第3話 彼女も普通の女の子
クラスメイトにあーんし合いっこする様子を見せつけたからか、昼休み以降、知佳との関係を疑う者はいなくなった。
逆に、
「すげーカップル誕生じゃん」
「梓川さん選ぶって、あんた男としてすごいよ」
「ちょっと見直した」
「大変だろうけど、俺は応援してるよ」
等、クラスの様々な男女から声をかけられた。
「あ、ありがとう」
そして、そのたびに俺は愛想笑いを返していた。褒められているのに、胸に靄がかかったような気分になるのだ。
――見直した、大変だろうけど……かぁ。
みんなを騙している心苦しさが、そのもやもやの理由ではない。クラスメイト達の称賛の言葉によって、彼ら彼女らが、知佳を特別扱いしている現実を改めて理解してしまったことが、この胸のしこりの最たる原因だ。障碍者と付き合っている龍山辰馬という人間は、クラスメイト達からすれば普通ではないことをしている特別な存在に見えるのだろう。だから、『見直した』や『大変だろうけど』という言葉が口から出てくるのだ。
ホームルームを終えると、生徒たちが一斉に動き出す。
この瞬間が俺は結構好きだ。
授業中にたまりにたまった鬱屈さが、放課後になった瞬間パーンと弾け、教室が一気に明るくなる。
俺は鞄を持って、知佳のもとに急いだ。
「じゃあ、知佳。一緒に帰ろうか」
「うん。辰馬」
膝の上に鞄を乗せたのを確認してから彼女の背中側に回り、車椅子を押してやる。すると教室に残っていたクラスメイトから「ひゅーひゅー」と歓声が上がった。
そのからかいに「うるせぇうるせぇ」と答えつつ、二人で教室を出る。
「ごめんね。やっぱり余計なことしたかな?」
顔だけ振り返った知佳は申しわけなさそうに目を伏せる。
「大丈夫だって。じきに飽きて騒がなくなるよ」
「騒がれてるのも悪い気はしないけどね」
廊下の突き当りにあるエレベーターに乗って――これが、彼女がこの高校に入学する決め手だったらしい――一階に降り、下駄箱へ向かう。外靴を取り出していると、隣の知佳も同じように下駄箱を開けたので、気になって聞いてみた。
「あれ? 履き替えるの?」
「うん。普通に履き替えるよ」
外を歩かないので上履きのままなんだろうなぁと思っていたので、ちょっと意外だった。
「まあ、歩かないから履き替える必要はないんだけど、お母さんが『それじゃあ女子高生としてどうなの?』って。ほら、上履きのままじゃダサいしさ」
俺の表情を見た知佳が、苦笑しながらそう付け加える。
「なるほど」
確かにそうだと思った。障碍者だから身なりがダサくてもいいというわけではない。知佳のお母さんは優しいんだなと思った。家族に障碍者がいるって結構大変だからね。
「うん。それにほら。そんなに手間じゃないし」
知佳は膝の上に乗せていた鞄を床に置き、上半身を折り曲げていく。つま先に手を伸ばして右足の上履きをひょいと取った。その上履きを下駄箱の上段に入れ、下段から黒のローファーを取り出し、さっきと同じように体を折り曲げて右足にはめた。
「ね、意外と簡単でしょ?」
得意げに、上目づかいで俺を見る知佳。
「簡単って……」
健常者なら三秒ほどで終える作業に二十秒近くかかっているじゃないか。しかも、脱ぐというより取る、履くというよりはめるという感じだし。まあ、足の不自由な人からしたら、それは大変じゃないのかもしれないけど……いや、違うな。
大変とか大変じゃないとかの次元ではなく。
ただ、知佳は慣れてしまっただけなのだと思う。
「それ、手伝おうか?」
気がつけば、俺はそんなことを言っていた。
「え、て、つだう?」
知佳は初めて聞いた言葉みたいに『手伝う』と繰り返してから、左足の上履きに視線を落とす。
「あ、いいよそんなの。悪いよ」
「気にすんなって。ほ、ほら、学校だと俺は知佳の彼氏なんだし」
彼氏という言葉が恥ずかしくて、鼻先を掻きながらでしか言えなかった。
「本当に大丈夫だから」
それに……、と知佳はスカートを上から手のひらで押さえつけ、
「私いまスカートだから、中、見えちゃうかも」
「そそそそうだよな。悪い」
俺は慌てて背を向けた。別にいまは見えてないから背を向ける必要はないんだけど、知佳から言われて、ついスカートの奥を想像してしまったのだ。
「わ、悪い。そうだよな。デリカシーなかったわ」
知佳に靴を履かせるということは、彼女の足の前でしゃがまなければいけないということだ。
目線はちょうど太ももと並行。
そのすらりとした足にだって触れなければいけないだろうし、場合によっては持ち上げなければいけないかもしれない。
そうなれば、まあどうしたって見えちゃうよね。
「あ、もしかして、私の見たくてそう言ったの?」
「なななわけあるか」
即座に言い返すと、後ろからクスクスという笑い声がし始めた。
「ごめんなさい。つい、からかってみたくなって」
「そんなの最初から気づいてたけど?」
俺はそう言いながら颯爽と振り返るも。
「嘘。顔真っ赤じゃん」
知佳にはすべてバレていた。なんでこう俺はすぐばれる見栄を張りたがるかなあ。男子高校生ってみんなこんな感じだよね。
「うるせぇ」
俺は言いながら思う。知佳のことを、物静かで、クールで、人を寄せ付けなくて、なんて思っていたが、きっとそれは間違いだ。彼女はこうして人並みに笑うし、冗談も言ってくれる。たいしてかかわってもいないのに、勝手にこういう人だなんてイメージを押し付けていた過去の自分の傲慢さを強く恥じた。
左足もローファーに履き替えた知佳を待って外に出ようとすると、
「あ、待って。車椅子、外用のに乗り換えないと」
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