第9話 “ ブン ” って音がする

 

「よお、久しぶり」


日曜日の朝。


車庫のとこで素振りしてたら、いつの間にかタカさんが立ってた。


なんか、一瞬だけすごく怖い目で見てた気がしたけど…


「事件は ?」


って聞いたら…


「ああ、解決した」


っていつもと同じ顔で答えた。


・・・よかった




「左打ちに変えたのか」



「・・・うん」



やっぱりタカさんがいつもより恐い気がした。



「左打ち…楽しいか」



「・・・うん」



「ちょっと右で十回振ってみろよ」



「・・・右で ?」



「ああ、右で真剣に」



「・・・うん…右で真剣に…」



ぼくは右で素振りした。




一回……二回……三回……四回……



・・・あれ ?



“ ブン ” って音がする。



五回……六回……七回……



右だとカクンカクンしない。



八回……九回……十回



・・・楽し…



「どうだ ?」



・・・




「・・・ふつう」



「ハハッ、親父に気ぃ使ってるだろ」



タカさんの顔が優しくなった。



・・・



「左ん時と顔つきがぜんぜん違うじゃん」



「タカさんも左打ち…」



「・・・俺 ?」



「水野選手も」



「水野 ? ・・・としは水野のファンか ?」



「・・・べつにふつう」



あの中・・・では力丸選手が好き…でも、一番はタカさん



「水野は、幼い時から気がついたら左で打ってたそうだ。途中で変えたんじゃない」



「タカさんは ?」



「俺は……としくらいの時に、親父に言われて右から左に変えた・・・そこからは、人の目ばかり気にして野球をやってたな」


タカさんの感じがいつもと違った。



「人の目 ?・・・難しくて分んない」



「ん ? そうか・・・左で親父に褒めてもらう為とか、監督に認めてもらう為とか・・・だからいつも焦ってた。いくら頑張っても、いまいちスカってしなくて、ぜんぜん楽しくなかった」



・・・同じ



「としは右でスカっとやれよ」



・・・



タカさんの顔も声もすごく優しかった。




「でも……おじいちゃん」



「としが右で打ちたいってはっきり言えば、親父は右打ちを一生懸命教えてくれるさ。たかがスポーツなんだから、やってて気持ちよくスカって出来る方を選ばんと損じゃねーか」



「・・・うん」



「親父は今、どこだ」



「庭掃除」



「分かった。ナシ・・つけて来てやる」



タカさんは庭の方に行きかけて…止まった。




「なんで俺の左打ちを、としが知ってんだ ?」



・・・えっ



・・・んと……んと…



「・・・ま…ママに聞いた」



「・・・ふーん」



タカさんは首をひねりながら、庭の方に行った。



・・・タカさんにウソついちゃった



・・・



好きな人との秘密の約束を破るのと、好きな人にウソつくのって、どっちがいけないことなんだろ ?



この時は、なんとなく約束の方が大事な気がした。


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