第3話 兄妹たちと故郷への道2

 ロディーヌはこの旅のために旅の手帳を用意したけれど、あの森の一件で荷物をすべて無くしてしまった。さて帰りはどうするかと悩んでいた時、ポルカがそっと自分の手帳を差し出したのだ。

 エルフの郷に戻るには、あとは森の道を行くだけ。以前は魔物の出る森を迂回するために大街道に出たけれど、三つ子の呪いが解けた今、魔領域の横断もそう難しいことではなくなった。

 このまま西へと森を抜ければ、数日で着くだろう。宿などもう必要ないのだ。元々、森の中の方が自分にとっては使い勝手が良く、のんびりと楽しみながら帰ればいい旅の終わりになりそうだとポルカは目を細めた。

 旅の手帳は個人名が記されたものではなく、旅人であるという証のようなもの。世界の各地で同じものが発行されていて、一つ求めれば、家族なら一緒に使うことができた。


「ロディーヌさんたちは髪の色のも目の色も同じ。どこから見てもご兄妹にしか見えませんから、問題は起こらないでしょう。時々、怪しげな家族もいますから。最近は色々と対策も練られているようです」


 そんな二人のやりとりを、三つ子たちはなんとも間の抜けた顔をして見守っていた。ロディーヌが何事かと兄たちを振り返れば「行きは飛んできたからな。でも歩いて帰るなら必要だった」とアドランが呟き、リーディルも肩をすくめてみせる。どうやら気がついていなかったのはぼくだけじゃなかったようだとキャメオンが暴露すれば、やっぱりと言った顔でポルカが笑い出した。


「最後までポルカには世話をかけてしまったな」


 恥ずかしそうな三つ子にポルカは首を振る。


「いいえ、とんでもない。最後までやりたいことができて私は本望です」


 その言葉に三つ子たちの胸はたまらなく熱くなる。長く苦しい日々を共にした彼らはまた固く抱きしめあった。

 こうして大街道を帰る予定の四人は、ポルカの手帳をありがたく受け取ったのだ。そしてそれは、大切な思い出の品になるだろうと思うのだった。


 ポルカはさらに、驚くべきものを差し出した。それは四枚のしっかりとしたマントだった。

 ポルカにとって、三つ子は初めてできた人族の友人。しかしいつまでも一緒にはいられない。いつかは遠く離れてしまう大切な友に何かしてあげたい、ずっとそう思っていた。

 だから彼は、ロディーヌが迎えに来てくれた時に……と準備を始めた。ポルカには三つ子たち以上に、必ずやその日は来るだろうと感じられたのだ。

 泉の王国へは数週間の道のり。出発はどの季節になるかわからない。きっとマントは役に立つはずだ。


「呪いが解ける日を信じていてくれたんだね」

「さすがだね。ロディーヌの強さを、ぼくたちと同じくらい理解してくれている」


 キャメオンとリーディルの言葉に、ポルカは嬉しそうに微笑んだ。


 



 四人分のマントを入れた麻袋や、その他の細々としたものは兄たちが背負い、サンドウィッチを食べて終えて空になった籠はロディーヌが腕にかけた。そこに摘んだ花を入れたり、小さい頃のように歌ったりしながら、彼らは森の出口を目指した。

 そうやって丸一日森を歩き続けた四人は、その日の夕刻遅くに、どうにか魔領域を抜け、自由自治区の一番端にたどり着いた。

 宿はなさそうだったけれど、ぽつぽつと民家の明かりが見える。季節のいい頃だし、軒先でも借りられればありがたいと一番近くの家の扉を叩いた。


「工房の休憩室でよかったら使ってくれ。何もなくて申し訳ないが、長椅子はあるから、妹さんなら横になれるだろう。兄さんたちは椅子で我慢してくれな」


 突然の来訪者に嫌な顔一つ見せず、快く部屋を貸してくれた親切な職人。自治区の人間は流れものも多い。みな最初は誰かの厄介になっている。だからこうやって順繰り、その恩を返してるってわけだと彼は言った。どこの誰かを問う必要はない。みなこの街に来た仲間として迎え入れられるのだ。

 泉の王国は世界に名の知れている場所ではあるけれど、積極的に外交をするわけではなく、言ってしまえば閉鎖的。王宮以外では他国民との接触がほとんどない。特に奥まった北西部に生まれ育った四人には、それはとても斬新で画期的な人との関わり合い方だった。


「ぼくらも旅人が気兼ねなく訪れてくれる国作りをしないとな」


 ぽつりと呟いたリーディルに、「おまえならきっとそんな手伝いができるさ」とアドランが言う。


「そうだよ、リーディル。そういう時こそ、おまえの賢さを生かすんだよ」

「でもどうやって、キャメオン。フォンティオールにやって来るかもしれない旅人を待っているだけじゃあ、あっという間に歳をとってしまうぞ」


 確かに……と顔を見合わせる三つ子の横でロディーヌがはたと手を打ち合わせた。


「あ、ジェロームさまなら」

「え?」

「ほら、殿下は船がお好きだったでしょ。いつか船を作りたい、海へも行ってみたいとおっしゃっていたわ。開かれた国作りを、きっと誰よりも求めてらっしゃるはずよ」


 訝しげな顔のアドランにロディーヌは瞳をきらきらとさせながら説明する。リーディルが懐かしそうに目を細めた。


「ああ、皇太子殿下。久しくお顔を拝見していないが、お元気だろうか」

「ごめんなさい、私ももうずっとお城には行っていなくて……」

「問題ないよ。おまえの気持ちを誰よりもジェロームさまは分かってくださっているはずさ。でも、長い不在のお詫びをせねばな。報告も兼ねて近いうちに伺おう」


 キャメオンの提案にみなが頷き、ロディーヌが明るい声で付け加えた。


「ええ。行きましょう。私もジェロームさまに、大型帆船を見たお話をして差し上げたいし。それに、きっとお父さまは、お兄さまたちの成人の儀をすぐにすると言い出すに違いないわ。陛下も喜ばれるはず」

「ああ、成人の儀……。そうだな、そうだった……」


 リーディルの呟きに、三つ子はいかに長い歳月が過ぎ去ったかを痛感した。

 彼らが大ガラスになって飛び立ったのは十四歳の時。その日から七年の歳月が流れたのだ。三人はすっかり大人になった。そして昨日、小さな妹だったロディーヌさえもが成人したのだ。

 どの家でも、子どもが成人の日を迎えるのは大きな祝い事であり、特に領主の家は、王宮のホールで少しばかり華やかな会を開いたりするのが常だった。


 そこから始まり、王宮ではあんなことがあったこんなことがあったと、四人の心は遠い日に帰っていく。

 舞踏会が開かれた日に出会って以来、皇太子ジェロームは、ロディーヌの三つ子の兄たちを慕っていて、父と彼らが登城するたび、いつも後をついて回っていた。一人っ子の彼にとって、六つ上の三つ子たちは憧れの兄たちだったのだろう。

 ロディーヌにとっては可愛い弟のようなもの。ヴァナンドラを、大型帆船を教えてくれた聡明な二つ下の王子は、きっとこの数年で素晴らしい成長を遂げたに違いない。

 しばし思い出話に花を咲かせた四人ではあったけれど、歩き通しの一日の疲れは大きい。寄り添ってマントをかぶれば、互いの温もりの中であっという間に眠りに落ちた。


 翌朝早く、仕事の邪魔にならないようにと、彼らは職人にお礼を言って出発した。まずは東西南北を大街道が貫く自由自治区の真ん中を目指すのだ。

 自治区は複雑に入り組んでいるようで、迷うことはない。人の流れに乗っていけば、それは常に大街道へと誘われるからだ。世界の流通の中心であり、発信源であるそこでは昼も夜も関係ない。すべてが途切れることなく回り続けているのだ。

 工房のあった森際から離れれば、すぐに道幅は広くなり、家々がぎっしりと軒を並べ始めた。旅人に宿を提供する薔薇色の旗を掲げた建物も多くなる。

 歩く四人の耳に、様々な音が飛び込んできた。人が暮らす音から遠ざかっていた三つ子たちにも、一人ぼっちの長旅を思い返すロディーヌにも、それは何とも言えない安心感と心地よさを感じさせた。


 やがて大きな水面が前方に見え隠れする。自由自治区の中に流れている世界大河は、大街道のようにまっすぐではなく、大きく蛇行しているために、街のあちこちで橋をかけられているのだ。大河に架かる最初の橋を渡り、四人はますます賑わう街の中へと入っていった。

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