか入っているあたりふざけてるとしか――少しだけ助かりました。
ま、まあ参考にするなら一人より二人、と私は愛奈萌にもアドバイスをもらうことにしたのだ。
だって絶対アラサーより同じ十代の女の子の意見の方が貴重だろうからね。友梨ねえほんとごめん。
「……早く着きすぎちゃったかなぁ」
お母さんがこの前買ってきてくれたピンクゴールドの腕時計をちらちらと見ながら、昨日の出来事を思い返す。
「辰馬のお母さんも……やっぱり」
車椅子に乗って生活している人だったと、辰馬の友達の流山くんから教えてもらった。いや、教えてもらったというより、話の流れで知った――ううん。実は最初から、高校で辰馬に会う前から私はすでに知っていた。
昨日の昼休み。
辰馬が中本先生から頼みごとをされていたため、先に一人で生徒会室へ向かっていると、ちょうどエレベーターの前で流山くんに声をかけられたのだ。
「梓川さん。ちょっといいかな?」
「な、なんででしょうか」
流山くんが辰馬の友達であることは知っていたが、こうやって面と向かって話すのは初めてですごく緊張した。
「えっと、さ、その」
流山くんは、少しだけ赤くなった頬をぽりぽりと人差し指で掻いた後。
「あのときはほんとごめん!」
いきなり深々と頭を下げた。
「え、あ、ああ、あの……」
突然のことでパニックになった私は、うまく喋ることができずあわあわしてしまう。
流山くんはそんな私を笑うことなく、お構いなしに続ける。
「俺が辰馬を童貞だってからかったせいで、秘密を暴露させる羽目になってほんっとうに悪かった」
え? どういうことだろう……あっ、あのときのことを言っているのか。
私は、自分が『私こそが辰馬の彼女だ』と名乗り出たときのことを思い出していた。
でも……なるほど。
そんなきっかけで辰馬は彼女がいるなんていう、すぐばれる嘘をついたのか。
頑なにそこだけは教えてくれなかったから何事かと思っていたけど、ちょっと見栄を張ってみました! が理由だったなんて……すごく可愛い。男の子って自分が未経験であることを恥ずかしく思っちゃうものなんだなぁ。私だって未経験だから一緒なのに。むしろ嬉しいことなのに――ってなにを考えているんだ私は!
「あ、あの、顔を上げてください」
私は頭を下げ続けている流山くんにそう声をかける。こうやって律義に謝ってくるなんて、さすが辰馬のお友達だ。
「私たちは別に気にしていませんので。いずればれることだったと思いますし」
むしろあれのおかげで辰馬と親しくなれて逆に感謝してます、とは言わなかった。だって嘘がばれちゃうもんね。え? 付き合ってたのに親しくなかったの? って。
……でも、本当に私たちはそうなんだよね。
胸がチクリと痛む。
私と辰馬は付き合っているふりをしているだけ……。
「ありがとう。梓川さん」
ほっとしたような笑顔を浮かべた流山くんは、恥ずかしそうに後頭部を手でガシガシする。
「俺、ずっとそれが引っかかっててさ。梓川さんって優しいんだね。ったく辰馬の野郎ほんと羨ましいぜ。こんな優しくて美人な女の子が彼女でさ」
「び、びびび」
急に美人といわれて身体中が熱くなった。宇宙人と交信してたんじゃないよ? 顔を伏せて、赤くなっているであろう顔を流山くんに見られないようにする。
「あ、ああごめん。口説いてるわけじゃないから。辰馬と梓川さんの間に、ほかの男が入り込む余地なんか微塵もないもんな。なんてったって毎日お弁当を二人きりで食べるくらいラブラブなんだから」
「ラララ、ラブラ、ブ……」
ああ、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
「でもほんとよかったよ。辰馬はちょっとだけ見栄っ張りだけど、ほんといいやつだから、その…………できれば見捨てないでほしいっていうか」
流山くんはそこで言葉をいったん止める。表情に少しだけ影ができたので、何事かと息をのんで身構えた。
「こういうことって、俺からお願いするまでもないとは思うんだけど、辰馬のこと、なんでもいいから頼ってやってほしいんだ。それがあいつのためになると思って、本当になんでも、頼ってやってほしいんだ」
「頼ることが、辰馬の……ため?」
聞き返すと流山くんは、
「ああ」
と深くうなずいた後、辰馬の過去を話してくれた。
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