第16話 でもホントは …
・・・ビクトル何の用だろう ?
・・・どうしよう
・・・聞きに行かなきゃ
・・・ビクトル一人だけだったらなあ
・・・あとの二人のことよく知らない
あとの二人はたぶんサッカー部の人。
ビクトルは五年なのに、サッカー部のスーパーエース。
クリロナって呼ばれてる。
四年の時、ドリブルで六年のレギュラーを 7人抜きしたって伝説がある。
浜松のクラブチームにスカウトされたって噂もある天才フォワード。
小学校では、ビクトルと同じクラスになった事ないけど、廊下ですれ違う時なんか「やあ」って笑顔で挨拶してくれる。
保育園のお迎えの事があってから、ぼくの方からなかなか挨拶する勇気がなくて、ビクトルの顔がちゃんと見れなかったのに、ビクトルは気にせずに笑顔で「やあ」って言ってくれる。
・・・ぼくもちゃんとしなきゃ……
・・・車庫になんて隠れてちゃ駄目だ
すぐに出て行って「ビクトルどうしたの ?」って気軽な感じで聞けばいい。
・・・よしっ
「えっ !」
おじいちゃんが門のとこにいた。
・・・おじいちゃん家にいたっけ ?
おじいちゃんはビクトルに近づいて何か言ってる。
ビクトルが困った感じで何か言ってる。
・・・何言ってるんだろう ?
おじいちゃんが追い払うみたいに、手を動かした。
ビクトルが二人に何か言ってから自転車を漕ぎ出した。
サッカー部の二人が怒ってるみたいに見えた。
・・・行っちゃった
ビクトル、何の用だったんだろう ?
おじいちゃん何を言ったんだろう ?
おじいちゃん、家のどこにいたんだろう ?
夕ご飯の時、勇気をだしておじいちゃんに聞いてみた。
「あの…さ、さっき、門のとこに……ビクトルいなかった ?」
「ああ、あれか ?トシは気にしなくていい」
おじいちゃんは、そう言ってからお茶を飲んで、口をくちゅくちゅさせていた。
・・・
「トシ、力丸スイングいい感じになって来たんじゃないか」
「・・・うん」
・・・ビクトルの話は ?
「力丸もこの調子だと、今年はトリプルスリーだな。楽しみ楽しみ…」
・・・
「・・・うん」
おじいちゃんは必ずボーイズの練習を見に来てるので、ぼく力丸スイングしかしていなかった。
でもホントはタカさんスイングの方がよかった。
この間はたまたま力丸スイングでホームラン打てたけど、あれは “まぐれ” だって事、自分で分かってる。
たまたまジャストミートしただけ。
それもたぶん85キロくらいのど真ん中。
一番打ちやすくて遠くに飛ぶ球速。
今、ヒデシくんの投げるボールって100キロ以上の球速があると思う。
前にシートバッティングで対決したけど、力丸スイングじゃぜんぜん駄目だった。
タカさんスイングで、ヒデシくんの豪速球を打ってみたいんだけど…
“ おじいちゃん、今日はいない ” って思っても、よーく探すと必ずどこかで見てる。
木の陰とか、用具倉庫の陰とか、トイレの裏とか… だからタカさんスイングは出来ない。
タカさんスイングは、家で素振りの時にこっそりやってる。
素振りの時、だいたいおじいちゃん出かけているみたいだから大丈夫なんだけど…
「素振りってな…」
おじいちゃんが思い出したみたいに言った。
「いろいろとイメージしながらやるといいんだ」
「・・・うん」
「それとな…500回と決めたらキチっと500回。これも頭のトレーニングになる」
「えっ ?」
「トシはちゃんと500回の素振りをやろうとしている。でもな500回くらいになってるんじゃないか ? きっちり500回振る。それが大事なんだぞ」
おじいちゃんはそう言って、優しく笑った。
「・・・うん」
確かにインハイとかアウトローとか考えてる内に、途中で数がわからなくなって、適当に500回くらいになっちゃってる。
・・・えっ !
おじいちゃん何で知ってるの ?
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