第7話 花を愛する男たち
雪豹、それはガデスのためにとみなが心を砕いて選んだ聖獣。急ぎのことで、パートナーになりえるかどうかはわからなかったけれど、とにかく時間がなかったため、彼ならそんな縛りにとらわれることなく、この任務を遂行できるだろうと、シュトーレアたちの意見が一致した一頭だった。もしかしたら、この一件で彼らの関係に変化が起きるかもしれない。そんな可能性が十分に考えられたこともある。
遡ること半年、泉の王国行きを決めたオワインが一番懸念したことはその移動方法だった。自分にはジュールがいる。どんな時もジュール以外のものに乗るつもりはない。しかし通常の旅人は馬を利用するのが一般的だ。ガデスを伴っている今回、さてどうするものかとオワインは悩んだ。
オワインは最初から、自領の南東に位置する泉の王国へは、大街道は通らず森を抜けるつもりだった。道なき道を行くのだ。いわゆる獣道。かなりの悪路も予想される。そんな旅には馬は不向きだったし、ジュールとはあまりにも速度が違いすぎる。そうなると行き着く先は一つ、そう聖獣しかなかった。しかし簡単なことではない。
まず、ジュールが規格外であるため、それなりの能力を持つものでなければ同行は難しい。さらに、ガデスにはまだパートナーの話は持ち上がっていなかったし、聖獣との会話も成立していなかった。そもそも、森の王国にいる聖獣の数は限られている。
新たな一頭を里から呼び寄せるしかないだろうとオワインは思った。けれどこの短時間で、そこまで条件に見合うものを見つけられるだろうか。仮に今回だけだと割り切ってくれたものがいるとして、どこまで自分たちが思い描いている旅が可能になるだろうか。悩ましい点は多かった。
それでも、ガレスはもうすでに長い間ジュールとの付き合いがあるため、聖獣とはどんな存在かをよく知っている。対話こそなかったけれど、聖獣に対する緊張感や恐れなどは皆無だった。
それは大きなことだ。強い信頼関係が得られなければ、聖獣に乗ることはできない。どこかで怯えや不安が残っていれば、決して楽とは言えない旅だけに、それは過酷なものになるだろう。
しかし、そんな基本をガデスはもう十分に備えている。あとはその相手を誰にするかだ。時間が迫っている今、オワインには助けが必要だった。こんなとき誰よりも頼りになるのは王妃エーディアス。オワインはガデスを連れ、エーディアスやシュトーレアに相談するために登城した。
エーディアスはじっくりとガデスの思いを聞いた。その知識や抱える不安、性格や姿勢。聖獣の能力は様々だし、やはりそこには優劣もある。それは人の側とて同じ。けれど、ただ単に能力の高い低いではなく、とにかく相性がものをいう。
自分が完璧でなくても、そこを補いあえるものに巡り会えば、その欠けは満たされ大いなる力が発揮される。聖獣とのパートナーシップとはそういうものなのだ。
「本当は真のパートナーがいいけれど、なかなかそれはね。でもだからと言って適当では絶対無理。いきなりこれだけの長丁場……やはり出来るだけ相性のいいものを探り当てないと。ガデスさんの性格にしっくり合うもの、今はきっとそれが一番でしょうね」
『そうね……ガデスはお兄さまと似ているから……黙って話を聞いてくれて、強がりを受け止めてやんわりと包み込めるタイプがいいんじゃないかしら。でもオワインさまほど懐が大きくなくても大丈夫。だってガデスはもう十分に、周りを気にする繊細さやいい意味での神経質さを持ってるから』
『シュトーレア、それは何か、俺は傲慢だと言いたいのか?』
『あら、そんな風に聞こえまして? いえいえ、とんでもない。お兄さまはいつだって我が道を行く、ぶれない方だって、自慢したかっただけ。あら、それって自己中心的ともいうのでしたっけ?』
『おまえ、また……。兄に対する敬意はないのか。その減らず口、縫い付けるぞ』
ジュールが半眼で睨みつけてもシュトーレアは澄まし顔で首をかしげるばかり。それを見たガデスがオワインを振り返る。
「どうしたのです、ジュールは。なにやら兄妹喧嘩ですか?」
「え? 鋭いなガデス。聞こえなくても感じるのだな」
「まあ、これは驚きました。ガデスさん。会話ができないとおっしゃっていたけれど、もしかしたら……。シュトーレアのいう通り、相手の話をよく聞いてくれるタイプの聖獣となら、早い段階で心を通じあわせられるかもしれません」
「ああ、対話はお互いが分かり合おうと思ってこそだからな」
「ええ、オワインさま。シュトーレア、あなたの目から見て、ジュールを一番理解していると思われるのは誰?」
『そうね……フレイヤードかしら』
「フレイヤード! 確かに。あの穏やかさ、冷静さ、それに……持久力はジュール以上だったのでは?」
『ああ、あいつなら俺も異存はない。しかし、里から出てくるかな』
『う〜ん、そこがねえ……』
「とにかく一度でいいから、ガデスに会ってもらいましょう」
エーディアスはその場でさらさらと文をしたため、すぐに伝令の手配をする。それは早馬ではない、翼を持つ聖獣の特別便だ。
緊急事態でもないのにとガデスは恐縮したけれどエーディアスはお構いなし。さらには「いいえ、これは超重要案件です。何と言ってもオワインさまの特別任務のためですから。この嫁取りには国の存亡さえもかかっていますよ、ガデスさん」そう言って笑った。
大胆かつ迅速な行動力。小さくて可愛らしいその姿からは想像もできないそれに誰もが驚かされてしまう。エーディアスを王妃にと望んだ我が従兄は、人生で最高の仕事をしたのだとオワインは思った。
それほどまでの人を得られるなど誰にでもあることではないだろう。しかし、自分にとってのロディーヌは、間違いなくそんな存在なのだとオワインは感じている。そのロディーヌを迎えに行くために、こんなにもみなが力を貸してくれているのだ。オワインの胸に熱いものが胸にこみ上げた。
翌日、オワインとジュールは休憩時間をシュトーレアの部屋で過ごしていた。「そうだった、聞きそびれていたが、フレイヤードとは?」とオワインが質問すれば、シュトーレアが嬉々として答える。
フレイヤードとは幼い頃からの付き合いだ。豹という同じ種であるから、力の使い方も温存方法も回復方法も同じ上、何よりもジュールとの距離感が絶妙なのだ。一番近くにありながらもべったりと絡まない、それでいて不安にさせない、まさに阿吽の呼吸なのだとシュトーレアは力説する。
それはすなわち、ジュールに近いガデスにはうってつけの存在だということだ。あとはフレイヤードが里から出てくるかどうか、それだけをジュールたち兄妹は心配していた。
『フレイヤードはね、とってもロマンチストなの。花咲く土地から離れたくないの。薔薇色が誰よりも好きで、ロージーが咲く季節にはいつもご機嫌なのよ。だから里を出ることはほぼないわ』
「そうか……しかしだったら、来てくれるかもしれないな」
『なぜ? なぜそう思うの、オワインさま』
「ガデスはな、シュトーレア、ああ見えて庭仕事が趣味なのだ。母の庭を始め、ヴェルリーレンの美しい庭はすべてあいつの仕事なのだよ。庭師も真っ青の知識を持っているし、何よりも自ら手をかけて育てているのだ」
『まあ!』
初めて聞かされるガデスの一面にシュトーレアは驚きの声をあげ、ジュールは納得だと言わんばかり唸った。
『そうだった。あれはちょっとした才能だな。シュトーレア、ガデスの作った庭はとにかく美しいぞ。あいつは無類の美しい物好きなのだよ。惚れたものに心底力を注ぎ込む。ああ言うところにあいつの海の王国の情熱を感じるな』
「ロージーは咲かないが、うちには真っ赤なヴァナンガラージュがある。それにロディーヌの野薔薇も魔領域から持ち帰ったものだから、もしかしたら里と同じような薔薇色が咲くかもしれない」
『よし! シュトーレア、急ぎ伝言だ。花作りの男を乗せて、花の妖精のような娘を迎えに行く手伝いに、魔法の花咲く庭へ来いと追加しておこう。絶対に来る』
『まあ、お兄さまったらたいそうな自信ね。でも……私もそう思うわ、きっと来るわね、フレイヤード。うふふ、楽しみだわ。すぐに送りましょう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます