第4話 本当につよい人
初めて港町リンデへと到着したアルド達が街の中を散策していると、宿屋の前で3人の若者達が、何やら話し込んでいた。
彼らは年の頃であればまだ10代だろうか。二人の男の子の前には、彼らより少しだけ年上のような女の子が佇んでいた。
「何をそんなに話し込んでいるんだ?」
その側を通りかかったアルド達は、彼らの話に少しだけ耳を傾けてみることにした。
「サーラは一体どんな男がタイプなんだ?」
二人の男の子のうち、元気そうな男の子の方が、サーラと呼ばれたその女の子に向かってそう尋ねる。
「私のタイプかぁ…そうね、私の好きなタイプは、強い人かなぁ。」
「…強い人…」
サーラのその言葉に、威勢のいい男の子の隣にいた、もう一人の気弱そうな男の子は、がっくりと肩を落とした。
「私に聞きたい事ってそれだったの?じゃあ私は家の手伝いがあるからこれで帰るわね。」
そう言ってそのサーラと呼ばれた女性はそそくさとその場を去って行ってしまった。
その場に残された男の子二人は、ひそひそと話しをしはじめる。
「サーラはやっぱり強い男が好きなんだ。サーラはよく王都ユニガンまで一人で買い物に行くって言ってたし、自分を守ってくれるような人と恋人になりたいんじゃないのかな。」
「本当にそうなのかなぁ?それってまたガルグの勝手な思い込みなんじゃ…」
「何言ってんだよビリー!サーラのあの言い方は絶対にそうに決まってるだろ!」
「…そうなのかなぁ…」
どうやら話の流れからして、気の強そうな男の子の名前は『ガルグ』、そして気の弱そうな男の子は『ビリー』というようだ。
どちらもサーラに気があるようで、どうすれば自分がサーラに気に入ってもらえるかを話し合っているようだが…
「絶対にそうだよ!そうと決まれば、二人でセレナ海岸のモンスターを倒して、倒した証にサーラにプレゼントしてやろうぜ!」
そう言って何故かその場で威勢よくガッツポーズをして見せるガルグ。
そんなガルグに、ビリーは驚きながら反論をした。
「えぇ!?俺たちだけでセレナ海岸に行くなんて危ないよ!」
「大丈夫だって!二人で行けばなんとかなるさ!さぁ早く行こう!」
そう言ってガルグと呼ばれた男の子は、あまり気乗りしていない様子のビリーという少年の手を無理矢理引っぱりながら、セレナ海岸の方へと向かって行った。
「…本当ニ彼らダケで大丈夫なのデショウカ?」
彼らの様子を黙ってみていたリィカが、小首を傾げながらそう呟く。
「セレナ海岸はモンスターが多いでござるからな。」
同じくサイラスも、心配そうに彼らの背中を見送りながらそう言葉を続けた。
「流石に彼らだけじゃ心配だよな。一応俺達もついて行ってみるか。」
こうしてアルド達は、ひとまずその二人の少年の後を、ついていく事にしたのだった。
◇◇◇
「モンスターを倒してプレゼントするって、一体何をプレゼントする気なんだ?」
セレナ海岸へと辿り着いたビリーは、ガルグに向かってそう尋ねた。
「セレナ海岸にはエイヒっていうモンスターがいてな。ソイツを倒したら、その瞳からは紅目玉っていう目玉が取れるんだけど、それがすっげぇ綺麗でさ。まるで宝石みたいだっていう噂があるんだ。それでペンダントを作ってサーラにあげようかなって…」
「まさかエイヒを倒す気なのか!?エイヒは凶暴なモンスターで、村の男達でもなかなか倒せないって噂だぞ!?」
ガルグの突然の提案に、驚いて反論をするビリー。
「もちろんだろ!サーラだってきっと綺麗な宝石が欲しいに決まってる!」
だが、当のガルグの方は、そんなビリーの話になど全く臆する様子もなく、相変わらず自信満々にめちゃくちゃな事を言っていた。
「大丈夫!俺達二人でやれば何とか倒せるさ!そうと決まれば…ほら、噂をすればエイヒがいるぜ。」
そう言って徐々に小声となっていったガルグの目線の先には、4匹のエイヒ達がいた。
「どうやらまだ俺達には気づいていないみたいだ。このままこっそりと近づいて…」
そう言ってガルグがそのエイヒ達の群れに近づこうとしたその瞬間…
ガルグの気配を察知したエイヒ達が一斉にガルグ達の方を振り向いた。
「…しまった…!」
振り向いたエイヒ達が、そのままガルグに襲いかかろうとしたその瞬間————…
「ギシャァァァ!!」
アルドの振るった剣が、4匹のエイヒ達を退けた。
「二人は下がっているでござるよ!」
そう言ってカエルのサイラスがガルグ達を庇うようにして刀を構える。
「…ギギギ…」
アルドの刃に一度はひるんだエイヒ達だったが、さらに敵意を剥き出しにしてこちらへ襲いかかって来ようとしてる。
「このまま追い払えればと思っていたんだが仕方がない…こうなったら倒すしかないな!」
こうしてアルド達は、そのエイヒの群れと戦う事になったのだった。
◇◇◇
「…ふぅ、なんとか倒せたな。」
無事エイヒの群れを倒したアルドは、そう言って剣をしまうと自分の額に流れた汗を拭った。
そんなアルドの後ろでガルグとビリーは、すっかりと腰を抜かしてしまったのか、間の抜けた表情のまま地面にへたり込んでいた。
「お二人に怪我ガナクテ良かったデス。」
二人の様子を見たリィカが、そう言って安堵の言葉を漏らした。
「そうだぞ。これに懲りたらもう危ない事なんてするんじゃ…」
そこまで言ったアルドの目線の先に、キラリと光る何かが映った。
「なんだコレ?」
アルドが地面に落ちていたそれを拾いあげてみると、
「あー!それは紅目玉!!」
そう言ってガルグは勢いよく立ち上がると、アルドの腕から紅目玉を無理矢理ひったくって行った。
「何するんだよ!?」
思わずアルドがガルグに向かって苦情の声をあげる。
「これぞまさしく紅目玉!さっきのエイヒ達が落としたんだ!」
だがそんなアルドのことなど他所に、ガルグは奪った紅目玉を太陽の光に当てて眺めながら、嬉しそうな声をあげていた。
「これをサーラにあげれば…」
「だ…だめだよ!それは僕達が倒して手に入れたもんじゃないんだから…!」
ガルグのその言葉に、ビリーが必死に反論をしはじめた。
「大丈夫!どうやって手に入れたかなんて黙ってればいいんだよ!それにサーラがもっと紅目玉が欲しいって言ったら、またこの人達に頼めばいいしな!」
ビリーのそんな言葉に、アルドの事を指さしながら自信満々にそう答えるガルグ。
「め…めちゃくちゃだな!」
ガルグのそのあまりの横暴さに、アルドも思わず驚きの声をあげた。
「そうと決まれば早くこれをサーラの所へ持って行こうぜ!」
「あ!待ってよガルグ!!」
そう言って、アルドから奪った紅目玉を持ったまま港町リンデの方へと向かって走り出したガルグの後を、ビリーも慌てて追いかけて行った。
「なんて奴だ!」
そんなガルグの様子を見たアルドは、そう言って腕組みをしながら呆れた表情を浮かべた。
「でもコノママにはシテおけないデス…」
「あのビリーって子の事も気になるでござるしな。」
リィカとサイラスもそう言って、心配そうな表情を浮かべている。
「だよな〜、仕方がない。俺達も後を追うか。」
こうしてアルド達もらガルグ達の後を追って港町リンデへと向かったのだった。
◇◇◇
「あら、これを私にくれるの?」
アルド達が港町リンデにたどり着いた頃、ちょうどガルグがサーラに、紅目玉で作ったペンダントを手渡している所だった。
「すごく綺麗…どうやって手に入れたの?」
そう言ってサーラはそのペンダントについている紅目玉の事をじっくりと眺めている。
「ほら、さっきサーラが強い男がタイプだって言ってただろ!?だから俺とビリーでエイヒの群れを倒して来たんだ!な?ビリー!」
サーラのその言葉に、ガルグはビリーの肩に手を回しながら、自慢げにサーラにそう告げた。
(…エイヒを倒したのは俺達なんだけどな…)
ガルグの後ろで、アルドはそんな風に思っていたが、今はその言葉は口に出さないでおく事にした。
「本当に綺麗だわ…私、紅目玉って昔から大好きなの。本当にありがとう。」
そう言って微笑むサーラ。
そんなサーラの表情を見ていたビリーは、その場で俯いてギュッと自分の拳を握りしめると、震えた声でこう言った。
「…だめだよ…やっぱりこんなの…僕にはサーラを騙す事なんで出来ない…」
「何を言い出すんだよ!ビリー!」
ビリーのその言葉に、驚いたガルグが必死にビリーの言葉を制止しようとしたが、ビリーはそんなガルグに全く屈する事なく、サーラの前で真剣な表情でこう言った。
「ごめん!サーラ!僕達本当はエイヒなんて倒してないんだ!本当はエイヒを倒したのはこの人達で、その紅目玉はその時たまたま手に入れた物なんだ!サーラが強い人が好きだって言うから、僕達の強い所を見せようって思って…でもこんなの間違ってるよ!サーラ、本当にごめん!」
そう言ってビリーは、サーラの前で深く頭を下げた。
ビリーの体は、今も小刻みに震えている。
そんなビリーの様子に、少し驚いた表情を浮かべたサーラだったが、次第に優しい微笑みへとその表情を変えると、透き通るような声でこう答えた。
「…いいのよ、ビリー。私はあの時、確かに強い人が好きだとは言ったけれど、強さっていうのは何も腕っぷしや力が強いっていうだけではないと思うの。ビリーのように正直でまっすぐな優しさ…私はそれも十分な強さだと思うわ。」
「…そんな…」
サーラのその言葉に、がっくりと肩を落とすガルグ。一方ビリーの方は先程とは違って、明るい表情を浮かべている。
「…それじゃあ、サーラのタイプの男の人って、ビリー…」
そう言って悲しそうな声を漏らしたガルグの姿を見たサーラは、口元に手をやりながらこう言った。
「でも、残念ね。今の私の好きな人のタイプって、『とびきりのお金持ち』なの。」
その言葉を聞いたガルグは、その場で立ち上がると明るい声と表情でこう言った。
「よぉーし!それじゃあ今から俺は、リンデで一番のお金持ちになるぞー!」
「ぼ…僕もっ…!」
そう言って元気に駆け出していったガルグ達の背中を見送りながら、
(…もしかしてサーラって実はとんでもない小悪魔なんじゃ…)
と思ったアルド達だったとさ。
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