第4話 兄妹たちと故郷への道3

 ありとあるゆるものが揃うと言われる自由自治区の通り。その種類によっては両脇に並ぶ店々から威勢のいい声も飛び交う。圧倒されるような熱気と活気にロディーヌは驚かされる。

 しばらく前にも通ったはずなのに、まったく別の世界を見ているような気がした。あの時は、自分はずいぶん興奮していると思ったけれど、実はそれ以上に、想像もできない旅を前に怯え緊張していたのだ。見ているようできっと何も見えていなかったのだろうと納得する。

 兄たちと一緒に歩く道は、楽しくて仕方がなかった。店先を覗いては、珍しいものを発見して子どものようにロディーヌは笑った。失われた兄たちとの時間が、こうして少しずつ埋められていくのはなんとも心地の良いものだった。


 そんなロディーヌの横で、三つ子たちは密かに頷きあう。懐から出した小さな革の小袋。そこには銀貨が何枚かずつ入っている。

 少年だったあの日持っていたまま。もう二度と使うことはないかもしれないと思った夜もあった。けれどそれは唯一、自分たちと実際の世界をつなぎとめるものだったのだ。いつかまた役に立てようと三人は励ましあい、それをお守りのように持ち続けてきた。

 その銀貨を使う時だと三つ子たちは微笑んだ。全部合わせれば小さなネックレスを買うことぐらいはできるだろう。ロディーヌがポルカに贈ったものの替わりに、感謝の気持ちを込めて、妹に新しいものを贈ろうと考えたのだ。


「ロディーヌ、誕生日のお祝いを選ぼう! 」


 ちょうど宝飾店が軒を並べる通りに差し掛かった時だった。ロディーヌは思いがけない言葉に足を止めた。

 昨日の夜、みなに祝ってもらい、幻のワインを飲んだだけで十分だ。大好きな兄たちという大きな贈り物をもらったのだから他には何も必要ない。ロディーヌはそう言ったけれど、三つ子たちは首を振る。

 成人のお祝いは特別だ。自分たちに一番に祝わせてほしい。それにこれはきっと、冒険の思い出になるからと口々に言われれば、ロディーヌも断る理由はなかった。

 ありがとうと頬を染めて答え、涙を流しながら微笑んだのだ。そんな妹を見た兄たちも、久しぶりに贈る喜びを味わって満足げだった。


「なんでもあるから、選び放題だ」

「じっくり見て、好きなものを決めればいいよ」


 アドランとキャメオンがあちこちを見回しながら楽しげに言う。


「ロディーヌの旅の中で、一番心に残るものを思い出してごらんよ」


 リーディルがそう言ってロディーヌを覗き込めば、彼女は形のいい眉をぎゅうと寄せて迷うそぶりを見せた。

 何もかもが規格外で、途方もない旅だった。記念になるものとはどんなものだろうか、何がふさわしいのだろうか。ロディーヌは春からの日々を振り返り、一つ一つ思い出していく。


 大街道、世界大河、真っ白な砂漠、砂嵐吹く世界の果て、深くおどろおどろしい森、王子の作った岩山、エルフという魔法の国の住人。

 そのとき「かつん」と、岩肌を弾く固い爪音がロディーヌの中に響き渡った。巨大な黒豹、そして黒装束のオワイン。きっと忘れられないだろうその人を想った時、彼の美しい金色の瞳がロディーヌの胸に大きな光のように広がった。


 ヴァナンドラ。海の王国には行っていないのに、それをこの旅の思い出に買ってはおかしいだろうか。ロディーヌは言い出し辛くてもじもじとした。そんな心を読んだかのように、いいと思ったものを買えばそれが一番だと兄たちは言ってくれた。

 ロディーヌはその言葉に励まされ、青緑の美しいひさしがかかった小さな宝飾店に向かって歩いた。


 それは、行きに見た、大河に停泊していた海の王国の美しい船を思い出させる色だった。専門店ではないだろうか。ここになら、ヴァナンドラもたくさんあるかもしれない、そう思ったのだ。

 ガラス窓からちらりと見えた店の奥には、やはり予想通りヴァナンドラと思われる輝きがあふれていた。思った以上に高級品を扱う店なのかもしれない。ロディーヌは着の身着のままのような自分が入っていいものかとためらった。

 しかし、さすがは商人の街だ。やってくる旅人たちに恥をかかすようなことはしない。実に様々なものが取り揃えられているようで、その店先の台の上にも、子どものお小遣いで買えるようなものがたくさん並べられていたのだ。ロディーヌはほっと胸をなでおろし、それを脇から順に見ていくことにした。


 森の王国で採れる黒氷石は、やはり手頃な値段で美しいものが多いためか人気のようだ。どの石よりも種類が豊富だった。

 オワインの故郷の石、自分たちを結びつけてくれたあの短剣にも使われていたことを思い出す。それはそれで魅力的だったけれど、ロディーヌにはやはり、金色のヴァナンドラの方がより美しく思えた。


 けれど、視線を上げて台に備え付けられた棚に並ぶヴァナンドラのネックレスを見たロディーヌは落胆した。そこにはきっと一番安いものが置いてあるだろうに、それでもそれは自分の持つ小銭で買えるものではなかったのだ。

 それならば黒氷石の小さいものにしようとロディーヌが思ったとき、店のドアが開いて店主らしき男性が出てきた。左手にいくつかネックレスを持ち、右手には大きな銀色のベルを握っていた。


「おや、お嬢さん、いいところに来たね。今からタイムサービスだよ。ほら、いくつかサービス品を持って来た。お嬢さんは泉の王国の人だね。遠くからはるばる来てくれたのかい? じゃあ、ベルを鳴らす前に、あなたに特別に見せてあげよう。今日は贈り物かい? お買い物かい?」


 誕生日に兄たちが何か買ってくれるというので見ているのだと答えるロディーヌの前に、店主は頷きながら持って来たネックレスを広げた。

 やはり圧倒的に黒氷石が多かったけれど、いくつか小さなヴァナンドラがある。それを一通り見ていくと、最後に雫型のヴァナンドラがあった。

 オワインに手渡したものよりもずっと小さいものだったけれど、同じような形にロディーヌは心惹かれた。曇りもなくきらきらと輝いているそれは光の結晶のようだ。

 けれど小さくてもヴァナンドラは高価な石。サービス品とはいえ、自分に買えるかどうかわからない。それならば、この輝きを心に刻み付けておこうとロディーヌは思った。

 ほっそりとした指でそれを掲げ持ち、光にかざして微笑んでいるロディーヌの髪はヴァナンドラ以上に光の色だ。その顔は、大切なものを慈しむ愛情に満ちていて例えようもなく美しかった。そんなロディーヌをじっと見ていた店主が言った。


「お嬢さん、本当にきれいな髪と瞳の色だね。まさに泉の王国だ。久ぶりに遠い昔を思い出して、なんとも幸せな気分だよ。それはとても良い思い出でね。うんうん。それで今日はいくら持っているんだい」


 ロディーヌは片手に握りしめていた銀貨をすべて台の上に置いた。それを見た店主は優しい微笑みを浮かべ、銀貨を重ねていきながら言った。


「言っただろう。これはタイムサービスだよ。ああ、これで十分だ。今広げてあるものは何でも買える。さあ、好きなものを取るといい」


 ロディーヌが驚いて店主を見上げると、彼はにこにこと笑ってロディーヌを促す。ロディーヌは破顔して、手の平に雫型のヴァナンドラをのせた。

 贈り物用にするかどうかと聞かれたロディーヌが、そのままかけていきたいと言えば、店主はエプロンのポケットから磨き布を出してきれいに拭いたあと、そっと首にかけてくれた。


「ああ、よく似合う。お嬢さんのきれいな髪にも、青い瞳にも、赤い花が咲いたようなそのドレスにもぴったりだ。ヴァナンドラはね、特別な石で、行く先を自分が望む石なんだよ。この石は、お嬢さんのところに行きたくて呼びかけていたんだと私には感じられる。大事にしてやっておくれ」


 それから銀貨を一枚ロディーヌに差し出した。


「これは私からの誕生日のお祝いだよ。お兄さんたちと何か甘いものでも食べるといい。ほら、さっきからずいぶんと心配そうだ」


 店主はそう言うと、近くの噴水に腰掛けてこちらを見ている兄たちに向けて手を振った。


 ロディーヌは自分のドレスを見下ろした。夜のうちに、ポルカが清浄魔法で綺麗にしてくれたので泥や汚れは落ちたのだけれど、赤い染みだけは落ちなかった。それどころかさらに赤く大きくなって、退色してしまったドレスに不思議な輝きを与えているのだ。

 店主の言う通り、それは赤い花模様のように見える。ロディーヌはふと、その組み合わせに不思議な感慨を覚えた。その赤とヴァナンドラが重なって一つになって揺れたような気がしたのだ。 


 素敵な贈り物だとロディーヌは思った。とてつもなく素敵なものだと、胸が熱くなった。ロディーヌは店主に何度も何度もお礼を言った後、胸元に金色の輝きを揺らしながら兄たちの元へと走った。

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