第5話 植木鉢をたおす猫
「あー!またやられたよ!」
王都ユニガンを歩いていたアルド達の耳に、突如としてそんな声が聞こえてきた。
見ると一人の男が、うんざりとした表情で地面の上を眺めている。
その男の目線の先には、割れて土と破片が飛び散った、一つの植木鉢の姿があった。
元々その植木鉢に植えられていたであろう綺麗な花も、今やその土にまみれて泥だらけとなっている。
「一体どうしたんだ?」
その植木鉢の悲惨な状況に、思わずアルドがその男に声をかける。
「…ラルだよ。」
「え?」
だが、暗い表情でポツリと呟いた男のその言葉の意味が全く理解できなかったアルドは、思わず男にもう一度聞き返した。
「あぁ、ラルっていうのはほら、あそこで毛繕いをしている猫の事だよ。」
そう言って男が指をさした先にいたのは、酒場の前で横たわり、丁寧に毛繕いをしている茶色い縞模様の猫だった。
「ラルっていうノハ、猫ノ名前だったノデスネ。」
そう言ってリィカが納得したように頷いた。
「あの猫が一体どうしたっていうんだ?」
ようやくその男の言う”ラル”という言葉の意味を理解したアルドは、そう言って男に尋ねた。
「ラルは数ヶ月前からこの街に住み着いた野良猫なんだが、何故かいつもウチの窓辺に飾ってある植木鉢だけを倒して行ってしまってな。毎回きれいに飾っていても、いつもこの通り植木鉢を倒されてしまうから本当に困っているんだ。」
そう言って男は、近くにあったホウキでその壊された植木鉢の掃除をしはじめた。
「…ソレハ大変ですネ。」
困り果てている男の姿を見たリィカが、思わずそう言葉を漏らした。
「でも、毎回倒されてしまうなら、そこにはもう植木鉢は置かない方がいいんじゃないのか?」
そんなアルドの提案に、その男はさらに困った表情を浮かべながらこう答えた。
「それがそうもいかなくてな。実はここは花屋でな。俺が一人でこの店を営んでいるんだが、一番客の目につくのがこの窓辺でな。看板の変わりみたいなモノだから、ここに花を飾らないというワケにはいかないんだ。」
「それは困った話でござるな…」
その男の言葉に、今度はサイラスが困った表情で顔をしかめた。
「そのラルって猫は、他の場所では悪さをしないのか?」
今度はこの一連の奇妙な話に疑問を抱いたアルドが、男に向かってそう尋ねる。
「それが他の場所では全くやらないらしいんだ。酒場の店主も、宿屋の主人も、みんなラルの事を人懐っこい可愛い猫だって言ってるしな。」
そう言って溜息をつく男。
「…奇妙な話デスネ。」
そんな男の話に、リィカも思わず小首を傾げた。
(…花屋の植木鉢は壊すのに、他ではいい猫っていう事が、本当にありえるんだろうか?)
そんな事を考えながら、アルドはさらに自分の頭の中に浮かんだ疑問を、そのままその男にぶつけてみる事にした。
「ラルが毎回植木鉢を倒していくっていうのは、確かな話なのか?」
「あぁ。実際にラルがこの植木鉢を倒しているところは見たことがないんだが、どうやらいつも夜中のうちに植木鉢を倒しているみたいなんだ。俺も夜には自分の家に帰るし、夜はこの店を閉めてるから夜の事までは分からないんだが、翌朝植木鉢が壊されているのに気づいた時には、何故か必ず近くにラルの姿があるんだ。」
「…なんでラルはこの植木鉢だけを毎回倒していくんだろう?」
男の話すその不思議な話に、アルドは首を傾げながらそう答えた。
「それが分かれば苦労はしないよ。そうだ!あんた達、良かったら何でラルがあの植木鉢だけを毎回倒して行くのか、探ってみてはくれないだろうか?俺は店があるし、理由が分からなければ、これからもラルに対して何の対策もとれないしな。」
「…確かに俺も何でラルがそんな事をするのか気になるしな。分かったよ。しばらく俺達でラルの事を探ってみるよ。」
こうしてアルド達は、猫のラルの行動を調べてみる事にしたのだった。
◇◇◇
「特に変わった様子はないな…」
花屋の店主に頼まれて、ラルの行動を探っていたアルド達だったが、当のラルの方はというと、のんびり街の中を散歩してみたり、宿屋や酒場の主人から食べ物をもらったり、あとは他の猫とひなたぼっこをしたりして、ごく普通の猫らしい行動ばかりを繰り返していた。
「これと言っておかしな行動はしていないでござるな。」
サイラスも腕を組みながらそんなラルの姿をじっと眺めていた。
そしてようやく日が沈み始めた頃…
ラルは突然立ち上がると、例の花屋の前へと向かいはじめた。
花屋の前に辿り着いたラルはその場に座ると、花屋の窓辺の方をじっと静かに見つめだした。
花屋の窓辺には、あの花屋の主人が準備したであろう、新たな花の植木鉢が置かれている。
(…やっぱりあそこの植木鉢には何かあるのか?)
アルドはそんな風に思ったりもしたが、今はこのままラルの事を静かに見守ってみる事にした。
夜も更けてきた頃———…
相変わらず花屋の前でじっとしていたラルであったが、突然ピクンと両耳を動かすと、激しい鳴き声をあげながら花屋の方へと駆け出して行った。
「なんだ!?一体どうしたっていうんだ!?」
ラルの突然のその行動に、驚いたアルド達も一斉に駆け出す。
その瞬間…
ガシャーン!!
植木鉢が割れる音がした。
「ラルがやったのか!?」
そう思ったアルドが花屋へと辿り着いたその瞬間————…
フー!!
地面の上で砕かれた植木鉢の前で、全身の毛を逆撫でながら激しい唸り声を上げているラルの姿があった。
先程までの穏やかなラルとは全く別の猫のようになってしまったラルの目の前にいたのは…
「ギャギャ!またあの猫だギャ!」
割れた植木鉢の中から奪った花を、食いちぎっている2匹のゴブリンの姿だった。
「ここの花屋の花は特に新鮮だから、夜のうちに全部の花の根っこを食い尽くしてやろうと思っているのに、いつもあの猫が邪魔してくるだギャ!」
そう言ってゴブリンは、口にしていた花の根っこを、ぷっと地面の上へと吐き出すと、ジリジリとラルに近づこうとしはじめた。
「植木鉢を倒していたのは、ラルじゃなくてお前達だったのか!」
そう言ってラルの前に飛び出してきたのはアルド達だった。
「ラルはゴブリン達の悪事ニ気づいて、一人デ花屋サンを守ってイタのデスネ。」
「ラル、良く頑張ったでござるな。あとは拙者達に任せるでござる。」
そう言ってアルド達はそれぞれの武器を構えると、そのゴブリン達を追い払ったのだった。
◇◇◇
翌朝、アルドは昨晩の出来事を花屋の主人に伝えた。
「まさかラルがゴブリン達からこの店の花を守ってくれてたなんてな。植木鉢が壊されていた事をラルのせいにしたりして、本当に悪い事をしちまったな。」
そう言って申し訳なさそうな表情で頭を掻きながらラルの事を見つめる店主のそばで、ラルは別の植木鉢へと止まった蝶を、必死に自分の前足で追い払おうとしていた。
「ラルは、本当にお花ガ大好きナノですネ。」
蝶と一緒に花の植木鉢の周りをくるくるとまわっているラルの姿を眺めながら、リィカがそう言った。
「そんなに花のことが好きなんだったら、この店でラルを飼ってやったらどうなんだ?」
そんなアルドのその言葉に、花屋の店主は何かをひらめいたようにポンっと自分の手をひとつ打つと、いまだ蝶と戯れ続けているラルの体を抱きかかえながらこう言った。
「それはいい考えだ!ラルは立派なウチの店の守り神…いや守り猫だもんな!どうだラル!今日からウチの猫になるか?」
「にゃ〜ん!」
とても穏やかなこの日———…
久々に平和が訪れた花屋の店先で、とても嬉しそうな猫の鳴き声と、楽しそうな店主の笑い声がこだましたのだった。
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