Order6 出会い
ラキアは部屋に入ってくる少年に目をこらす。
アントラルは彼に目を向けると、手を額に当てて、大きくため息をついた。
「はぁ……リクト君。『入るときはちゃんとノックをするように』って毎回言ってるよね? 今、客人が来てるんだよ」
「あー、お客さんか! ホンマ、すんません。お邪魔して」
「い、いえ。全然……」
リクトは後頭部を撫でながら、へらへらと笑う。
ラキアは『リクト』と呼ばれていた青年の挙動に困惑していた。彼は一体何なのだろうか? アントラルとの会話的に、アントラルと対等な立場で尚且つ親密な関係であるように見える。
となると、貴族かと思ったが、彼の容姿的にそうは思えない。
ラキアよりも細い体で、ラキアと同じような服に、何か
こんな貴族然としない服装の貴族がいるはずがない。なら、彼は一体……?
この疑問がラキアの中で、拭えることはなかった。
すると、アントラルがリクトに手を向けて、彼について話し始めた。
「紹介するよ、ラキア君。彼はリクト君。君なら知ってるんじゃないかな? 彼はね、あの『二ホン』から来たんだよ」
「『二ホン』って、あの事件の……?」
「そう。あの『二ホン』だね」
ラキアは、肝を冷やした。
『二ホン』。それは、この世界にはない異界にある国の名称。
『異界など存在するはずがない』と多くの人間はそう答えるだろう。しかし、ラキアはそうではなかった。なぜなら、過去にその異界の存在を認知させる事件があったからだ。
まだラキアが冒険者をしていた頃のこと。ある少女が一夜にして数十名を殺害したという恐ろしい事件があった。
当時、容疑者逮捕に
その一人として派遣されたラキアは、容疑者の少女と
そして、この事件は容疑者の猟奇的な姿から『
その容疑者に事情聴取をした際に判明したことは、容疑者が『二ホン』からやってきたということだった。
しかし、この世界には『二ホン』という国は存在しない。何度も真実を吐かせようとするが、容疑者が嘘をついているようには見えなかったという。
結局、真実を突き止めることはできず、真相は闇の中だ。
それにより、『二ホン』という異界が存在すると思う人と、でたらめを言っていると思う人の二極化されるようになった。ラキアはどちらかというと、後者よりだった。
そして今、目の前に『二ホン』から来たという少年がいることで、ラキアの意見は大きく揺れた。
──もし本当に彼が『二ホン』から来たというのなら、目的は何か? 『
そうでないとしても、ラキアは彼に対する警戒心を解くことはできなかった。
その
「まぁ、ラキア君の反応は妥当だろうね。しかも、あの事件に関わっていたなら尚更だよ」
「……そこまで調べてたんですね……」
ラキアが警戒する様子を見たリクトは、肩をすぼめて気まずそうにする。
「なぁ。やっぱ俺、この国の人から嫌われてんの?」
「まぁ、君は悪くないんだけどね……」
アントラルはリクトとの話の延長でラキアを会話に入れた。
「まぁけど、ラキア君、安心していいよ。見ての通り、ただバカなだけだから」
「おい、誰がバカや⁉ シバくぞ! アホっ!」
「人が仕事の話をしているときに、勝手に入ってくる人に言われたくないね」
「それは、ホンマにすまん」
アントラルとリクトの会話を聞いて、ラキアの警戒心が少し薄れていった。話し方を聞いている感じ、悪そうな人ではなさそうだ。
すると、アントラルが顎に手を添えて、真剣な顔でリクトにある報告を求めた。
「それでリクト君。今回はどうだった?」
「……アカン。またおったわ」
「そうか……」
「まぁいつも通り、シバいといたけどな」
何か誇らしげに話すリクトの内容に、アントラルは頭を抱えた。
ラキアは二人の会話が気になり、アントラルに問いかける。
「あの、失礼ですけど、なんの話ですか?」
「あ、すまないね。実は最近、うちの輸送馬車が道中襲われることが多くてね。このリクト君に護衛を頼んでいたんだ」
ラキアはそのことを聞いて、自分が今日負った腕の傷を見つめた。
この傷を負ったのは、メアリの墓参りをした帰りの馬車だった。もしかして、あの集団とも関係しているのだろうか……?
アントラルはラキアを見て、一瞬顔をしかめた。
「……そういえば、ラキア君のその怪我も馬車が襲われたって言ってたよね……?」
「は、はい……」
「えっ!? ホンマに!? 確かにあんた体ボロボロやん……大丈夫なん?」
リクトはラキアに恐る恐る近づいて、傷をまじまじと見つめていた。
「あぁ、大丈夫。ありがとう。心配してくれて」
「ほ、ほうか……ほんなら、ええねんけど……」
ここで、リクトが新しい話題を切り出す。
「そいえばさ、アントラル。ぽんたはまだ帰ってへんの?」
「うん、そうだね。あの子はかなり遠方に行ってるから、まだ帰ってこないと思うよ」
「なんや、ほうなんか……ふぁぁ……ほんなら、俺は部屋戻ってちょっと昼寝てくるわー」
リクトは大きな欠伸をして踵を返そうとしたとき、アントラルが引き留める。
「いや、ちょっとそこで待ってて。ラキア君、新種のコーヒー豆を手に入れたんだけど、試しに飲んでみる?」
「えっ? いいんですか?」
いきなり話を振られて、ラキアは一瞬戸惑う。
「いいよ。君ぐらいしか、コーヒー豆買う人いないし」
ラキアはその話を聞いて納得してしまったが、コーヒーの認知度がまだ低いことを感じて、なんだか悲しい気持ちになった。
「……でしたら、お願いしてもよろしいですか?」
「いいよ。じゃあ少し時間をもらえるかな? ラキア君、この後予定は?」
「えっと、少し買い出しに……」
「わかった。なら先にその買い出しに行ってきてくれるかな? その怪我じゃ大変そうだし、そこのリクト君使っていいからさ」
「はぁっ? なんで俺やねん⁉」
リクトは自分を指さし、
「君、今暇なんでしょ?」
「そやけどさー、俺今から寝るつもりやって言うてたん聞いてたぁ?」
「君は、僕に何かを言える立場じゃないよね?」
「お前それ……あ゛ぁー……へいへい、わかったわかった」
リクトは大きくため息をついて、ワシャワシャと後頭部をかく。
彼はまだどんな人かわからないなぁ……と
「えっと、ラキアさん……やっけ? ほんなら行きましょか。買いもん」
「あ、あぁ。悪い、お願いするよ」
ラキアはまだリクトに対して、どのように接するべきなのかわからなかった。
◇◇◇
北地区、市場通り。
ラキアとリクトが大きな紙袋を持って、その道を歩きながら、軽く談笑していた。
二人は
どうやらリクトは、『ぽんた』という人と二人で旅をしているそうだ。今訳あって、アントラルのもとで働くことになっているらしいが、今後、冒険者登録して世界を旅したいそうだ。
ラキアは昨日のことがあったからか、『冒険者』という言葉に敏感になっていて、その言葉を聞く度に、頬をピクつかせた。
「へぇ……大変そうだな」
「せやねん。けどまぁ、今はこれで生活できてるから、ええねんけどな」
リクトは、陽気に笑い声をあげる。
「リクト
「なぁ、もう『リクト』でええやろ? 俺『君』付けあんま好きちゃうし」
「……わ、わかった。じゃあ、リクトはさ、輸送馬車の護衛してるって言ってたけど……」
ラキアはリクトの体を見回した。
護衛と言えば、屈強な体の人が全身を防具に包んで、大きな剣を持っている印象だった。
しかし、彼は見るからに真逆。
正直護衛が務まるような体型ではない。それに、戦うための武器が見当たらない。その素手で護衛するとも考えられない。武器をアントラルから支給される可能性もあり得るが、彼がそこまでして護衛につけるとは思えない。
ラキアは、リクトの全身を熟視していると、リクトに疑いの目を向けられる。
「おい……お前、今俺が護衛できへんと思ったやろ?」
「いや、だって君、俺よりも細いし……」
「おいおい、お前よぉ言うたな! ほんなん言うなら、タイマンやるか? 全然ええで! 実際に見せた方が絶対に──」
激しく説教を垂れていたリクトの声が、だんだんとゆっくり、小さくなっていく。
すると彼は、遠くのある一点に目を凝らした。
「ん? どうした?」
「なぁラキア……あれ、ヤバないか……?」
リクトは、すっと目線の先を指さした。
ラキアはリクトの指さす方へ振り返る。彼の瞳に映ったのは、女性一人を取り囲む
ラキアは一瞬にして目を見開く。ラキアは、信じられない光景を目の当たりにしたのだ。
それは、絡まれている女性の容姿。丸みを帯びた美しい体型。透明感のある白金色の髪が腰近くまで伸びている。そして、たまに垣間見える彼女の清楚な顔立ち。間違いない、あれは……
「……
目の前の光景をラキアは飲みこむことができなかった。
──俺が見間違うわけがない。あれは、メアリだ。だが、メアリは九年前に、もう……。
ラキアが困惑している間に、男たちがその女性を裏路地へと連れて行ってしまった。
「おいっ! あの子、裏に連れていかれたで! ラキアどうす……って、ラキア……?」
「…………」
リクトが横を見たとき、ラキアは紙袋を持ったまま裏路地のほうを見て固まっていた。
「おーい、ラキア? 聞いてる?」
「……えっ? ん……?」
「ぼぉっとしてんちゃうで! 早よ助けにいかんとっ!」
「えっ……ちょっと待っ……!」
リクトはラキアの腕を掴んで、勢いよく裏路地の方へと走り出した。
コメット•フォレスト~ある喫茶店主の英雄譚~ 夏川そら丸 @utasoso
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