第9話 タイトスカートに白衣はエロすぎる
昼休み明けの授業は化学。
今日は実験をするため、授業は教室ではなく理科室で行われる。
俺は知佳とともに理科室へ向かった。
「じゃあ、またあとで」
「うん。またね」
理科室での授業の際は、理科室特有の水道がついたテーブルの周りに、出席番号を元に分けられた六人グループで座っていく。なので、残念ながら梓川と龍山の二人が一緒のグループになることはない。知佳が教室前方の右端、対して俺は教室後方の左端という配置だ。
「おう、辰馬。一緒のグループだな」
同じグループの雅道が話しかけてきた。出席番号順だと、龍山と流山は当然のように一緒のグループになる運命にある。
「で、どうなんだよ。梓川さんとは? 順調か?」
俺に彼女がいる――まあ嘘ですが――と知ってからは、雅道もあのうざったいマウンティングをしてくることはなくなった。
しかし、今度はことあるごとに俺たちの関係性を根掘り葉掘り探ってくるように……というのは建前で、
「まあ、ぼちぼちかな」
「そっかー。あ、ちなみに俺たちはな!」
と自分の惚気話をするための前ふりとして俺と知佳の関係性を聞いてくる。
ったく、彼女がいるってだけでこうも盲目になるもんかねぇ。
「お前たちのラブラブっぷりなんてどうでもいいんだよ。聞かされる身にもなってみろ」
「え? だって幸せのお裾分けしたいじゃんか。それでみんなハッピーになれるじゃんか」
でましたー。幸せをそうやって勝手に分けようとするやつマジでムカつく。お裾分けじゃなくてただの押し付けだからなそれ。
「雅道はただ自分の自慢がしたいだけだろ?」
「辰馬お前……、やっぱひねくれてんな」
俺の方にポンと手を置く雅道。
「なんで俺また同情されてんの?」
「それ以上なにも言うな。わかってるから」
「いや、絶対わかってないよね? 近年のIT担当大臣のITのわかってなさくらいわかってないよね?」
「おい、静かにしろ」
俺たちを含めた理科室のざわめきの中に新たな声が投下される。
「授業はもう始まってるんだぞ」
赤縁メガネの奥にある鋭い目で、その女教師は生徒たちを睨みつけるように見渡した。ボンキュッボンな体つきと麗しい顔立ち、そして白衣姿! 大人のエロスがにじみ出まくっている。
先生人気ランキング男子生徒編、圧倒的第一位!
「ったく、始業のチャイムが鳴った後も騒いでいいのは小学生までだというのに」
などとぼやきながら、中本先生がそのタイトミニスカートからすらりと伸びる脚を動かして教壇に向かう。御歳二十八歳。立派なアラサーであるが、年齢のことは絶対に言及してはいけない。独身貴族なんて言おうものなら八つ裂きにされて、なんとか貴族っていう居酒屋のメニューに二百八十円で並んでしまう。
「今日は危険な薬品を扱うから、みんなよく説明を聞くように」
トントン、と手で黒板を二度たたいた中本先生が、今日行う実験の説明を開始する。
「塩酸が手に付着したら、すぐに流水で洗い流し続けること」
中本先生の説明を耳に入れつつ、俺は知佳の方に視線を送った。
知佳はときおりうなずきながら、真剣に中本先生の話を聞いている。
「それじゃあ、グループで役割を決めてから、器具を前に取りに来るように」
その言葉を合図に、理科室が騒がしくなる。
俺はグループ内で与えられた役割を果たしつつ、やっぱりちらちらと知佳の様子をうかがっていた。
……そう、だよなぁ。
なんとも言えない気持ちになった。
知佳はみんなが実験を行なっている様子をただ見ているだけ。まあ、車椅子に乗っている子の扱いなんて、そんなもんだろう。というより、どう扱っていいのかわからないから、腫れ物を触るみたいに扱うしかないと言ったところか。
彼女と同じグループの人たちにも悪気があるわけではないのだ。
そして、知佳はその立場を当たり前として受け入れている。
いや、受け入れざるを得ないというべきか。
これまでに同じような状況を幾度となく経験し、諦めるのが最善だと学んだのだろう。
だから、どれだけ先生の話を真剣に聞いても、彼女は実験には参加できない。
……ほんと、やるせねぇなぁ。
いま、俺が抱いている感情は悔しいでも悲しいでも怒りでもない。
彼女が傍観者になってしまう状況が理解できてしまうことに対する虚しさだ。
誰も悪くないのに、気を遣われる知佳も、気を遣っている同じグループのメンバーも、居心地の悪さを感じなければいけない。
「……どうにか、なんねぇかなぁ」
「おい! 辰馬!」
突然、雅道の声が聞こえた。ふっと我にかえると、俺の右手が塩酸の入った瓶に当たったところだった。
「あうぅ!」
慌てて倒れそうになった瓶を掴んでことなきを得たが、情けない叫び声が理科室中に響き渡ってしまい、みんなの注目を浴びてしまう。
「こら、龍山。集中しろと言っただろ」
後ろを歩いていた中本先生に、教科書で軽く頭を叩かれる。だが、特に怒っている様子はないのでほっと一安心。この先生、怒るとすげー怖いんだよなー!
「せんせー、教科書の角で殴ってやってくださいよ角で」
にやりと笑った雅道が、理科室中に聞こえるほどの大きな声でそんなことを言う。
「だってこいつ、さっきから彼女の方ばっか見てんすよ。ムカつくと思いませんかー」
「なに?」
その瞬間、中本先生の目がぎろりと光る。
何度も言うが、この人は御年二十八。
アラサー。
そして独身だ。
「おい龍山。それは本当か?」
「あ、それは……」
「はい本当でーす。しかもこいつ、さっきから彼女との惚気話ばっかしやがるんですよ」
雅道が火に油を――マグマに石油を注ぐ。
「それはお前だろ!」
抗弁を返すが、中本先生はもはや俺の言葉など聞いちゃいない。
「そうか龍山。惚気話はそんなに楽しいか」
何度も言うが、この人は御年二十八。
アラサー。
そして独身だ。
「お前はこの私が寝る間も惜しんで授業の準備をしている間に、彼女とイチャコラしてるのか。おーそうかそうか。それでどうせ私のことをアラサーだの独身貴族だの言って揶揄してるんだろう。ああー、いますぐ塩酸をぶっかけてやりたい」
「それ教師が言っていいことじゃないでしょ!」
言いながらちらりと知佳を見る。頬を赤くした彼女と目が合い、すぐにどちらからともなく逸らした。
「あ、また彼女と目を合わせてイチャコラしてました!」
「違う! いまのは」
「おい龍山よ。私はいま、教師ではなく一人の女性としてここにいるんだが、なんだか龍山が青色リトマス紙に見えてきたぞ。きちんと赤くなるか白くなるか試さないとな」
中本先生がついにテーブルの上の塩酸の瓶を手に取る。
「それもう骨まで見えてますから! 本当にやる気ですか! 骸骨になっちゃいます!」
「なに? 私が骸骨になるまで結婚できないと?」
「そんなこと言ってませんよ!」
「とにかく罰として今日の放課後、理科室の掃除をすること。いいな」
「…………はい」
なんの罰だよ、と思ったが、中本先生の命を刈り取る死神のような目を見たら反論などできなかった。
あと隣でクスクス笑ってる雅道よ、いますぐ足の小指を机の角にぶつけろ!
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