穴の空いた悪魔

Dr.醤油煎餅

穴の空いた悪魔

 何処かの村に、大きく元気な赤ん坊が生まれた。その赤ん坊は元気にスクスクと育ち、怪我や病気をする事なく、温かい大人に囲まれながら幸せに育ちました。

 しかし、そんな小さな村に飢饉が起きました。男の子は村の人が腹を空かせて倒れていくのを見ていられなくて、自ら口減らしをかってでました。

 大人たちは引き止めようとしましたが、少年の決意は固く大人たちの方が折れてしまいました。仕方がないので、男の子に鉈を持たせて送り出しました。


 男の子は行く宛がなかったので、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ歩き回っていましたがある町で兵士を募集している張り紙を見つけました。運のいいことだと思い、男の子は兵士の募集を受けました。

 男の子は無事合格して兵士になる事が出来ました。そのまま順調に出世し、数年後になんとお城で働く騎士になることができました。

 騎士はその身で色んな所を回り、そして色んな人を助けました。その道中で美しい女性を妻に貰いました。結婚してからも順調に過ごし、まもなく騎士の妻は子供を授かりました。

 騎士はたいへん喜びました。表しきれない喜びを何とか表現しようとして、できないことに悔やむ。妻もそんな騎士を見てとても嬉しそうにしていました。

 そんな幸せの中で騎士は城の主に盗賊退治を言い渡されました。騎士はこれを承諾し、準備をして早速盗賊退治に向かいました。妊娠している妻を残していくのは心配でしたが、騎士は妻に、なるべく外へ出ないように言って妻を家に残して盗賊退治に向かいました。

 愛馬で走って4日のところに盗賊のアジトはありました。しかし、中を見た騎士は愕然とします。そこにいたのは盗賊ではなく、自分と同じ城に務める騎士たちでした。しかも、その手の中には騎士にとって見覚えのある、生まれた村の大人が人質になっていました。

 騎士は怒り同僚を責めましたが、同僚はどこ吹く風で聞き流し黙って死ぬように促します。その言葉に我慢の限界が来た騎士は人質を取っていた同僚を剣を投げつけて殺し、それから周りを囲っていた同僚跳ね飛ばして殺してしまいました。騎士は人質の無事を確認すると人質は随分前に殺されていたようでした。騎士はそのことに悲しむ間もなく、急に妻のことが心配になり愛馬にまたがり自分の家に帰ります。しかし、彼が家についた頃には家はもぬけの殻になっていました。彼は大急ぎで城に向かいました、城の門には趣味が悪い事に人の生首が飾られていました。それも騎士の見覚えのある人物達のものばかりです。人の生首は騎士の生まれた村の人達だったのです。騎士は悲しみ絶叫しました。すると、上から何か落ちてきました、騎士が振り向くと、それは人の形をしていました騎士の頭には嫌な予感が止まりませんでした。恐る恐る確認すると、左手の薬指に彼と同じ指輪が付けられていました。そこで確信しました。コレは自分の妻だということに。妻は、顔を焼かれ、乱暴され、お腹を裂かれていました。騎士が悲しみ泣いていると、上から声が聞こえてきました。そこには城の主が立っていました。主は平民の癖に貴族の騎士より目立っている騎士のことが気に入らなかったようで、今回騎士の事を始末してしまおうとしました。最初の作戦は失敗してしまったようなので、今ここで始末しようとしました。主が合図すると弓が引かれ一斉に発射されました。何本か刺さりましたが騎士には効きませんでした。騎士が反撃しようとすると、大きな音ともに騎士の胸が貫かれていました。何が起きたかは分かりませんでしたが、主が何か筒状のものを持っているのが確認できました。それを最後に騎士は倒れてしまいます。


 騎士を始末した主の事を兵士が口々に褒め称えていると。一人の兵士が、ふと、騎士の死体を見ると何故か立ち上がっていた。

 あり得なかった、彼は死んで倒れていた筈だったから、立ち上がるなんてあり得るはずがない。声を出そうとすると、突然、自分の身体が前に見えた。そこで兵士の思考は完全に途絶えてしまう。


 主は大騒ぎしていた。立ち上がるはずのないものが起き上がってきたのだ、血塗れの体を動かし兵士を次々と殺していく。更に腕を一振りするたび段々と腕が太くなり始め、その色も黒くなっていく。腕が完成すると今度は足を、体を、最後には頭を段々と変化させて行きました。最終的に、髪が逆立ち、肌が黒く、頭からは角の生え、背中には蝙蝠の羽が付いていました。

 あれは悪魔だと周りが騒ぎ始めました。城の主もその言葉に同意し、筒状のもの、ーー銃を突きつけました。そして、轟音と共に弾丸を発射しました。しかし、弾丸は皮肉にも胸に空いた大穴を通って行きました。悪魔は主の体をバラバラにしてそのまま城内の人間全てを殺してしまいました。

 悪魔は城から出ると、妻と故郷の人達の死体を埋葬してあげました。

 そして悪魔には、もう生きる意味も見つけられない為、自殺しようとしましたが。黒い体は刃を通さず、火も効かず。どんな方法を試してみても、悪魔を死なすことはできませんでした。

 そこから数百年悪魔は漂い続けました。いつしか食べるのをやめ、眠るのをやめましたが、それでも悪魔は死ねませんでした。

 ただ、ある日。日課になった墓参りに向かうと妻の墓の前にカゴが放置されていました。中には赤ん坊が入っています。悪魔には妻が生まれ変わったのだと思えました。悪魔はそこからその赤ん坊を大切に育てて行きました。

 言葉を教え、知識を教え、戦い方を教えた。数年間、悪魔はその赤ん坊と一緒に過ごした。悪魔が持てる全ての知識を教え続け、持てるだけの愛情を注ぎこみ続けた。

 赤ん坊も悪魔の愛情を受けて、真っすぐに育ってきた。悪魔が人間だった頃、村を出た年頃になると赤ん坊は少女となり、悪魔はあることを告げ始めた。


「お前は、これから人間の所で暮していくことになるだろう。だから、その前にお願いがある」


 少女は悪魔のお願いを聞く前に、それに快く頷いた。


「では、私を殺してくれ」


 その瞬間、少女の顔が凍り付いた。そして、それは出来ないと叫ぶ、だが、悪魔は首を横に振り言葉を続ける。


「命を奪うのではない、私の心臓を破壊すれば私はお前と同化することになる。私の精神は消えることになるかもしれないが、死ぬわけでは無い。私と言う存在は、愛は、お前が死ぬまでお前と共にあるだろう。私はもう長くはない、だから消えるよりもお前と共にいさせてくれ、一度だけ私の我儘を聞いてくれ」


 悪魔はそう言うと、錆びた鉈を差しだしてきた。それを少女は泣きながら持った。少女は本当に悪魔の寿命が短い事に気付いてしまった、黒い体は土の塊の様にボロボロになり始め、陽光が当たる部分は白くなり空気に溶けだし始めていた。近くにいたのに気づけなかった自分を恨むと同時に悪魔がもう長くない事に気付いてしまった。

 しかし、悪魔の心臓が分からずに少女が悩んでいると悪魔は少女の手を掴んで自分に空いた穴の中にゆっくりと差し込む。少女の手には感じたくない感触としっかりとした手ごたえが伝わってきた。いやな気持ちに決着が着く間もなく悪魔の体は全身が白く染まりボロボロ崩れそのまま何処かへ消え去ってしまった。

 少女は泣いた、声が潰れる程に泣き続けた。しかし、暫くすると立ち上がってもらった鉈を腰に下げて、歩き始めた。悪魔がどうなったかは少女には分からない、だが、悪魔の言葉の通りなら彼は自分と共にいるのだからと前を向くように決意した。その表情は人間だった頃の悪魔の様に優しい表情だった。

 その後少女がどうなったかは誰にも分からない。しかし、その地方では人を裏切るようなモノには、鉈を持った穴の開いた悪魔が出るという伝説が語り継がれていった。

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