第6話 村一番の大酒飲み
バルオキーに到着したアルド達だったが、サイラスがすぐに別件で出かけてしまったので、アルドとリィカは二人で村の中を散歩しながら、サイラスの帰りを待つことにした。
「もういい加減にしなよ、じいさん!」
「まだまだぁ〜!酒だ!酒を持ってこぉ〜い!」
アルド達がマスターに挨拶をしようと酒場に入ったその瞬間、酒瓶の倒れる音と共に、そんなやりとりが聞こえてきた。
みると、まだ昼間だというのにテーブルいっぱいに沢山の酒瓶を拡げては、飲んだくれている一人の老人の姿があった。
「昼間っからさすがに飲み過ぎだよ!ロペス爺さん、もうこのくらいにしといたらどうだ?」
そんな爺さんの様子を、すぐ側で眺めていた酒場のマスターも、困り果てた表情でそう漏らす。
「…呂律ノ回らナイ、繰り返サレル言動に、紅潮した皮膚…完全ニ酔っ払いデスネ。」
そのお爺さんの姿を見たリィカが、自分の両目のレンズを光らせながらそう話す。
「…ユニガンでは魔獣の軍が攻めてくるっていう噂まであるのに、全く呑気な爺さんだゼ。」
そう言って全く酒をやめようとしないその爺さんに、アルドは腕組みをしながら呆れた表情を浮かべた。
「魔獣の軍勢が攻めてくるだぁ!?戦いが怖くて酒が飲めるか!」
だが当の爺さんの方はアルドのそんな言葉に怯えるどころか、さらに威勢良く豪快に笑いはじめている。
「…ダメだこりゃ…」
アルドの脅しにも決して屈する事のないその爺さんの姿を見たアルドが、そう呆れて溜息をついたその瞬間———…
「おじいちゃん!またこんな所で飲んで!」
そう言いながら酒場の入り口から入って来たのは、可愛らしい小さな女の子だった。
「お医者様からも、そろそろお酒を辞めないと今に大変な病気になるって、いつも言われているのに…!!」
そう言って自分の腰に手をやりながら、険しい表情で爺さんを怒鳴りつける少女。
ロペス爺さんの孫なのだろうか。
もはや酔い過ぎて少女の言葉に答える事なく机の上へと突っ伏せてしまった爺さんの体を、少女は一生懸命揺り動かしている。
「そうなってしまったら、もう起こすのは無理だよ。しばらくしたら目が覚めるだろうから、その頃にもう一度おいで。」
酒場のマスターは、机の上に伏せて眠ってしまった爺さんの体に、優しく毛布を掛けながらそう言った。
「う〜ん、あのお爺さんにお酒を辞めさせるにはどうしたらいいだろうか。」
女の子と共に酒場の外へと出たアルドは、そう言って首を傾げた。
女の子も心配そうな表情を浮かべたまま、すでに押し黙ってしまっている。
困り果てたアルドは、リィカの方に目を向けた。
アルドのその視線に気がついたリィカは、自分の両目のレンズをビカビカと光らせながらこう答えた。
「お酒ヲ辞めサセルには、何カお酒デ嫌な思いをサセルのが一番カト…」
「…嫌な思い…か。」
リィカのその言葉に、アルドは自分の顎に手をやりながら考え込んでしまった。
そんなアルドの様子を見たリィカはさらに言葉を続けた。
「ソウデスネ、例えばお酒ヲ飲んでイル時に、怖い思いをサセルトカ…」
「…怖い思い…それだわ!」
リィカの言葉に、突然女の子が大きな声をあげた。
「ビックリした!なんなんだ、いきなり…」
その声に驚いたアルドが思わず後ずさる。
「思い出したのよ!そういえばお爺ちゃん、何故かヌアル平原にはあまり行きたがらないのよ!散歩に誘っても、他の場所なら
すぐに行くのに、ヌアル平原って聞いた途端、全然行きたがらなくて…」
「不思議だな。ヌアル平原に何かあるんだろうか?」
少女の言葉にアルドは再び首を傾げる。
「行ってミル価値ハ有りそうデスネ。」
そう言ってリィカも少女の言葉に頷いた。
「きっとヌアル平原には、お爺ちゃんが嫌がるような何かがあるんだわ!お兄ちゃん!私をヌアル平原まで連れていって!」
少女のその必死な表情で話す悲痛な訴えに、アルドとリィカが顔を見合わせながらこう言った。
「…ドチラニセヨ、アノお爺さんをアノママにシテはおけませんカラネ…」
「よし!じゃあヌアル平原に行ってみるか!」
こうしてアルド達は、その女の子を連れてヌアル平原へと向かって行ったのだった。
◇◇◇
「別にこれといって爺さんが怖がるようなものはないよなぁ〜」
ヌアル平原へと辿り着いたアルド達だったが、特に爺さんの怖がるような物は見当たらなかった。
そればかりか辺りには美しく広がる緑に、透き通るように広がった海。
そこには見渡すばかり、綺麗で安らぐような風景しか存在していなかった。
「ここにはこんなにいい景色があるってのに、どうして爺さんはここに来たがらないんだろう…」
アルドがそう言いかけた瞬間———…
「きゃあ!」
近くのしげみの中から、突然ゴブリンが飛び出してきた。
ゴブリンの数は3匹。
どれもすでに戦闘態勢に入っている。
アルドは自分の背後へとその少女を隠すと、すぐさま自分の剣を構えた。
「突然襲って来るなんて危ないな!このままだと通りかかった他の村人達も襲われてしまう可能性があるし、悪いけどここで倒しておくしかないな!」
そう言ってアルドとリィカは、ゴブリン達と戦う事になったのだった。
◇◇◇
「よし、なんとか倒せたぞ!」
ゴブリン達を退けた後、額に流れた汗を拭いながら、剣をしまったアルドがふと目を向けると、ゴブリン達がいた辺りに何か落ちているのを見つけた。
「なんだ?これは…」
思わずアルドがそれを拾い上げる。
地面に落ちていたのは、小鬼の皮が二つとボロボロの布一枚だった。
どうやらどちらも先程倒したゴブリン達が落として行ったものらしい。
「これだ!」
拾いあげたその物体の正体が分かったアルドは、そう言ってパチンと指を鳴らしたのであった。
◇◇◇
「爺さん、もういい加減にしたらどうだい?」
無事目を覚ましたロペス爺さんだったが、起きるやいなや、また一人で酒盛りをはじめてしまった。
「あー!おじいちゃん!またお酒なんて飲んで!」
ちょうどその頃に、アルドと少女は酒場へと戻って来た。
爺さんはそんな少女に悪びれる様子などなく、相変わらず呑気に酒盛りを続けている。
「おぉ、リナか。別にいいじゃろう?ワシは酒を飲んでる時が一番幸せなんじゃ。」
そう言って抱え込んでいた酒瓶から酒をグラスに入れると、一気にそれを飲み干すロペス爺さん。
…そんな飲み方ばかりしていると、確かに体には悪そうだ。
「お酒を沢山飲み過ぎると、幻覚を見る事だってあるんだよ!」
そうまくし立てる少女に対して爺さんは、
「幻覚が怖くて、酒が飲めるかぁ〜!」
…と、顔を真っ赤にしたまま答えていた。
(…どうあっても酒を辞めるつもりはないんだな…)
そう思ったアルドは、その場ですぅ〜っと息を吸うと、大きな声でこう言った。
「今だ!」
アルドの放ったその合図で店の中へと入って来たのは、棍棒を携えた、1匹のゴブリンだった。
「あわわわ…!ゴブリン!」
突然のゴブリンの登場に驚いた酒場のマスターが悲鳴をあげる。
もちろんこれはあの時ゴブリンが落として行った小鬼の皮とボロボロの布を使って、リィカが変装をしているだけなのだが、付け焼き刃にしてはかなりのクオリティーであり、現に酒場のマスターは驚きすぎて、その場で腰まで抜かしてしまっている。
…だが…
「んー?」
当の爺さんは全く驚いた様子もなく、ただジィーっとリィカが変装したゴブリンの姿を眺めると、机を叩きながらこう言った。
「たかがゴブリンごときで、俺の酒がやめれるかぁ〜!酒だ!酒だ!酒をもっと持ってこ〜い!」
「ダメだ!このままじゃおじいさんが…!」
そうアルド達が諦めかけたその瞬間———…
「お!アルド殿!ここにいたでござるか!」
突然酒場のドアが開かれ、サイラスが中へと入ってきた。
「…サイラス、なんでここに…」
アルドがそう言いかけた瞬間…
「ぎゃあぁぁぁぁあ!カエル———!!」
突然ロペス爺さんが椅子から転げ落ちると、そう叫びながら震える指でサイラスの事を指差した。
「…拙者の事でござるか?」
そう言って、倒れたロペス爺さんを起こそうとサイラスが近づこうとしたその瞬間———…
「あわわわわ!近づくな!ワシは昔っからカエルが大嫌いなんじゃ!」
そう言って床の上を這いながら、必死にサイラスから距離をとろうとするロペス爺さん。
それは先程までの威勢が良かった爺さんとは、全く別人のような姿だった。
「あ!思い出したわ!」
そんな爺さんの姿を見た少女がそう言ってポンっと手を打つと、こう言葉を続けた。
「そういえば昔にお婆ちゃんが、お爺ちゃんはカエルが大嫌いだって言ってたわ!」
「それで爺さんはヌアル平原に近づかなかったのか!あそこは雨上がりにはカエルが沢山出てくるもんな!」
そう言ってアルドは妙に納得をした。
「…一体何の話でござる…ふぐぅっ!」
話の状況が全く掴めずオロオロしているサイラスの口を、ゴブリンに扮したリィカが後ろから塞いだ。
「爺さん、カエルって一体何の話なんだ?俺達にはカエルなんてどこにも見えないゼ?」
そう言ってシラを切るアルド。
「…ほら、酒を飲みすぎたからカエルの幻覚まで見えはじめたんだ。これ以上飲み続けたら、カエルの幻覚に一生悩まされるかもな。」
そんなアルド達のやり取りに合わせて、酒場のマスターも、今爺さんが見ているサイラスの姿は、幻覚だと言い張った。
「…そんなぁ〜…」
カエル男の姿が、自分にしか見えていないと思い込んだロペス爺さんは、その場でガックリと肩を落としたのだった。
◇◇◇
「アルドさん達のおかげで、おじいちゃんもしばらくはお酒を飲むのをやめる事にしたみたい。本当にありがとう。」
酒を辞める事に決めたロペス爺さんをみんなで自宅へと送り届けた後、少女はアルド達に向かってそう言った。
「ソレハ良かったデス。」
その言葉に、リィカが嬉しそうな声をあげる。
「こんな可愛くていいお孫さんがいるのに、あの爺さんも酒ばかり飲んでちゃいけないよな〜」
そんな言葉に、サイラスだけは腑に落ちない表情でこう呟いた。
「…しかし、仕方がない事だとはいえ、拙者が幻覚扱いされたのは、納得がいかないでござる。」
「まぁいいじゃないか、これも人助けだと思って、さ。」
そう言って、体を伸ばしたアルドの鼻先には、とても暖かい緑を含んだ風が、優しく通り過ぎたのだった。
〜ケロケロ様、おいしいお料理とお祭り花火
完 〜
ケロケロ様、おいしいお料理とお祭り花火 むむ山むむスけ @mumuiro0222
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