第25話 知佳との進展

 昼休み。


 俺は中本先生に呼び出されて理科室へ向かっていた。


 せっかくの知佳とのお弁当タイムを邪魔された格好だ。


 ……ったく、なんでわざわざ。


 そう心の中で愚痴りながら理科室の扉を開ける。中本先生はいつものタイトミニスカートに白のワイシャツ、さらにその上から白衣を着て、椅子の上に足を組んで座っている。


 御年二十八歳のアラサーは、無駄にエロいから困るんだよなぁ。


「おい龍山。いま二十八歳のアラサーなんて思わなかったか?」


 ドキリとする。


 だからこの人どうして心の声が聞こえてるの?


 もしくは自分の年齢や立場を考慮して、生徒が思いそうなことを自分から指摘してネタにしてるまであるな。……ん? つまりこれはふりか? ツッコみ待ちか?


「だから自分で独身をネタに――塩酸の入った容器を投げようとするのはマジでやめてください!」


 目を血走らせた中本先生が塩酸の入った茶色い容器を手に取ったのでマジで焦った。いやいや、だって思うでしょこれはツッコみ待ちだってどう考えても。


「くそっ。彼女がいるくらいで浮かれやがって。これだから色気づいた男子高校生は。とっととそこに正座しろ」

「はい」


 ここで断れば本当に塩酸を頭から掛けられかねないので素直に従う。ってか床に正座するとちょうど目線が中本先生の組んでいる脚の高さになってしまうんですがどうしたらいいですかっ!


「龍山。お前はなぜここへ呼び出されたかわかるか?」


 中本先生は俺に見せつけるように足を組み替えながら尋ねてくる。


 もう!


 黒は影。黒は影!


「それは……知佳のことですよね?」

「ああ。どこまで進んでるのか、ちょっと聞いておこうと思ってな」

「なるべく早くしてくださいね。知佳を待たせてますから――ってなんでまた塩酸取ろうとするの!」

「当たり前だ! 人がわざわざ彼女との二人っきりイチャコラタイムを消滅させようと昼休みに呼び出したのにのろけやがって! ああ! こうなったら塩酸で龍山そのものを消滅させてやろうか!」

「だからやめてくださいっ!」


 なんでこんな人が先生になれてるのっ!


 ってかこの人は知佳の幸せを願ってる人ですよねっ?


 その後、なんとか中本先生の理不尽な怒りを鎮めた俺は、


「で、知佳との進展は……ってことでしたよね」

「お前らのイチャコラがどれだけ進んだのかを聞くのは非常に不愉快だが、もとは私が頼んだことだしな」


 中本先生が不満げに腕を組む。


 ってかずっと思ってたんですけど、イチャコラって言葉は時代遅れなのでもう使わない方がいいと思いますよ。おばさんくさいです


「えっと、まあとりあえずは知佳に女の友達ができました」


 俺は正直に、知佳の現状について中本先生に報告する。


「はっ? なにをヘンテコな報告してるんだお前は?」


 しかし中本先生はきりと眉を顰めた。えっと、何度も指摘するようで悪いですが、ヘンテコって言葉もおばさんくさいので使わない方がいいと思いますよ。


「いや、だって先生が知佳のことを報告しろって」

「友達ができたくらいかどうか見てればわかる。渋野だろ。私が言っているのはお前らカップルのイチャコラ具合がどうか、を報告しろと言っているんだ」

「かっ……カップルの、ですか?」

「なにをそんなに驚くことがある? いまを楽しくには当然、彼氏彼女のイチャコラも含まれる。純粋な制服デートは高校生のうちにしか楽しめないんだぞ」

「それは……そうですけど」


 確かに大人になれば、それはコスプレになってしまう。


 でも、知佳とのそういう意味での進展って……そもそも俺たちは本当の彼氏彼女じゃないから。


「なんだ、先生相手に答えられないってことは、もうここまで進んだってことか?」


 無言になる俺を見ながら、中本先生がポケットから髪を結ぶ黒いゴムを取り出して口に咥えた。


 ああこれ、男が好きな女性のしぐさランキング上位に入ってるやつだ!


 でも、これを見てここまで進んだって、どういうこと?


「ええと、それは一緒にスポーツをしたってことでよろしいですか?」

「なにっ!」


 中本先生が驚いて口を開いたせいで、黒いゴムが床の上に落ちて俺の前まで転がってきた。


「いまの高校生はセックスのことをスポーツと例えているのか?」

「ななななに言ってるんですか? そんなわけないじゃないですか?」


 おじさんの下ネタはどぎついってよく聞くけど、おばさ――御年二十八歳のアラサーの乙女の下ネタもどぎつかったよ!


「先生がいきなりゴムを咥えたからスポーツかなぁって思っただけです! 車椅子バスケとかそういうの!」

「はっ? 髪を結うためのゴムを口に咥えるってのはな、口にコンドームを咥えてるってことなんだよ。ちょうど似てるし、円の大きさも同じくらいだ。だから男子は口にゴムを咥えている女を見て発情するんだろ?」

「そそそそんなわけないじゃないですか!」


 いや、ほんのちょっとだけそうかもしれないなぁと思ったけども!


「口をすぼめてるのが可愛いんですよ! 発情なんかしないんですよ!」

「なるほど。つまり口に輪ゴムを咥えている姿を龍山は可愛いと思うんだな?」

「そうです。口をすぼめてるのが可愛いと思うんです!」


 俺はそこをきっちり強調させておいた。


 同じ質問が来るなら何度だってそう主張するからね。


「じゃあ女の子の好きな服装とかはあるのか?」

「そうですね。やっぱり清純そうで、図書館とかが似合いそうな感じが好きですね」

「具体的には? もちろんタイトミニスカートは男として外せないよな?」


 どこか自慢げに、太ももを見せつけるように足をゆっくりと組み替える中本先生。


 たしかに体のラインが出るタイトミニスカートもエロくて素敵ですが……ほんとごめんなさい。


「俺はどっちかというと膝丈くらいのが好きですね。初めから見えている足より、不意に見えてしまった太ももの方が好きです」

「それはアラサーの足なんか見たくないということかぁ!」

「だからなんでそうなるんですかぁ!」

「じゃあ最後に好きな下着の色を答えろぉ!」

「それはもうダントツで水色系の」

「それはアラサーの黒の下着なんか眼中にないということかぁ!」

「だからなんでそうな――ってかなんてこと聞いてんですか言ってんですか!」


 くそぉ。


 口に咥えたゴムの比喩の話のせいで感覚がエロ方向にマヒっていたのか、ついつい勢いに任せて変なことまで答えてしまった。

 

 あとやっぱり黒でしたねぇ!


 そこまで教えてくれたなら塩酸は甘んじて受け入れようかなぁ!


 結局、中本先生から逃れられたのは昼休みが三分の二ほど過ぎてから。急いで生徒会室へ行くと、知佳は「一緒に食べたかったから」と待ってくれていた。

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