第62話 普通の恋?

 ――表彰式も終わり、ユイたちは広場に集まっていた。


「え? この自転車を、ぼくに?」


 すでに役目を終えたレース用ママチャリをどうするか、その話し合いの中で、


「うむ。よじろー殿は今、自転車を持ってなかったでござろう? まだ修理すれば使えるし、結構な金額がかかった車体でござる。有効に使える人に使ってほしいのでござるよ」


 という結論に達していた。自転車通学のアミも、一応古い自転車を持っている九条も、その決定に異論はない。


「それを言ったら、ユイちゃんが一番ママチャリを使いこなせるでしょー」


「しかし、拙者にはすでに愛車があるでござる。予備機として使うことも考えたのでござるが、家に置くスペースは無いので、な」


「ぼく、自動車があるからあんまり使わないかもよー」


「それならそれでよかろう。たまに気分が乗った時だけ使うだけでも、この自転車にとっては幸せでござろうよ」


 そんな言葉と共に、渡される自転車。


「ありがとー。ぼく、大切にするね」


「うむうむ。ところで――」


 ユイがすっと話題を変える。


「よじろー殿。『レースが終わったら伝えたいことがある』と言っていたが、あれは何だったのでござる?」


「あー、あれねー」


 ゴールしたら、伝えたいと思った気持ち。それをユイに伝える覚悟は、出来たはずだった。


(やっべー。時間が経ったせいかなー。勇気が薄れてきてる。やっぱぼくがアンカーで走って、そのまま勢いで伝えるべきだった?)


 アキラと戦っていた時は、あれほど熱い思いとしてあふれ出したのに、今では臆病な自分が蓋をしてしまう。

 ごまかすように笑って、頭の後ろで手を組もうとした。その時、アミやカオリから背中を叩かれる。


(言えよ。数文字程度だろ)


(言いなさい。援護くらいはしてあげるから)


 2人は――いや、もしかしたらイアも含めた3人は、与次郎に手を貸してくれる。

 手を貸してくれるというのは、何もしなくても助けてもらえるという意味じゃない。必死に前に進もうとしたとき、それを後ろから押してくれるという意味だ。


(そうだよね。ぼくが言わなきゃ、何も始まらないんだ。ぼくが言えば、全てが動き出すんだ。どっちにかは、分からないけど)




「よじろー殿?」


 ユイが覗き込んできた。もう逃げない。


「ユイちゃん。僕と、付き合ってほしい」


「え? っと、どこへ……でござる?」


「違うよ。そうじゃなくてっ。その――恋人になってください。ってことーっ!」


「……お、おお。そういうことでござるか」


 ここにきて、与次郎は気づいてしまう。


「あ、こ、ここここ答えにくいよねー。そーだよねー。みんないる所だし、どっちの答えでも恥ずかしいっての、ねー」


 おちゃらけてみせた与次郎は、逃げの一手としては抜群の一言を残した。


「答えは、また今度でいいよー。っていうか、ダメだったら忘れたことにして。もし気が変わったら、いつでもいいからさ」


「あ、待ってほしいでござる」


 ユイが、そっと与次郎を引き留めた。




 ユイとしては、どう答えるべきだったのだろう。

 ずっと幼馴染で、これからも幼馴染の友達。そういう関係が続くと思っていた。いや、続くとか壊れるとかじゃなくて、そういうものなんだと思っていた。

 そうじゃなくなる日が来るなんて、思っていなかった。

 でも、このまま保留にされたら、もう二度と友達にも戻れない気がして、

 ――少なくとも、こんな形で気まずくなるのが嫌だと……そう思うくらいには、彼のことが気に入ってるわけで。



「よじろー殿。えっと、その……」


 ユイだって、そんな気持ちが無かったわけでもない。

 そのことに今、ほんとうに今さら、気づいたから。


「拙者、その申し出を受けるでござる」


 顔を真っ赤にしながらも、キュッと手を胸の前で組んで叫ぶ。そんなユイの姿に、周囲が失笑した。


「え?」


「いや、ユイちゃん。それじゃ果たし合いみたいだよ」


「ユイらしいわ」


「やっぱユイだな」


「だ、だってどんな口調で答えたらいいのでござるか? 拙者こんなときだけ女の子っぽいのも恥ずかしいでござるよ」


 イアも、カオリも、アミも、みんな笑っていた。こうして空気が壊されたのを機に、与次郎の顔からも緊張の色が消える。


「それじゃ、ユイちゃん。カップル成立のちゅー……ぶごあっ!?」


「調子に乗るでない。急なのでござるよ」


「じゃあハグ。はぐはぐー」


「俗物すぎるでござるーっ」


 ではカップルとは何をすればいいのかと言えば、要するに追いかけっこらしい。お互いに元気なものだ。




 とかく、みんな笑顔であった。九条を除けば――


「おお、九条殿。そういえば、足の怪我は大丈夫でござるか?」


「あ、ああ。大丈夫だ。それより、与次郎と付き合うんだな。おめでとう」


「うむ……まあ、気に入らなければすぐフッてやるでござるけどな」


「あー、酷いよユイちゃーん」


 楽しそうな事である。それはとてもいい。

 九条はそう思っていた。


「――?」


 そう。嫌がる理由なんか何も無いのだ。

 最近ちょっと面白い奴だと思っていた与次郎が、同じく最近気になっていたユイと付き合うことになって、また面白い話が聞けそうじゃないか。なら何も問題ないわけで、九条としても喜ぶべきである。

 なのに――


(……よく分からんな。落車したときに頭でも打ったか? 俺――)


 妙にスッキリしない気分を抱えることになり、混乱した九条は、


(まあ、いいか)


 いつものように、何も気にしないようにして受け流してしまうのだ。細かい事を気にしないのは、自分が一番傷つかない方法だから。


「それじゃ、みんなで打ち上げでも行くか。せっかくの優勝賞金だからな」


「そうでござるな。山分けしても余るでござろう」


「わーい!」


「よーし、じゃあぼくも車出しちゃうぞー。あ、でもあれ4人乗りだった」


「いいわよ。私も使用人に車を出させるわ」


「さすがカオリだな。アタシらと違うわ」




 自転車が深めたそれぞれの友情と、ここから始まる新しい日常。

 そんな胸がはちきれんほど高鳴る事象に、みんなは浮かれていた。

 ただ一人だけは、その明るさに影を残すのだが。

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ママチャリだけで無双できる少女。できれば普通に恋がしたい 古城ろっく@感想大感謝祭!! @huruki-rock

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